31話─宴と空飛ぶアーマーガール
時は少しさかのぼる。フィルがアンネローゼたちを救出しに向かう、二ヶ月ほど前の事。
「ありがとう、シュヴァルカイザー! あんたにはいつも助けられてばかりだよ」
「気にしないでください。困っている人を助けるのも、ヒーローの務めですから」
「今度は遊びに来てくれよ、みんなで歓迎するからさ!」
「ふふ。では、そうさせてもらいますね。では、今日はこれにて!」
その日、フィルはとある街に訪れ火事の消火作業を手伝っていた。カンパニーとの戦い以外にも、ヒーローには為すべきことがある。
住民たちに見送られ、空へ舞い上がるシュヴァルカイザー。誰からも愛されるヒーローを、路地裏から眺める少女がいた。
「はぁー、いつ見てもカッケーなぁシュヴァルカイザーは。アタイも、あんなカッコいいヒーローになりたいな……」
そう呟いた後、少女は路地裏に引っ込む。腰から下げた工具セットをいじりつつ、てくてく裏路地を歩いていく。
「よっし、決めたぞ! アタイもシュヴァルカイザーみたいなアーマーを作るんだ! そんで、みんなを助けるヒーローになる! よーし、そうと決まれば早速ジャンク漁りだ!」
埃とススまみれの顔に笑みを浮かべ、少女は走り出す。その目には、希望の光が灯っていた。
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「ありがとう、シュヴァルカイザー。そしてホロウバルキリー。君たちのおかげで、私はこの城に戻ることが出来た。どれだけ感謝してもし足りないよ」
そして、時は現在に戻る。カンパニーから送り込まれた刺客、ブレイズソウルとキックホッパーを撃破してから三日後。
王国に巣くっていたカンパニーの勢力は国外に撤退し、フィルたちが保護していたボルス王子が新たな王として帰還した。
「お役に立てたのであれば、これほど喜ばしいことはありません。……今は亡き前王陛下も、お守り出来ていれば……」
「いいんだ、過ぎてしまったことはもう仕方ない。今はただ、この国に平和が戻ったことを喜ぼう。そうだろ? みんな!」
「おおーーー!!!」
ボルス王の戴冠式に招かれたシュヴァルカイザーとホロウバルキリーは、感謝の言葉を伝えられる。民を交えた盛大な宴が、始まりを迎えた。
二人とも修理したインフィニティ・マキーナを身に付けており、ピカピカに輝いている。
「わー、ほんもののシュヴァルカイザーだー! ねえねえ、あくしゅしてあくしゅ!」
「わたしもー!」
「わっわっ、そんないっぺんには……みんな並んで、順番に握手しますから!」
宴が行われる中、シュヴァルカイザーは子どもたちに取り囲まれていた。握手や抱っこを求める子どもたちに翻弄されつつ、なんだかんだ楽しそうにしている。
一方、ホロウバルキリーことアンネローゼはと言うと、マダムや令嬢たちに囲まれて女子トークに精を出していた。
「……というのが、シュヴァルカイザーのいいところなのよね。実質プロポーズってわけよ、この盾は」
「いい話じゃないの! 羨ましいわぁ、うちの主人にも見習ってほしいくらいね!」
「ホントホント! うちの主人なんて、結婚記念日も覚えてないのよ。頬引っ叩いてやろうかと思ったわ」
こちらもこちらで、わいわい盛り上がっていた。ひととおり子どもたちを捌いた後、シュヴァルカイザーことフィルは城の屋根に登る。
「ふー……。やっぱり、同年代の相手は慣れませんね。これまで、あんまり関わってこなかったし……」
そう呟きながら、今後のことについて考える。王国から逃げたメルクレア、そしてカストルの行方を追う必要があった。
それだけでなく、新たに襲ってくるだろうエージェントたちへの対策も考えなければならない。やることの多さにため息をついていると……?
「……ん? 何か近付いてきてますね。あれは……鳥……ではないですね。一体なに──!?」
「ひゃああああ!! こ、コントロールが利かない~! お、落ちる~!」
「まさか、人!? それにあのスーツは……!」
人の形をした金属の塊が、城の方に飛んでくるのが見えた。今にも墜落しそうなほど危なっかしい軌道をしており、大層不安に駆られる。
「ホロウバルキリー、来てください! 何かがこっちに近付いてきてます、キャッチするので手伝いをお願いします!」
「ん、オッケー! じゃあねみんな、悪いけど行ってくるわ!」
「はーい。また素敵なお話、聞かせてね!」
フィルと一緒に屋根に登るアンネローゼ。ちょっと離れている間に、謎の飛行存在は城にかなり接近してきていた。
全く減速する様子もなく、このままでは城にぶつかり破壊してしまいかねない状態だ。そうなる前に確保しようと、二人は相手に近付く。
「おーい! そこの人、大丈夫ですか!?」
「おおっ!? し、シュヴァルカイザーだぁ! うっひょー、ホンモノだホンモノ! ……って、喜んでる場合じゃない! ちょっと助けて、ブレーキが故障して止まれないの!」
「やれやれ、しょうがないわね。シュヴァルカイザー、受け止めて安全な場所に降ろしてあげましょ」
「そうですね、安全を考慮して街の外に降ろしてあげましょう」
二人掛かりで空飛ぶ金属を抱え、街の外へ向かう。街道から離れた草原に降ろし、即座にフィルが魔力を注入した。
「よっと。許容限界を超えた魔力を流し込んで、アーマーの機能を全部止めました。これで、もう暴走はしないでしょう」
「ひゃー、助かった! あんがと、シュヴァルカイザー! にしても、ホンモノに助けてもらえるなんて……へへ、アーマー頑張って作った甲斐があったな!」
「え、それアンタが作ったの!?」
「へっへっへっ、そうだよ。カルゥ=オルセナの未来を担うすぅぱぁエンジニア、イレーナ・ヴィスコッティさまに不可能はないのだ!」
驚くアンネローゼに自信満々に答えた後、空を飛んでいた人物はヘルメットを脱ぐ。その下からは、勝ち気そうな少女の顔が現れた。
少女……イレーナがフンスと胸を張る中、フィルは興味深げに彼女が着ているアーマーを観察する。
「ふむ……素材こそくず鉄ですが、意外にもしっかりした構造をしてますね。暴走してたとはいえ、飛行を可能にするだけの機構を組み込む技術もあるようですし。これは凄いことですよ」
「でしょ!? でしょ!? やっりー、シュヴァルカイザーに褒められたー! わーいわーい!」
フィルに褒められ、イレーナは大喜びする。少しして、何かを思い出したかのようにハッとした表情を浮かべた。
「あっ、そうだ! シュヴァルカイザーに会ったら頼みたいことがあるんだった!」
「頼みたいこと、ですか?」
「お願い、アタイを弟子にして! アタイもシュヴァルカイザーみたいな、みんなを守るヒーローになりたいんだよ!」
イレーナはその場で土下座し、フィルに頼み込む。いきなりのお願いに、フィルムとアンネローゼは顔を見合わせる。
「いや、いきなりそう言われても……」
「頼むよ、どんな雑用もやるから! 料理洗濯掃除に裁縫、アーマーの整備まで全部やる! 厳しい訓練もやるし、どんなことも我慢する! だからお願い、弟子にしてくださーい!」
最後まで言い終える頃には、もはや土下座を通り越して五体投地になっていた。ここまで頼んでくるのを無下に断る、というのは流石に酷だ。
そう考え、フィルはとりあえず了承することを決めた。今後のことを考えれば、戦力は多ければ多いほどいい。という算段も込みで。
「……分かりました。弟子にするかはともかく、一旦基地に行きましょう。博士に話を通して、それから決めます」
「わーい! やったやったー!」
「いいの? シュヴァルカイザー。どう見ても、私よりちょっと下くらいの歳よ。この子」
「むしろ、その歳でここまでのアーマーを独力で作り上げた才能を買いますよ、僕は。彼女は伸びますよ、それは保障します」
無邪気に大喜びするイレーナを余所に、アンネローゼはフィルに耳打ちする。そんな彼女に、フィルはそう答えた。
フィルとしても、イレーナのアーマー作りの才能を高く評価している。今はまだ、独学故の荒削りな部分が目立つが……。
「ちゃんと学べば、彼女はさらに飛躍しますよ。博士もそう言いますよ、あのアーマーを見ればね」
「ふぅん、まあ私は別にいいけど……」
「それじゃー、これからはホロウバキリーさんのことは姐御って呼ばれてもらうよ! よろしくな、姐御!」
「!? 姐御……いい響きね、気に入ったわ。今日からアンタはうちの子よ! こっちこそよろしく頼むわイレーナ!」
「ちょ、ちょろい……!」
イレーナに姐御と呼ばれ、アンネローゼはあっさり賛成派に回った。体育会系な彼女の陥落の早さに、フィルは思わずずっこける。
こうして、偶然の出会いから新たな仲間を得たフィルとアンネローゼ。彼らの新たな物語が、幕を開けようとしていた。