300話─そして、少年は帰還した
「くだらぬ……どのような姿になろうとも、我を倒すことは不可能! 今度こそ焼き尽くしてくれる、カースエンドフレア!」
「やれるものならやってみなさい、今の私には……もうアンタの攻撃なんて効かないわ」
新たなる力を得たアンネローゼに、守護者が再び呪いの炎を吐き出す。黄金の壁も消え、このまま棒立ちしていては直撃してしまうが……。
「言ったでしょう? もうアンタの攻撃は効かないって。今の私は、愛のオーラで守られてる。どんな灼熱の炎だろうが、私を燃やし尽くすことは不可能よ」
「バカな! なれば……直接叩き潰すのみ!」
呪われた炎はアンネローゼを焼き尽くすことなく、直前で消えてしまった。飛び道具が効かぬならと、無数の腕を伸ばし直接攻撃を行う守護者。
「来なさい、全部浄化してあげる! 武装展開……アーリセイヴ・ディセプター!」
アンネローゼは柄の両端に刃が取り付けられたツインセイバーを呼び出し、襲い来る守護者の腕を切り飛ばし消滅させていく。
片方は金、もう片方は銀の輝きを放つ双刃を振るい戦乙女は守護者へと接近する。その神々しさに圧倒され、守護者は後退る。
「おのれ、来るな……来るな! そこから一歩でも動いてみるがいい、このクリスタルを握り砕くぞ!」
「出来もしないことを言うのはやめなさい。そんなことをしても、アンタが滅びるだけよ」
フィルを人質に取り、アンネローゼを降伏させようとするも全て見抜かれており作戦は失敗した。自暴自棄になった守護者は、体当たりを敢行する。
「ならば……押し潰してくれるわ!」
「悪いけど、今の私にはアンタのすっトロい攻撃なんて当たらないの。さあ、そろそろフィナーレとさせてもらうわ! セクステットエスケープ!」
「ぬうっ、どこに……ぐあっ!」
「さあ、思い出してフィルくん! あなたが何者だったのかを、今!」
垂直上昇で攻撃を避けた後、アンネローゼは守護者の額の上に降り立つ。クリスタルを覆っている腕を切り飛ばし、剣を振り上げる。
そして、かつての思い出を込めた一撃をクリスタルに叩き込んだ。
『ねえ、フィルくん。一つ聞きたいことがあるんだけどいいかしら?』
『なんでしょう?』
『昨日、私たちを助けてくれた理由を話してくれたじゃない? その時に、二つ目の理由を話してくれなかったけど……聞きたいなぁって』
『う、そ、それは……』
直後、守護者の脳裏に溢れ出たのは……初めてアンネローゼや彼女の父、オットーと出会ったすぐ後の記憶だった。
何故自分たちを助けてくれたのか。そのことを問われ、当時のフィルは答えた。アンネローゼに一目惚れしたからだ、と。
『私ね、憧れてたの。大地のあちこちに現れて、悪を成敗して去って行くシュヴァルカイザーに。だから、嬉しかった。あの日、火炙りにされるはずだった私とお父様を助けてくれたことが』
『アンネ、さま……』
『あの時の胸の高鳴りは、今もずっと続いてる。ううん、もっと強くなってる。あなたの気持ちを知れたから』
勇気を出した少年の言葉に、こう答えたことをアンネローゼは今でも覚えている。当然、この後にどんな言葉を投げかけたのかも。
『私ね、子どもの頃からずっと考えてたの。王子と結婚して、恋を知らないまま生きて死んでいくんだろうなって。でも、あなたに出会えて分かったの』
『何を、ですか?』
『……フィルくん。私も、あなたが好きよ。あなたがシュヴァルカイザーだからじゃない。純粋な一人の人間として、あなたを愛したいの』
(そう、私はこの時気付いた。フィルくんが私に恋をしていたように、私も彼に恋をしたんだって)
守護者だけでなく、アンネローゼもまた溢れ出す記憶を見ていた。そんな彼女の頬を、一筋の涙が伝う。溢れ出した記憶から、意識が現実へと引き戻される。
彼女の足下にあるクリスタルの中では、フィルが成長を果たし……ついに、元の十二歳の肉体を取り戻していた。
「フィルくん……! やった、後は……」
「乙女よ……よくもやってくれたものだ。だが……汝の手により、我は……いや、フィルは全てを思い出した」
後はフィルを目覚めさせ、帰還するだけ。そうアンネローゼが喜んでいると、守護者が語りかけてくる。その語り口は、これまでと違い穏やかなものだ。
相手が身じろぎしたため、アンネローゼは一旦守護者の上からどいて床に降りる。ミカボシから元の筒状の装置の姿に戻り、守護者は続きを話す。
「こうなった以上、再び全てを奪うことはもはや不可能。……連れて行くがよい、汝の愛する者を」
「でも、そうしたらアンタはどうなるわけ? フィルくんが核なんでしょ?」
「問題はない。永い時を経て、我は無限の魔力とミカボシの力を取り込み……進化を果たした。フィルが我が内より去ろうとも、もはや我が滅ぶことはない。永劫に、双子大地を守っていけよう」
アンネローゼの問いかけに、守護者はそう答える。そして、装置の中で眠っていたフィルにトーガを着せ彼女の元に転移させた。
目の前に現れた愛しき少年を抱き留め、アンネローゼは目覚めの時を待つ。少しして、フィルのまぶたがゆっくりと開き……。
「アンネ……ローゼ、様……?」
「ええ、そうよ。あなたを迎えに来たの。みんなで帰りましょう? フィルくん。私たちの故郷に」
「でも、僕は……」
「気にする必要はない、我が半身よ。この地は永劫に渡り、我が守り続けてゆく。お前は共に行くがいい、仲間たちの元へ!」
アンネローゼに微笑みかけられるも、フィルはまだ少しだけ躊躇していた。そんな彼に、三千年共に過ごした守護者はそう声をかける。
「……ありがとう、僕の半身。アンネローゼ様、たくさん心配させてごめんなさい。僕はもう、どこにもいきません。ずっと、あなたの側にいますから……」
「うん、うん……! もう二度と離さない、ずっとずっと一緒だから……!」
フィルの言葉に安堵し、アンネローゼは大粒の涙を流しながら彼を抱き締める。フィルも愛する乙女の背に腕を回し、しっかりと抱き締め返した。
その時、玉座の間の扉がゆっくりと開く。アンネローゼたちがそちらを見ると、アーマーが破損しボロボロになったジェディンたちが現れる。
「よぉ、アンネローゼ……終わったぜ、こっちはよ。だいぶズタボロにされたが、みんな生きてるぜ。とりあえずはな……」
「あっ、シショーがいる! ってことは……やったんすね、姐御!」
「ええ、そうよ。大変だったけど、無事フィルくんを取り戻せたわ」
「うわ~い! ウチら頑張った甲斐あんじゃ~ん! う、傷いた~い……マジやばたんピーナッツ……」
リオもどき&グランザームもどきとの死闘を制し、戦闘不能一歩手前になりながらも生還した仲間たちにアンネローゼは笑顔で答える。
彼女の腕の中で、フィルは申し訳なさそうな表情をしつつ小さく手を振った。自分たちの奮闘はムダにはならなかった。ローグたちも大喜びしている。
「よかった……これで先生も喜んでくださるだろう。なあ、オボロ」
「うむ。ここに来ることは叶わなんだが、アンネローゼ殿と同じくらいフィル殿のことを心配なされていたからな」
「そう、ですね。帰ったら博士にもごめんなさいしないと。みんなにも、たくさん迷惑を……」
「迷惑だなんて思っちゃいねえよ。仲間だろうがオレたちは。なぁ?」
「そうっす! みんな喜んでるんすよ、シショーが帰ってきてくれて!」
「うんうん! フィルちん、おかえり~」
「……はい! ただいま!」
仲間たちに帰還を祝福され、フィルも満面の笑みを浮かべる。そんな彼らの足下に、転移用の魔法陣が現れた。
気を利かせた守護者が、アンネローゼたちをカルゥ=オルセナに送り届けようとしてくれているのだ。
「汝にならば、いつでもこの城の門戸を開放しよう。落ち着いたら、また来るがよい。その時は、侵入者とではなく……客として招き入れよう」
「ええ、ありがとう。また来るわ、アンタも一人じゃ寂しいだろうしね。……さ、みんな。帰ったら盛大にお祝いするわよ!」
「おーー!!」
守護者と言葉を交わした後、アンネローゼたちはフィルを連れて帰っていった。彼女たちの帰りを待つ、仲間たちが住む大地へと。