299話─紡がれし絆は奇跡を起こす
周囲の景色が闇に包まれ、あらゆる色が消える。そんな中、アンネローゼは守護者の無機質な声を聞く。
「ワールドシフト・ディコーバ密林!」
「きゃっ! いたた、思いっきり投げ出されたわ。とりあえず、脇腹を治療して……と」
幽霊船から姿を変えようとしていた守護者から弾き出され、アンネローゼは草地を転がる。まずは撃たれた脇腹を魔法で癒やし、続いて周囲を確認する。
三度変わった世界に広がるのは、シュヴァルカイザーの基地があるジャングルを彷彿とされる緑の深い密林だった。
「守護者の姿はまだ見えないわね。どこから来るか……警戒を怠らないようにしないと」
「その必要はない。娘、もうお前との戦いも飽いてきたところだ。そのドライバーを破壊し、決着をつけてくれる!」
「きゃっ!? で……デカいゴリラ!?」
新たな姿になった守護者がいつ襲撃してきてもいいようにと、アンネローゼは槍を持つ手に力を込める。直後、近くにある崖から巨大なゴリラが飛び降りてきた。
よく見ると、六メートルほどの大きさがあるゴリラは樹木とツタを組み合わせて作られている。胸の部分には、守護者たるクリスタルが納められていた。
「ちょっと驚いたけど、たかがデッカいゴリラなんて恐るるに足らないわ。あと二、三回くらいで元に戻せそうね、チャチャッと」
「そう簡単に行くと思わぬことだ。森に在るゴリラの恐ろしさ、よく味わうがいい!」
「え!? 消え……あがっ!」
守護者は跳躍し、目にもとまらぬ速度でアンネローゼに後ろ回し蹴りを叩き込む。吹っ飛ぶ相手を追って跳び、両の拳を握り合わせ一気に振り下ろす。
狙うは、アンネローゼが身に着けているダイナモドライバー。シャトルエスケープを使い、アンネローゼはギリギリで攻撃から逃れる。
「っつー……やってくれたわね。いきなり肉弾戦で来るなんて……なら、私も本気を出させてもらうわ! デュアルアニマ・オーバークロス! ラグナロク、オン・エア!」
これまでのような搦め手メインから肉弾戦主体になった以上、本気を出さねば負ける。そう判断したアンネローゼは、漆黒の堕天使へと姿を変えた。
「行くわよ、また思い出させてあげる。私たちの愛の記憶をね!」
「来い……! これ以上好きにはさせぬぞ!」
アンネローゼの啖呵にそう返した後、守護者ゴリラは手のひらを胸に叩き付けドラミングする。直後、相手目掛けて走り出す。
「食らうがいい! ワイルドナックル!」
「来なさい、逆に重力のリングを刻んであげるわ! グラヴィトーラ・カンセリオ!」
ある程度接近したところで守護者は跳躍し、右腕を振り下ろして拳を叩き込もうとする。アンネローゼは皮一枚で避け、槍の穂先を腕に掠らせた。
すると、目論見通り重力の枷を現すリングが守護者の右腕に刻まれた。これで動きを制限し、一気にクリスタルを突けば……と、思っていた。だが。
「その程度、読めぬとでも? フンッ!」
「ウソでしょ、自分で腕を!?」
「この森がある限り、どれだけ肉体を欠損しようとも問題はない。いくらでも再生するのでな。リクラニクラヘッドバッド!」
「ごふっ!」
守護者は即座に右腕をパージし、重力の支配から逃れてみせた。そのままアンネローゼに頭突きを食らわせ、ついでショルダータックルをブチ込む。
戦乙女はまたも吹き飛ばされ、木に叩き付けられてダウンしてしまう。その間に腕を再生させ、守護者はダイナモドライバーを壊さんと歩き出す。
「よく頑張った。だがもう終わりにしよう。これ以上傷付いても仕方あるまい? 乙女よ」
「ふざ、けんじゃないわよ……ちょっと優位に立ったからって、調子に乗らないでほしいわね! 赤い薔薇よ、輝け! フラムシパル・スパイラル!」
「むうっ!?」
(今よ! グラビティ・マイナス!)
よろめきながらも立ち上がり、血が混じった唾を吐き捨てるアンネローゼ。盾を掲げ、螺旋状の炎を放ち相手を怯ませる。
その隙に自身への重力を減らし、普段の倍のスピードで相手の背後へと音もなく回り込む。そして、股下を潜り不意討ちを行う。
「図体がデカいおかげで、楽に下を通れたわ! お返しよ、食らいなさい!」
「しまっ……ぐうっ!」
槍を投げ付け、クリスタルに直撃させる。今回、アンネローゼが込めた記憶は……。
『はー、癒やされるわー。くらげって、何だか不思議と可愛く思えるのよね。毒がなければ触れるのに』
『確かに、ぷにぷにしてそうですもんね。この傘の部分が』
『ふふ、フィルくんのほっぺもぷにぷにしててとっても癒やされるわよ』
『もう、アンネ様ったら』
「ぐうう、また、しても……!」
『来ましたね、ここがオルムの街ですか』
『私から離れないでね、フィルくん。ほら、この街とても広いから迷子になったら大変よ』
『本当だ、じゃあ……て、手を繋ぎましょうか』
守護者の脳裏に溢れたのは、かつて重ねたアンネローゼとの逢瀬の記憶。常夏の島で、双子大地の街で。彼らは愛を語らい、想い出を作った。
そうした輝かしい記憶が、クリスタルの中のフィルを成長させる。そうして、ついにアルバラーズ家の里を追放された頃にまで姿が戻った。
「やった! あと少し、ここまで来れば!」
「ぐう、ああ……あああああああ!!!」
「ごふっ! ヤバイ、滅茶苦茶に暴れ出した!」
再び景色が歪んでいく中、守護者は錯乱し大暴れしはじめる。逃げようとするアンネローゼだが、間に合わず巻き込まれてしまう。
拳がダイナモドライバーに直撃し、バックルに亀裂が走る。かろうじて距離を取れたが、変身を維持出来ず元の姿に戻ってしまった。
「く、そんな……あと少しなのに! もうちょっとだけでいい、頑張って……私のダイナモドライバー!」
「ムダだ……もう、追い返すなど有情な処理で終わらせぬ。その命、ここで奪ってくれる!」
元いた玉座の間に帰還した守護者は、アンネローゼへの怒りをあらわにする。変身が解けてしまった彼女を滅するべく、ミカボシの姿に己を変えた。
「さらばだ、戦乙女よ。呪われし炎に焼かれ、永劫の時を苦しむがいい! カースエンドフレア!」
「そんな……ここまで来て、もうダメなの? 結局、私はフィルくんを……」
ミカボシの口から放たれた黒い炎が迫る中、アンネローゼは両膝をつきそう呟く。あと一歩のところで及ばなかった無念の涙を流し、敗北を受け入れようとするが……。
『諦めないで、アンネ様。あなたなら……あなたなら、まだ戦える。受け取ってください、僕の力を……愛を』
「!? この声、フィルくん!? 一体どこ……きゃあ!」
その時、アンネローゼの頭にフィルの声が響く。直後、目の前に透き通った黄金の壁が現れ呪いの炎を遮断する。
壁ごしによくミカボシを見てみると、額に納められたクリスタルの中にいるフィルが祈るようなポーズを取っているのが見えた。
「フィルくん……。そうね、ここまで来て諦めたら全部水の泡になる。そんなの、誰も望んでいない。あなたの力を、愛を。今、受け取らせてもらう!」
「何を……猪口才な!」
守護者は背中の腕を伸ばし、クリスタルを覆って見えないようにする。だが、そんなことをしても目覚めたフィルを止められない。
アンネローゼの元に、シュヴァルカイザーのダイナモドライバーが出現する。彼女が身に着けているホロウバルキリーのドライバーと重なるように、融合し一つになる。
「感じる……フィルくんの温もりを。あの日、ヴァルツァイト・ボーグとの決戦で私はシュヴァルカイゼリンになった。でも、今回は……二人分の力で変身よ!」
「おのれ、そうはさせぬぞおおおおお!!」
融合を果たしたラヴァーズ・ドライバーを起動させるため、バックルに触れるアンネローゼ。それを阻止するべく、ミカボシは背中の腕を伸ばし直接乙女を握り潰そうとする。
「もう遅いわ。ラヴァーズ・ドライバー、プットオン! ……見せてあげる、これが私とフィルくんの! 愛が呼び起こした奇跡よ! エターニティ・ラブハート……オン・エア!」
「ぐうう! ま、眩しい……眼が焼けそうだ!」
金と銀の光がアンネローゼの身体からほとばしり、玉座の間に溢れ出す。守護者が動きを止め、目を守っている間に戦乙女は変身を終えた。
全身に銀色のラインが走り、胸元に白と黒の縁取りがされたハートマークがついた黄金の鎧を纏う姿となったアンネローゼ。
背中には六枚の翼を持ち、神々しい輝きを放っている。二人の愛が生んだ、最強最後のインフィニティ・マキーナが誕生したのだ。
「さあ、次で最後よ。フィルくん、あなたを取り戻すための戦い……終わらせてもらう。そして、みんなで帰るの。大切な人たちが待つ、私たちの大地に!」
永遠の愛を詠う聖天使の、戦いの叙事詩にも終わりの時が近付いていた。




