297話─名を忘れた守護者
「……そうか。あくまでも我に害をなすというわけだな。であれば、容赦はせぬ。セキュリティプログラム・レベルワン。ワールドワイドシステム作動!」
アンネローゼに退く意思なし、と判断した守護者は迎撃用のプログラムを起動する。直後、玉座の間が空間的に断絶され、外部との行き来が不可能となった。
跳躍したアンネローゼの一撃をバリアで防ぎつつ、装置の中の胎児はミカボシを吸収して得た力を解き放つ。
「見せてやろう、二つの大地を守る守護者の力を! ワールドシフト・ジュナイ砂漠!」
「なに、景色が変わって──!? ウソ、どこよここ!?」
ミカボシを取り込んだことで強化されたウォーカーの力を使い、門を開くことなく並行世界への空間まるごとの転移を成し遂げた守護者。
序章の舞台は、名も知らぬ世界に広がる灼熱の砂漠地帯。強い陽射しが照り付ける中、胎児を納める装置が変形し黄金の正八面体となる。
「よっと! 何をするつもりかは分からないけど、絶対に私は勝つ!」
「不可能。娘、お前は散るのだ。我が力によってな」
「なにを……あらっ、砂の中に逃げた!?」
バリアに押し返されたアンネローゼは、柔らかな砂地に降り立つ。相手の挑発に言葉を返した後、守護者は砂の中に潜り姿を消す。
アンネローゼが周囲を見渡していると、突如地面が揺れる。嫌な予感を覚え、急いで空へ飛び立った……その直後。
「!? な、なによあれ……デッカい……サソリ?」
「我は世界を渡り歩く。そして、その地に最も適応した物質を纏い戦うのだ。さあ、天を舞う戦乙女よ。汝を地に引きずり落としてくれようぞ! サンドキャノン!」
地面が盛り上がり、巨大な砂のサソリが姿を現したのだ。額の部分には、守護者の本体である正八面体のクリスタルが嵌まっている。
砂のサソリ『サンドシーカー』となった守護者は、アンネローゼに両の爪を向ける。そして、極限まで圧縮して押し固めた砂の砲弾を放つ。
「おっと、そんなの当たらないわよ! せいっ!」
自慢の機動力を活かし、次々と飛来してくる砲弾を避けるアンネローゼ。目標に当たらなかった砲弾は彼女を通り過ぎ、遠くにある岩場に着弾する。
凄まじい強度を持つ砲弾によって岩が粉砕され、轟音が砂漠に響く。攻撃を避けつつ、アンネローゼはどう反撃するか思考を巡らせる。
(さて、どうやってアレを倒そうかしら。迂闊に近寄ったら、あのハサミと尻尾でやられちゃいそうね。ここは安全策を取って、遠距離攻撃を……)
「汝が何を考えているかは手を取るように分かる。我の爪と尾が届かぬ距離から攻撃するつもりであろう。だがそうはさせぬ! フェイルスタチュー!」
「きゃっ! す、砂柱!? あぶな……ってまたぁ!?」
守護者はサソリの脚を通して大地を操り、天高く伸びる砂の柱を次々と出現させる。こちらもまたかなりの強度があり、当たればタダでは済まない。
必死に砂柱を回避していくアンネローゼだが、彼女は気付いていなかった。とある一点に、自身が誘導されていることに。
「よし、ここなら……」
「ご苦労、我の攻撃圏内にようこそ。……食らうがいい、サンドシークハンマー!」
「!? ヤバっ、嵌められ……このっ、シャトルエスケープ!」
どうにか全ての柱を避け、ホッと安堵するアンネローゼ。そんな彼女に、突如眼下からサソリの爪が振り上げられる。
まんまと相手の攻撃範囲内に誘い込まれたことに気付き、アンネローゼは冷や汗を流し焦る。かろうじて直撃は避けたが、つま先に当たり吹き飛ばされてしまう。
「きゃあっ! まずい、コントロールが……」
「終わりだ。コーパステイルクラッシュ!」
「あがっ!」
アンネローゼを追って移動し、守護者は身体を回転させて尾を叩き込む。その際、針をアーマーの隙間に突き刺して毒を流し込んだ。
「汝に撃ち込みし毒は、少しずつ身体の自由を奪うものだ。完全に動けなくなった時、汝をカルゥ=オルセナに戻す。それまで大人しく」
「して……いられるもんですか! 白い薔薇よ、輝けっ! クリア・オーラ!」
地面に落ちるも、下が柔らかい砂だったおかげで特に怪我はせずに済んだ。が、毒のせいで思うように身体が動かない。
手遅れになる前にと、どうにかローズガーディアンを使い毒を浄化するアンネローゼ。それを見ていた守護者に、小さな異変が現れる。
「なんだ……あの盾は。あれを見ていると、何か……うぐっ!?」
『アンネ様、この盾……ローズガーディアンには四つのガジェットを仕込んでおきました。どれも強力なものですので、切り札として使ってくださいね』
『ありがとう、フィルくん! あなたからの贈り物、大切に使わせてもらうわ! これがあれば、ブレイズソウルへのリベンジだってバッチリよ!』
『ふふ、よかった。アンネ様に喜んでもらえて』
「これは、なんだ……知らぬ、我は……我はこんなものは知らぬぞ!」
かつて、アンネローゼにローズガーディアンを贈った時の記憶が……全てを忘れ去ったはずの守護者の脳内に溢れてくる。
突然のことに我を失い、暴れ出す砂のサソリ。その額に納められたクリスタルの中で、胎児が僅かに成長していたが……アンネローゼはおろか、守護者自身も気付いていない。
「な、なに? いきなり暴れ出して……ってあぶな!」
「ぐう、う……その盾……邪魔だ!」
「うわっと! なによ、いきなり盾を狙い出して……待てよ? もしかして……縁の深いものを見て、記憶を取り戻しはじめてるのかしら? さっき、こんなの知らないとか言ってたし……」
狂ったように砂の砲弾を放ってくる相手から距離を取りつつ、アンネローゼはふとそんなことを考える。もし自分の考えが当たっているのなら。
想像よりもスムーズにフィルを取り戻すことが出来るかもしれない。彼女の脳内に、勝利へのプランが構築されはじめる。
「前に魔人たちにオボロやジェディンがやったみたいに、フィルくんに私の記憶をぶつければ……きっと、少しずつ思い出してくれるはず。よし、やってやる!」
「来るか、自分から。よかろう、ならばその盾ごとアーマーを砕いてくれよう!」
「そうはいかない! ごめんねフィルくん、ちょっと痛いだろうけど……受け取って、私の記憶を! そして思い出して、あの頃の日々を!」
反撃を食らうリスクを承知で、アンネローゼは守護者の元に飛翔する。槍の穂先に魔力を集め、狙うは額のクリスタル。
砂の砲弾や柱、爪に尾をフルで用いた猛攻を紙一重で避けて進み……ついに、届いた。乙女の想いを乗せた一撃が、クリスタルに放たれる。
「ぐっ、しまっ……? なんだ、またしても……何かが流れ……ぐうっ!?」
『すいませーん、シュヴァルカイザーパンくださーい』
『アンネ様!? まだ食べるんですか!?』
『もちろん! せっかくなんだもの、記念に食べていきたいわ。おじさん、二つちょうだい!』
『あー、悪いねお嬢ちゃん。飛ぶように売れて、もう一つしか残ってないんだわ。お詫びに代金半額ってことで許しておくれよ』
『えー、しょうがないわねー』
そうして、守護者の脳裏にフィルだった頃の記憶がフラッシュバックする。浮かんできたのは、アンネローゼとの初めてのデートの思い出。
『あ、待ってフィルくん。口の横にチョコクリームがついてる』
『え、あ!?』
『ん、美味し』
シュヴァルカイザーを象ったパンを買い、二人で食べた初めてのデート。お互いに初々しかった頃の思い出が、胎児だった守護者を赤ん坊へと成長させる。
「! フィルくん、成長した……?」
「まずい、気付かれたか……! ワールドシフト・トアリナン海峡!」
「また景色が……!」
このままではまずいと判断し、守護者は二度目の世界移動を行う。周囲の景色が歪む中、サソリを形作る砂が崩れ落ちていく。
最後の戦いは、第二ラウンドへと突入した。