296話─最後に立つ『最強』
ソロンもどきを倒したアンネローゼたちは、彼の言葉に従い城の奥を目指す。もう打ち止めなのか、ロストメモリーズが現れることはなかった。
今のうちに行けるだけ先に進んでしまおうと、必要最低限の休憩を数回挟みつつ上へ上へと階を登っていく。そして……。
「……ここだな。この廊下の奥からとても懐かしい気配を感じる。間違いない、この先にフィル殿がいる」
「ああ、やっと……やっと会える。フィルくん、ずっと会いたかった。今助けに行くからね、もう少しだけ待っ」
「! おい、気を付けろ。足音が近付いてくる。ロストメモリーズだろう、構えろ」
ようやくフィルとの再会が果たせる。万感の思いを感じていたアンネローゼだが、ローグに声をかけられ気を引き締める。
イレーナたちにアイコンタクトし、どんな相手が来てもいいよう身構える。それから少しして、廊下の奥から最後の刺客が現れた。
「やっほー、凄いね君たち。僕の息子をやっつけちゃうなんてさ!」
「全く驚きだ、余の好敵手の子を打ち倒すとは。貴公らの力……是非余たちも味わいたいものだ」
「え? は!? ちょ、マジ……マジマジマジマジありえね~! な、なななななんであの方が~!?」
通路の先から現れたのは、二人。一人は、青い鎧とツインガントレットを身に着けた盾の魔神……リオ。そして、もう一人は大鎌を携えた闇の眷属の男。
男の方を知っているらしく、レジェは素っ頓狂な声をあげ狼狽する。あまりにも激しい動揺っぷりに、イレーナが問いかけた。
「レジェさん、あのイケメンのこと知ってるんすか?」
「知ってるってレベルじゃないし! あのお方は、今から千ちょっと百年前に活躍していた魔戒王! あのベルドールの七魔神と大激闘を繰り広げた、伝説の覇者グランザーム王なんよ~!」
「!? ちょ、ちょっと待ってよ! そんなヤバい奴の記憶なんて、フィルくんが持ってるわけ……まさか」
「そうだよ? 僕の横にいるグランザームはねえ、僕のオリジナルの記憶を元にして造られたロストメモリーズなんだよ」
そう、守護者は自身を守る最強最後の戦士としてリオとグランザームの二人を選んだのだ。その選択は、全く間違っていない。
この究極のコンビを打ち倒せる者は、あらゆる並行世界を探しても見つかることはないと言えるほど……彼らは強いのだ。オリジナルでなくとも。
「ああ……もう無理、まぢ無理だって……! 片方だけならともかく、両方同時に相手とか絶対勝てない!」
「レジェがここまで怯えるたぁ……あいつらマジでやべぇんだな。なら……アンネローゼ、お前先に行け。あいつらはオレらが死ぬ気で押さえ込む、その間にフィルのところに到達しろ!」
「ローグ……!?」
「ローグ殿の言う通りだ、アンネローゼ殿。あのお二人は強い。それはそれがしもカンパニーにいた頃から熟知している。全員でかかっても勝てるか……いや、不可能だろう。ゆえに、貴殿だけでも本懐を遂げてもらいたいのだ」
暗域で生きる者の間で、リオとグランザームの戦いは今なお語り継がれる神話レベルの激闘。神と魔の頂点に立つ二人が組む。
その意味を誰よりも理解しているがゆえに、オボロはアンネローゼにそう告げた。ローグもまた、相手の強さを本能で察したからこそアンネローゼを先行させようとしているのだ。
「ふふふ、何を話してるのかな? 終わるまでゆっくり待つよ、それくらいはいいよね? グランザーム」
「もちろんだ。その程度の余裕がなければ、強者の看板は背負えぬからな」
「くっ、アイツら言ってくれるわね。でも……そうね、私たちの目的はアイツらを倒すことじゃない。フィルくんを救うこと……なら!」
廊下を塞ぐように立ち塞がりつつ、リラックスしながらアンネローゼたちの話が終わるのを待つリオもどきとグランザームもどき。
彼らを見つつ、アンネローゼは決意を固める。今、自分が何をするべきか。そのために、選び取った。彼女は勢いよく走り出し……。
「お、話し合いは終わったのかな? じゃ、戦お……あれっ!?」
「ほう、我らの頭上を越えたか」
「みんな、お願い! その二人の相手……頼んだわ! その代わり、フィルくんは絶対に私が連れ戻すから!」
リオもどきたちと交戦する……と見せかけて、翼を広げて跳躍し、滑空して彼らの頭上を飛び越えそのまま廊下の奥へ進む。
その直後、今度はイレーナたちが一斉に走り出しリオもどきたちに挑みかかる。アンネローゼを追えないよう、この場に二人を釘付けにするのだ。
「怖いけど、怖いけど……! アンネちんとフィルちんのためなら怖くな~い! 勇気ぜんか~い!」
「サイキョーの魔神と魔戒王が相手だからって、ビビってらんねーんすよこっちは! ここまで来たら死なば諸共ってやつっすぅぅぅぅ! あ、でも死にたくはなーい!」
強大な相手に脅えながらも、仲間のため勇気を振り絞るレジェとイレーナ。そんな彼女らに鼓舞され、他の仲間たちも闘志を燃やす。
「二人の言う通り。それがしたちは退かぬ! それに……かつての伝説に挑む、これほどまでの栄誉を思わぬ形で得られたのだ。全力を出さねば無礼というもの!」
「試してやろうじゃねえか、基底時間軸世界のヤベー奴らによぉ! オレの力がどこまで通じるかをな!」
「……やれやれ、力試しが主目的じゃないぞ。まあいいさ、俺たちが奮闘すればするほどアンネローゼのために時間を稼げるからな!」
かつての伝説に挑む歓びに打ち震えるオボロと、異界の神話にどこまで己が通用するかと不敵に笑うローグ。彼らに呆れつつ、ジェディンもまた相手を睨む。
「わあ、みんなやる気満々だね。楽しみだなぁ、君たちの全力をたっぷりと味わわせてほしいな! ビーストソウル・リリース!」
「これほどまでに心が昂ぶるのは久方ぶりだ。たまにはこうして、好敵手と手を取り未知の敵と戦うのも良きものだ。では……元序列三位魔戒王、グランザーム参る!」
最後にして最強のロストメモリーズたるリオもどきとグランザームもどき。伝説の戦士たちのまがい物との、激闘が始まる。
◇─────────────────────◇
「みんな、大丈夫かしら……。ううん、弱気になっちゃダメよ私。大丈夫、イレーナたちならきっと勝てる!」
一方、一人廊下を進むアンネローゼはそう呟きながら歩を進めていた。奥に進むにつれて、少しずつ廊下が暗く、空気が冷たくなる。
やがて、一条の光も射さぬ闇と冷気が支配する領域へと足を踏み入れた。アンネローゼは兜の側面に指を当て、暗視バイザーを起動させる。
「これで暗さに関してはよし、と。寒さは……まあ慣れるしかないわね、これくらいなら死にはしないし」
視界を確保した後、慎重に歩を進めるアンネローゼ。それから数分後、ついに彼女は廊下の果てにたどり着いた。
闇の中に佇む巨大な観音開きの扉を前に、戦乙女は一旦深呼吸する。胸の中に去来する、フィルとのたくさんの思い出を噛み締めながら扉に手をかけた。
「……フィルくん。私の愛しい恋人。あなたを今……取り戻す。そのために、私はここに来たんだから! せーの……ふんっ!」
力を込めて扉を押し、少しずつ押し開けていく。やがて完全に扉が開き、玉座の間への道が開いた。
廊下のように、玉座の間も薄闇に包まれ奥が見えない。アンネローゼが中に踏み込んだ直後、扉がひとりでに閉じた。
「フィルくーん! ここにいるんでしょう? 迎えに来たわ、一緒に帰りましょ! ギアーズ博士が首を長くして待ってるわよ! だから……」
「来たのか、侵入者よ。我の元まで。その力、素直に讃えよう。だが!」
薄闇の向こうへ、アンネローゼは大声を張り上げフィルに呼びかける。最後まで言い切る前に、恐ろしく無機質な声が返ってきた。
直後、天井から吊り下げられたシャンデリアに光が灯り一気に玉座の間が明るくなる。闇の先にいた『ソレ』を見て、アンネローゼは目を見開く。
「フィル……くん? なの? その姿は……」
「フィル……? そのような名、我は知らぬ。我は守護者、この双子大地……カルゥ=オルセナとカルゥ=イゼルヴィアを守る者なり」
部屋の奥にあったのは、煌びやかな玉座に座す少年……ではなかった。黄金色の巨大な円筒状の装置と、その中に浮かぶ胎児。
ミカボシの力を完全に我が物とし、進化の極致に至り……その代償に全てを忘れてしまった、哀しきヒーロー。……『名を忘れた守護者』が在った。
「そんな……こんな、姿に……」
「娘よ、ここまでたどり着いた力と知恵と勇気に免じよう。ここを去るがよい、フィルなる存在を忘れ仲間と共に生きよ。かの者はもう、何も覚えてはおらぬ。全てを忘却の彼方へ置き去り何も残ってはおらぬのだ」
「……そう。なんにもないんだ。私たちとの思い出も、全部」
「そうだ。ゆえに汝も忘れよ、さすれば……」
「だったら、思い出させてあげる。もし思い出せなかったなら、また新しく一から思い出を積み上げる! 名を忘れた守護者よ、私はあなたを倒す! そして……思い出させてあげるわ。あなたが誰よりも強く、優しく……平和を愛するヒーロー、フィル・アルバラーズだったことを!」
名を忘れた守護者の言葉を遮り、アンネローゼは装置の中でくゆる胎児を見ながらそう叫ぶ。目尻からこぼれ落ちた涙が地に達した瞬間、乙女は翔る。
最後の戦いを制し、愛する者を取り戻すために。