294話─集結する仲間たち
「はあ、はあ……。やっぱ魔神の力って反則よね、アンタと戦ってるとそれを嫌というほど味わわされるわ」
「ええ、私が言うのもなんですが敵に回すと非常に恐ろしく厄介な存在だと思っています。ふふふ」
時は今に戻る。ワインセラーの中で、アンネローゼはソロンもどきとの戦いに苦戦させられていた。様々な魔神たちの力を使う彼相手では、流石に分が悪いようだ。
「得意気なのがムカつくわね! その顔にグーパン叩き込んでやる!」
「やれるものならやってみなさい。私の猛攻を凌げますかね、貴女に! ポイゾンブルーム!」
アンネローゼは槍を構え、ソロンもどきへ突撃していく。それを見た魔神は、毒々しい紫色の鎧を上半身に纏う。
鎧の前面に無数の小さな穴が現れ、そこからごく小さな猛毒のミサイルが大量に発射される。ホロウバルキリーアーマーを溶かし、戦闘不能にするつもりだ。
「その鎧と翼を溶かせば、もう貴女は戦うことが出来ない。そのままリタイアしていただきましょう!」
「ちょっと、何よこの量! いくらなんでも避けきれな……」
「大丈夫っすよ、姐御! 今助けるっす、でたらめバースト!」
流石のアンネローゼでも、ワインセラーを覆い尽くすほどの量をかわしきることは不可能。被弾は不可避かと思われた、その時。
天上を破壊しながらイレーナが落下し、弾丸をバラ撒いて毒のミサイルを全て破壊してみせた。キルトの幻影との戦いを終え、合流が間に合ったのだ。
「イレーナ! よかった、無事だったのね!」
「うっす! ちょっとイレギュラーな相手っしたけど、無事倒してやったっす!」
「イレギュラー……? おかしいですね、あの方はまだこの者にロストメモリーズを送り込んでいなかったはず。一体誰と戦ったと……むっ!」
ソロンもどきが訝しんでいると、ワインセラーの奥から足音が近付いてくる。アンネローゼたちも、素早く身構える。
戻ってくるのはオボロか、ゴライアもどきか。緊迫した空気の中、姿を現したのは……オボロだ。
「どうやら、最悪の事態になる前に戻れたようだ。アンネローゼ殿、助太刀……む、イレーナ。貴殿が先に来てくれたか」
「オボロ! よかった、無事勝てたのね!」
「なるほど、ゴライアを下しましたか。では、私も本気を出さねばなりませんね。食らいなさい……雷弾の鎚!」
「みんな、来るわよ! 気を付けて!」
オボロの合流により三対一と、数の差では優位に立ったアンネローゼたち。だが、それだけで勝てるほど魔神は甘くない。
ソロンもどきは紫電を纏う巨大なハンマーを呼び出し、勢いよく床を叩く。すると、ワインセラーの天井と壁に無数の黄色い魔法陣が現れる。
「貴方たちのアーマーの頑強さは熟知しています。これくらいの電撃なら、中身を傷付けずアーマーだけを機能停止させられるでしょう。さあ、痺れなさい!」
「雷の雨あられね……ならこうよ! 青い薔薇よ、輝け! ウォーターディフェンダー!」
アンネローゼはローズガーディアンを使い、自分と仲間たちを球状の水のベールで包み込む。濃い魔力を宿すベールにより、雷は通り抜ける途中で飛散し攻撃が届かない。
「おお、やったっす! さっすが姐御!」
「ほう、やりますね。ですが迂闊ですね、この私の前で水を作り出すとは! アクアコントロール!」
「! 水が……ぐうっ!?」
「きゃっ! コイツ、コントロールを奪ったわね!」
外側から内側への攻撃は通さないが、その逆は問題なく行える。水の玉の中から反撃に転じようとする三人だが、ソロンもどきの方が一枚上手だった。
翼を消し、今度は背中にサメの背ビレを出現させるソロンもどき。水を司る牙の魔神の力を用い、水の玉をジャックしてみせたのだ。
玉の内側に水の触手が伸び、アンネローゼたちを拘束する。動きを封じてから、バックルへと別の触手が伸びていく。変身を解除させるつもりだ。
「まずい、それがしはともかく二人のドライバーを外されたら……!」
「これでジ・エンドですね。援軍が来たのも無意味になり」
「ここにいたか、今助けるぞ! 行け、我が軍団よ!」
「アンネちんたちになにしてんの! 許さないかんね~、ルビーマグナム!」
万事休す、と思われたその時。ワインセラーの外から声が響き、少し遅れて四体のぬいぐるみと大きなルビーの塊が飛んでくる。
多少遅れたものの、ジェディンとイレーナが仲間の居場所を見つけ出し合流に成功したのだ。背後からの不意討ちに、ソロンもどきは反応が遅れる。
「なに──ぐうっ!」
「コントロールが離れた! 今よ二人とも、脱出するわ!」
「っす!」
「御意!」
背中にルビーが直撃し、ソロンもどきは炎に包まれる。次いでぬいぐるみたちにフルボッコにされた結果、水の玉のコントロールが途切れた。
触手の動きが止まった隙を突いて脱出し、どうにか難を逃れたアンネローゼたち。駆け寄ってきたジェディンらと合流し、再会を喜ぶ。
「二人ともありがと、危うくドライバーを外されちゃうとこだったわ!」
「ど~いたしまして。アンネちんたち、無事でうれぴ~!」
「後はローグだけだな、まああいつならすぐに」
「やれやれ、まだ私も未熟ですね。あと一歩で敵を仕留められる時こそ気を引き締めよ。父上の教えを忘れていましたよ」
「うわ、アイツまだ生きてる! 滅茶苦茶噛まれまくってたのに!」
だが、そんなことをしてばかりもいられない。延々噛み付かれ、骨が見えるレベルの損傷を再生能力で即座に完治させぬいぐるみたちをソロンもどきが全滅させたのだ。
「相変わらず……いつ見ても嫌になるわね、あの再生能力。私、魔神の能力で一番反則なのってアレだと思うのよ」
「そのように思われるとは心外ですね。我々は生まれつき持つ力を使って戦っているだけですから。……役者も揃ってきましたね、ではそろそろ……」
アンネローゼの呟きに少しムッとしたのか不機嫌そうに尻尾を揺らしつつソロンもどきは莫大な魔力を凝縮させる。
そして……その全てを解き放ち、不可視の海をワインセラーの中に作り出す。
「終わらせましょう。奥義、天海領域!」
「! なんだ、いきなり身体が重く……」
「ふおっ!? まるで服着たまま水の中に入った感じっす! 動きにくいったらありゃしないっすよこれ!」
「このワインセラーの中を、不可視の海で覆いました。身体は濡れず、息が出来なくなることもありませんが……水が纏わり付くように、動きにくくて困るでしょう?」
突然の変化にジェディンやイレーナが困惑している中、ソロンもどきは空中に広がる見えない海を泳ぎはじめる。
彼の伯母クイナ、そしてその先代牙の魔神バルバッシュ。二人の魔神の切り札を用い、一気にケリをつけるべく動き出す。
「これで終わりにさせていただきます。貴方たちを倒し、もう何者にも守護者の邪魔をさせはしません! シャークフィン・スラッシャー!」
「あぐっ! もう、動きにくくってやんなっちゃう! 何とかしないと全滅しちゃうわ!」
アンネローゼたちはどうにか反撃しようとするも、動きを制限されている状態では空中を優雅に泳ぐソロンもどきを捉えることが出来ない。
鋭い刃へと変えた両腕を振るい、ヒットアンドアウェイを繰り返す相手のなすがままだ。少しずつ傷が増え、このままでは負けてしまうだろう。
「ううー、あいつなんでアタイんとこだけ来ないんすか! なんか逆にムカつくんすけど!」
「恐らく、奴はイレーナ殿のリアクティブ・パンツァーを警戒しているのだろう。最後に貴殿を残し、遠距離攻撃で仕留める腹積もりなのだろうな」
「ええ、その通り。彼女の爆発式反応装甲は厄介ですからね、私の遊泳能力でも爆風から逃げ切るのは至難の業。なので、最後に仕留めさせていただきます!」
「ほー、そうかい。んじゃ、その前にオレがお前を仕留めてやるよ!」
一人だけ近寄られすらしないことに、イレーナが怒りをあらわにする。オボロの推測通り、現状唯一ソロンもどきに確実な反撃が出来ることから警戒されているのだ。
攻撃を続行しようとするソロンもどきだったが、その動きが止まる。イレーナが開けた天井の穴から、ローグが姿を見せたからだ。
「ローグ! 遅かったじゃないの、アンタ何やってたのよ!」
「へっ、一番の大物は遅れてやって来るのが王道なわけよ。……つーか、おめぇらなんでそんなノロノロ動いてんだ?」
「その理由はすぐ分かりますよ、貴方も不可視の海に落ちればね!」
「あ~、あぶな~い!」
床に降り立ったローグ目掛けて、ソロンもどきが突撃する。レジェが叫ぶ中、怪盗は避けようともせずニヤリと笑う。
「見えない海? へえ、そいつはおもしれえ。言っとくが、オレを他の奴らと同じようにオモチャに出来ると思わない方がいいぜ。なにせ、これでも元月輪七栄冠だからよ!」
「!? 動きが鈍っていな……ぐあっ!」
「へへ、背ビレいただきぃ~! フィルを助けた後は、フカヒレで一杯やらせてもらうぜ」
かつてルナ・ソサエティを率いた凄腕の魔女であるローグに、天海領域は通用しない。触感で即座に技のカラクリを見破り、全身を魔力でコーティングして不可視の水から逃れたのだ。
そこから糸を使い、ソロンもどきの背ビレを両断する。結果、牙の魔神の力が消え不可視の海は消えた。
「お、普通に動けるようになったわ。ありがと、ローグ。さ、ここから反撃するわよみんな!」
「おー!」
最後の戦いを前に、役者は揃った。ソロンもどきへの逆襲が始まる。