292話─怪盗は再び巡り会う
イレーナとキルトが屋上で戦いはじめた頃、ローグは城の三階にある大図書館にいた。そこで彼は、自身を狙うロストメモリーズと相対する。
「こうなる可能性を考慮しちゃあいたがよ、実際にそうなると複雑な心境になるな……。お前もそうだろ? なあ……ネオボーグ」
「一つ訂正シておコう。私はネオボーグでハない。私は……ヴァルツァイト・ボーグだ」
ローグの相手は、彼のオリジナル……ヴァルツァイト・ボーグもどき。それも、ネオボーグとして復活する以前の姿。
フィルたちとの最終決戦で見せた、シュヴァルカイザーのまがい物たるルインブリンガーを身に着けた完全体としての推参だ。
「へっ、そうかい。まあいいさ、お前がいつの時代の存在だろうがオレのすることは変わらねえよ。お前を倒して押し通る、それだけだ!」
「フッ、私ヲ甘く見ナい方ガいいゾ。返り討ちニしてヤろう。どこカらでもかかッてくるガいい」
「なら、遠慮なくやらせてもらうぜ!」
短剣を呼び出し、ボーグもどきに飛びかかっていくローグ。本棚を薙ぎ倒しながら、パワフルな連続攻撃で初手から畳み掛けていく。
対するボーグもどきは、冷静に攻撃を捌き回避に徹していた。反撃に出るでもなく、不気味なほど静かに防戦に回っている。
(チッ……奴め、何を考えてやがる? 全く反撃してきやがらねえところを見るに、何か策を巡らせてやがるな。へっ、上等だ、ならそいつを叩き潰すまで!)
相手の動きに違和感を覚えつつも、ローグは真っ向から対峙する姿勢を変えない。ボーグもどきがいつ反撃してきてもいいよう、七ツ道具を使えるよう準備をする。
「ふむ、ソろそろイいか。まがい物デあるとハいえ、この姿ニになるノは久しぶりダからな。ようヤく、身体ガ暖まってキた」
「! っぶね……いきなり殴ってくんじゃねえよ!」
「ククク、何を寝ぼケたことヲ。我々ハ敵同士……こうシて戦うノが宿命! 食らうガいい、V:ストラッシュ!」
十分に動き回り、エンジンがかかってきたボーグもどきはついに反撃に転じる。カウンターのパンチを放ってローグの連撃を止めた後、フィルの技を使う。
「んなっ!? てめぇ、その技は……!」
「ああ、お前ハ知らなカったな。このルインブリンガーは、奴らガ開発したインフィニティ・マキーナを模して造ラれたモノ。フィルたちノ技を、全て使うコとが出来るのダ!」
カルゥ=イゼルヴィアでの戦いより前のヴァルツァイト・ボーグのことを断片的にしか知らないローグはルインブリンガーの性能を知り驚く。
だか、次の瞬間には獰猛な笑みを浮かべていた。なんだかんだで、償いのため命を捧げたオリジナルと戦えるのが嬉しいのだ。
「なぁるほどな。いいぜ、そういう全部盛りなのは嫌いじゃねえ。ならこっちも本気出させてもらうぜ。まずは小手調べだ、食らえ! 怪盗七ツ道具、NO.1! トーラスの痺れダーツ!」
やる気をみなぎらせ、ローグは反撃に出る。短剣で斬りに行く……と見せかけて、懐から取り出したダーツを投げ付ける。
キカイの身体ですら痺れさせる神経毒が塗られたダーツを、相手がどう対処するか。それを見極め、戦略に組み込むための一撃だ。
「フッ、くだラぬな。こンなダーツ如きで私の動きヲ止めらレるとでも?」
「おいおい、ノーガードノー回避かよ。刺さりすらしねえとは思ってなかったぜ」
「怪盗とヤらの道具も、案外たいシたことなイようだな。食らうガいい、エアーリッパー!」
「うおっ! そういう技まで使えんのか、少しズリぃんじゃねえのかお前!」
結果は、完全なるノーダメージ。毒で痺れさせるどころか、装甲に突き刺さることすらなかった。カウンターのカマイタチをバックステップで避け、ローグは愚痴をこぼす。
「ズルい? 私ノ運命変異体のクセに軟弱なセリフを吐くものダな。お前も数々の苦難ヲ乗り越えてキたのダろう? なラ、これくらイどうトでも出来るはずダ!」
「チッ、言ってくれるじゃねえか。ま、確かにその通りだな。だから……こっからはもう手段は問わねえ、貪欲に勝ちに行く! 怪盗七ツ道具、NO.2! ゴッチの跳ね金貨!」
ボーグもどきに挑発され、ローグは反骨心を燃やし新たなカードを切る。新たに懐から取り出したのは、一枚の金貨。
それを指で上に跳ね飛ばし、小気味良い金属音を響かせる。金貨に宿る注視の魔力によって、ボーグもどきの視線が金貨に吸い込まれていく。
「ホウ、綺麗な……! しまっタ!」
「へっ、ボディはキカイでも頭脳は生身だもんな! 金貨を見たら欲しくなるよな……なら、この一撃と一緒にくれてやらぁ!」
「うグあっ!」
流石のボーグもどきも、視線誘導の力には抗うことが出来なかったようだ。つい金貨に目を向けてしまった隙を突かれ、短剣を胸元に叩き込まれる。
ダメ押しにと放たれた魔力の爆発を受け、本棚を薙ぎ倒しながら図書館の奥へ吹っ飛んでいく。ひとまず一矢報い、ローグは短剣をくるくる回しながら笑う。
「へへへ、とりあえずはやり返してやったぜ。……とはいえ、遊んでるヒマはねえな。早いとこ他の連中と合流しねえと。いっそ、あいつ放置してアンネローゼたちを」
「やっテくれたナ、今のは中々ニいい一撃だっタ。胸部装甲にヒビを入レてくれルとは」
「もう起きやがるか。ま、そうだよな。あれでカタが着くほどヤワじゃあねえもんな、オレのオリジナルならよ。お前はまがいもんだが」
「ククク、ここまでハ序の口。まがい物ニはまがい物なリの戦法があるトいうことを、今カら教えてヤろう! 食らうガいい、ホーストランゾナス!」
このままボーグもどきが起き上がってこなければ、放置してさっさと先に進んでしまおうときびすを返すローグ。が、そう上手くはいかない。
わりとすぐにボーグもどきが復帰し、ヒビ割れた胸部装甲を変形させミサイルの発射口を作り出す。そして、小型のミサイルを放った。
「は!? おいちょっと待て、こんなとこでんなもんぶっ放したらやべぇだろが!」
「ククク、私はテレポートで逃げるカら問題なドないゾ? お前も逃げれバいい、ただシ行き先は城ノ外しカないガな!」
「んにゃろ、ふざけやがって! あったまきたぜ、ならもう一つの技で防いでやる! 鉄鋼斬糸展開!」
ロストメモリーズゆえに多少パワーアップしているようで、クラヴリンの持つミサイルを放ってくるボーグもどき。
挑発されたローグは、月輪七栄冠『糸繰りの魔女』としての力を解き放って対抗する。強靱な糸を大量に束ねて本棚と床、天井の間に張り巡らせクモの巣を作り出す。
「こいつで受け止めてやる! そんでもっててめぇに跳ね返してやっから覚悟しろや!」
「クハハ、面白い! たカが糸で私のミサイルを跳ね返ソうなど片腹痛イわ!」
「ハッ、舐めんなよ? 糸だけじゃねえ、こいつも追加だ! 怪盗七ツ道具、NO.3! ダレイアスの剛柔縄!」
いかに強靱だろうと、所詮は糸。そうタカを括って大笑いするボーグもどきに向けて、ローグはダメ押しを行う。
ロープでクモの巣を補強し、小型ミサイルを迎え撃つ。激突と同時に、クモの巣がたわみローグの方へ押されていく。
だが、元々の耐久性の高さとロープによる補強でちぎれるような事態にはならなかった。少しして、伸びきった糸がゴムのようにミサイルを押し戻す。
「何!? ミサイルを跳ネ返し……グッ!」
「へっ、ざまあみやがれ。だから言ったろ? 跳ね返してやるから覚悟しやがれってな」
ミサイルを跳ね返し、天狗になっていたボーグもどきの鼻っ柱を叩き折ったローグ。溜飲を下げた後、改めて追撃の態勢に入る。
「こっちにゃ七ツ道具があと四つあるんだ、必ず追い詰めてぶっ倒してやるぜ!」
怪盗の華麗なる戦いは、まだ終わらない。