30話─そして、戦乙女は竜を屠る
「不可能を可能に、か。面白いことを言う。ならば起こしてみるがいい。勝利のための奇跡を!」
「言われなくともやってやる! 同じ相手に二度負けるなんてのは、私のプライドが許さないのよ! スピアストラッシュ!」
「消し炭にしてくれる! ブレイズブレス!」
炎の竜となったブレイズソウルは、灼熱の火炎を口から吐き出す。周囲一帯を炎の海へと変え、アンネローゼを灰にしようとする。
対するアンネローゼは、ダイナモ電池から盾に魔力を供給しつつフィルに言われたことを思い出す。
『アンネ様、この盾……ローズガーディアンには四つのガジェットを仕込んでおきました。どれも強力なものですので、切り札として使ってくださいね』
「どうやら、早速切り札の出番が来たようね。青い薔薇よ、輝け! ウォーターウォール!」
「なっ、盾から水が!?」
盾の表面に描かれた青色の薔薇が輝き、アンネローゼの全身を水の壁が覆い尽くす。水に触れた瞬間、業火が即座に消える。
水を纏ったまま突撃し、アンネローゼは槍による一撃を叩き込む。これまでずっと執拗に狙っていた、ブレイズソウルの胸板へと。
「ぐっ……! こんな隠し球をも用意していたとは。だが、純粋な力では私には勝てぬぞ! ブレイズテイルハンマー!」
「知ってるわよ、そんなことくらい。あんたと真正面から力比べしようだなんて……」
「ぬ、おっ!?」
「思ってないわよ! エアースパルタカス!」
風を切りながら飛んでくる太い尻尾が届くまえに、アンネローゼは真上に飛翔して攻撃を避ける。勢いを付けすぎたブレイズソウルは、バランスを崩す。
その隙を見逃さず、アンネローゼは槍の穂先に風の刃を纏わせる。そのまま得物を振り下ろし、相手の尾を根元から切断してみせた。
「ぐううっ! よくも……だが、尾は後付けした部位。切断されようと痛いも痒くもないわ!」
「あっそう。じゃ、痛くて痒いところを徹底的に攻めてやるわ! 食らいなさい、シャトルコンビネーション!」
一気に畳み掛けんと、アンネローゼは空中を飛び回り刺突攻撃を繰り返す。飛翔する度に纏っていた水が飛び散り、炎を消していく。
平原に広がりつつあった炎の海が消え、ブレイズソウル自身が纏う熱も冷えていく。しかし、それでも力はそう簡単には衰えない。
「見切った、そこだ!」
「あぐっ!」
「ちょろちょろと目障りな。だが、それももう終わりだ。この翼を食い千切ってしまえば、貴様はもう飛べん!」
アンネローゼの動きを見切り、翼を叩き付けて墜落させるブレイズソウル。うつ伏せに落ちてきた相手を踏み付けて動きを封じ、翼を食い千切ってしまう。
「よくもやってくれたわね……フィルくんが作ってくれたスーツを!」
「フィル……? 何者だ、そいつは」
「許さない……アンタだけは! 絶対に許さない!」
翼をもがれ、怒りに燃えるアンネローゼは思わずフィルの名を口走る。ブレイズソウルが疑問を抱く中、戦乙女はバカ力を発揮して足をはね除けた。
「うおりゃああああああ!!!」
「ぐっ、なんという怪力……おおっ!?」
「今度はアンタの番よ! もう二度と抵抗出来ないように、全身バッキバキにしてやる!」
スーツの動力を全開にしたアンネローゼは、ブレイズソウルの足を掴んだまま相手を振り回す。滅茶苦茶に地面に叩き付け、ダメージを蓄積させる。
何とか逃げようとするブレイズソウルだが、想像以上の怪力を前にまともに抵抗出来ない。何十何百と叩き付けられた結果、翼が破損してしまう。
「いつまでも……調子に乗るな! メテオボール!」
「うぐふっ!」
「ハア、ハア……くっ、まずいな。ここまで損耗させられるとは……これでは、ほとんどのガジェットを使用出来ん……」
「げほ……ぺっ! よくもやったわね……この野郎……」
アンネローゼもブレイズソウルも、お互い満身創痍の状態だ。血が混じった唾を吐き、アンネローゼは立ち上がる。
「私もアイツも、ボロボロで限界が近い……。次の一撃で、奴を仕留める!」
「来るか、ホロウバルキリー。よかろう、来い。骨の髄まで焼き焦がし、消し炭にしてくれる!」
フラつきながらも、アンネローゼは槍を構え全身に分厚い水のベールを纏う。対するブレイズソウルは、大きく息を吸い込む。
灼熱のブレスを用い、アンネローゼを抹殺するつもりなのだ。互いの準備が完了した、次の瞬間。アンネローゼは勢いよく走り出す。
「これで終わりよ! ホロウ・ストラッシュ!」
「燃え尽きるがいい! インフェルノブレス!」
最大出力で放たれる地獄の業火の中へと、アンネローゼは単身飛び込む。高温の炎によって水のベールが蒸発し、少しずつ消えていく。
身を焦がす熱に焼かれながらも、アンネローゼは止まらない。無我夢中で脚を動かし、ひたすらに突き進む。そして……。
「っしゃあああ!! 地獄の業火が……なんぼのもんよ!」
「バカな!? 我が炎を突破しただと!?」
「これで終わりよ、ブレイズソウル! 地獄に……落ちなさぁぁぁぁい!!!」
炎のブレスを突破したアンネローゼは、これまでずっと攻撃を加えてきた相手の胸板にトドメの一撃を叩き込む。
無敵の頑強さを誇ったボディも、執拗な攻撃による負荷が蓄積していった結果……ついに、音を立てて砕けた。
「ぐっ……があああああああ!!」
「さようなら、ブレイズソウル。アンタは強かった……でも! 私はアンタを超えたのよ!」
アンネローゼは相手の身体を貫き、着地しながらそう口にする。ブレイズソウルの纏っていた炎が完全に消え、巨体が揺らぐ。
全身に出来た亀裂から疑似体液をまき散らしつつ、炎の竜は轟音と共に崩れ落ちた。元の人の姿に戻り、緩やかに死へと向かう。
「ぐ、がは……。見事な、ものだ。まさか、シュヴァルカイザーの力を借りず……たった一人で、私を倒すとはな」
「そのために鍛えてきたのよ。この数日、ずっと。あの日のリベンジを果たすためにね」
「そう、か。やはり……お前を侮ったのは、私の最大の落ち度だったな」
上から見下ろして来るアンネローゼに向かって、ブレイズソウルはそう口にする。そこに、フィルがやって来た。
「ホロウバルキリー! 大丈夫ですか!?」
「フィ……シュヴァルカイザー! こっちは大丈夫、翼をもがれたくらい……って、どうしたのよその腕!」
「あはは、ちょっとドジ踏んじゃいまして。まあ、こっちも勝てたので問題はないですよ、ええ」
「フ……キックホッパーも敗れた、か。では、もう……この国を侵略する作戦も、これにて終わりだな」
お互いボロボロになりながらも、勝利を掴んだフィルとアンネローゼ。そんな二人に、ブレイズソウルは最後の警告を伝える。
「だが、覚えておくと……いい。カンパニーには、まだまだ……多くの特務エージェントがいる。私たちを倒して、終わりだと思うな。社長は必ず手に入れる……この双子大地を」
「望むところですよ。どれだけエージェントが来ようと、全員返り討ちにするだけです。この僕、シュヴァルカイザーと」
「私、ホロウバルキリーがね!」
「そう、か。覚悟は出来て……いる、ようだな。ならばもう、何も言う……ま、い……ガフッ!」
そう言い残し、ブレイズソウルは機能停止した。宿敵の死を見届けた二人は、互いに支え合いながら帰路に就く。
「うう、気が緩んだ途端あちこち痛くなってきたわ……」
「僕もです……今になって腕が……」
「わっ、足が……きゃっ!」
「ふべっ!」
アンネローゼの足がもつれ、二人は転んでしまう。その拍子に、ヘルメットと兜が脱げお互いの素顔があらわになった。
数秒ほど見つめ合った後、二人は笑い出す。緊張が解け、心に余裕が出てきたようだ。
「お疲れ様でした、アンネ様。たった一人で、頑張りましたね」
「えへへ、ありがとうフィルくん。あなたのおかげよ、今日までずっと支えてくれたから。だから、私は最後まで諦めずに戦えたの」
「アンネ様……」
「ありがとう、フィルくん。私、あなたに出会えてよかった」
そう言いながら微笑むアンネローゼを見つつ、フィルは身体を起こす。そして、ポツリと語り出す。
「アンネ様。赤い薔薇の花言葉……知ってますか?」
「何かしら? 青い薔薇のは昔友達に聞いて覚えてるけど、他のは知らないのよね」
「赤い薔薇には……『あなたを愛しています』という花言葉があるんですよ」
「フィルくん……そっか、だからあの盾に……。ふふ、嬉しいわ。こんなにも、お互いを想い合える恋が出来るなんて」
アンネローゼも身体を起こし、フィルの頬に手を添える。フィルも意を決し、右腕をアンネローゼの背中に回す。
二人の顔が少しずつ近付いていき、そして──互いの唇が、重なった。互いに生まれて初めての、口付けだった。
「僕は誓います。これから先、何があっても貴女を愛し続けると。この命が尽きるまで」
「私もよ。例え死が二人を別とうとしても、絶対に離れない。死ぬ時も二人一緒よ、フィルくん」
誓いの言葉を口にし、二人は微笑み合う。そして、もう一度──互いの愛を確かめるように、唇を重ねるのだった。