290話─あり得なかったはずの邂逅
時はさかのぼる。フィルの残留思念の相手を引き受けたアンネローゼに先んじて城に突入した後、イレーナは仲間と分断され……一人屋上に来ていた。
「うー、みんなとはぐれちゃったっす。っかしいなー、一緒に突撃したのに……」
「あはは、それは災難だね。ま、安心してよ。君もお仲間さんと、ここから追い出されることに代わりはないからさ」
「! だ、誰っすか! またシショーの記憶から……って、君ホントに誰なんすか?」
屋上の柵に寄りかかり、何も無い闇を見つめながら呟くイレーナ。その時、背後から幼い少年の声が聞こえてくる。
またロストメモリーズが現れたと思い、振り向くものの……そこにいたのは、全く知らない人物だった。現れたのは……。
「僕? うーん、なんて言えばいいのかな。ま、一つ確実に言えることがあるとすれば……僕はフィル様の記憶から生まれた存在じゃないってことかな?」
「????? どういうことっすか? つまり君もアタイらみたいな来訪者……?」
「いや、それも違うよ。簡単に言うと……僕はカルゥ=オルセナという大地そのものが持つ記憶から生まれた、イレギュラーな存在なんだ」
青いズボンにオレンジ色のジャケットを身に着け、義手となった左腕を持つ少年。この時代には存在していないはずの人物、キルトの幻影がいたのだ。
「ええっ!? ごめん、アタイよく分かんないっす!」
「あはは、だろうね。もうちょっと分かりやすく言うと、僕は本来この時代に存在しない人間なんだ。でも、ある目的のためにちょーっとだけ三百年後の未来からやって来たんだけど……」
「三百年!? ほえー、はるばる遠い未来からよく来たっすね」
「ありがと。でも、それがあんまりよくなかったみたいでさ。僕という異物の記憶をどうにか排出しようと、大地の意思が働いたみたいで……結構前に気付いたらこうやって弾き出されちゃったんだよね、ここに」
本来であれば、キルトは三百年先の未来で生を受けるフィルとアンネローゼの子孫の一人。ところが、彼が先祖を助けるため過去のカルゥ=オルセナにやって来たのがよくなかったらしい。
キルトが残していった魔力の残滓を異物とみなした大地が、あろうことかそれを聖礎に吐き出し捨ててしまったのだという。
「ここの主には認識してもらえないし、外にも出られないし……まあ出ても消滅するだけなんだけどさ。とにかく、暇してたんだよね」
「ふんふん、あんたさんも大変なんすねぇ」
「だからさ、僕と遊んでよ。で、いい感じに倒してくれない? いい加減ここで無意味に存在し続けるのに飽きちゃって。ね、お願い!」
「……なんか変な気分すね、自分から消滅させてくれなんて頼む奴見ると。ちなみに、自分で自分を消すことは無理なんすか?」
本物のキルトたちがキング・ガンドラを打ち倒し、未来に帰った直後あたりからずっと聖礎にて一人で過ごしていたキルトの幻影。
いい加減こうしているのも飽きたからと、自分を倒して消滅させてほしいとイレーナに頼み込む。予想外の頼みに、イレーナは呆れてしまう。
「出来るんだったらとっくにやってるよ! ここにいるだけで魔力を際限なく吸収しちゃうから、自分じゃ無理なの!」
「ふーん、でも……アタイ先を急いでるんすよ。悪いけど相手をしてる暇ないっす、なんで退いてくんない?」
「むっ、こんなにお願いしてるのにそんなイジワルするんだ。いいよ、じゃあ問答無用で相手してもらうから!」
『サモン・エンゲージ』
キルトの幻影の頼みを、イレーナはけんもほろろに断る。彼女の意見は正しい、が。時として、正論は人を怒らせる。
丁寧に頼んでもダメなら、問答無用で戦ってもらう。キルトの幻影は義手からサモンカードを取り出し、臨戦態勢に入った。
「!? い、今何したんすか!? いつの間にか真っ赤な鎧が!」
「ふふん、凄いでしょ? これが未来の技術……サモンギアの力さ!」
「サモンギア……シショーと博士が作ったインフィニティ・マキーナみたいっすね」
「うん、知ってるよ。なにせ、フィル様は僕の……おっと、これ以上は言えないや」
「むむむ、そこまで言いかけてやっぱやめたはズルいっすよ! シショーがあんたの……そういや、まだ名前聞いてなかったっすね。君、名前は?」
サモンマスタードラクルの姿になったキルトの幻影に驚きつつ、イレーナは相手の名前をまだ利いていなかったことに気付く。
「僕はキルト・メルシオン。またの名を……サモンマスタードラクル!」
「サモンマスター……。くっ、不覚にもちょっと格好いいと思っちゃったっす」
「ふふ、ならもっとときめかせてあげるよ! こんな風にね!」
『ソードコマンド』
「ふぇっ!? ど、どこから声が……って剣!? い、いつの間に!?」
「さあ、このドラグネイルソードの錆にしてあげるよ!」
イレーナが驚いている間に、キルトの幻影は剣の絵が描かれたカードを取り出して義手に取り付けられたスロットに挿入する。
そうして、己の得物を呼び出し自慢げに掲げる。これまた未知の能力を目の当たりにし、イレーナは目を白黒させていた。
そんな彼女に向かって、キルトの幻影は勢いよく斬りかかる。こうなればもう、迎撃する以外にイレーナの選択肢は無い。
「むー、仕方ないっすね! 手早く終わらせてオボロたちを探しに行くっす! キルト、覚悟ー!」
「いいね、勇ましいのは嫌いじゃないよ! さあ、来い!」
「ならこいつを食らうっす! でらためバースト!」
鎧の背に生えた六枚の翼を羽ばたかせ、勢いよく突撃しつつ剣を振るうキルトの幻影。相手の薙ぎ払いを大ジャンプで避けつつ、イレーナは縦に回転しながら弾丸を放つ。
大量に弾丸をバラ撒けば、そう簡単には避けられないだろう。イレーナはそう考え、実際現実にもそうなった。だが……。
「これはちょっと避けきれないかな。じゃ、こうする!」
『シールドコマンド』
「ふぇっ!? こ、今度は盾……あいたっ!」
素早く新たなカードをスロットインし、盾を呼び出して攻撃を防ぐ。急所である頭のみを盾で守り、それ以外の部位は鎧で受ける。
エルダードラゴンの力を宿す頑強な鎧により、キルトの幻影は弾丸を全てノーダメージで防いでみせた。あまりの驚きに、イレーナは着地に失敗してしまう。
「うう、尻から落ちたっす……。こいつ、タダ者じゃあないっすね。サモンマスター……侮れない」
「どうも。一応、これでもまだ実力の半分も出せてないんだけどね。ルビィお姉ちゃんがいないし、サポートカードも使えないし」
「よく分かんないっすけど、油断しちゃダメな相手だってことだけ伝わったっす。なら、最初からクライマックスってやつっすよ! デュアルアニマ・オーバークロス!」
これまで、イレーナは多くの敵と戦ってきた。カンパニーのエージェント、大いなる魔神たち、ソサエティの魔女、ロストメモリーズ。
だが、今目の前にいる相手はそうして敵たちとは一線を画する強敵なのだと本能で悟った。であれば、出し惜しみしている場合ではない。
「アンチェイン・ボルレアス……オン・エア! さあ、全力で倒させてもらうっすよ! ギガソニック・シンセサイズ!」
「くっ……! いいね、ビリビリ来たよ……今の一撃。なら、こっちもお返ししなきゃね! ドラグスラッシャー!」
荒ぶる北風の力を解き放ち、イレーナはキルトの幻影に衝撃波を叩き込む。盾で攻撃を受け止めるも、衝撃を殺しきれず幻影は数歩後ずさる。
楽しそうに笑いながら、左手に持った剣を掲げイレーナへ突進していく。イレギュラーとの戦いは、まだ終わらない。




