283話─墓地にて待つ者
アンネローゼがフィルの残留思念を倒し、正門に入った頃。先んじて城に侵入したジェディンたちはというと……。
「参った……まさか入った瞬間に分断されるとは。全員、無事だといいんだが」
バルコニーから侵入出来たはいいが、空間魔法によって全員別々のエリアに飛ばされてしまったのだ。ジェディンが飛ばされたのは、城の中庭にある墓地。
何も記されていない墓石だけが並ぶ異様な雰囲気に呑まれ、ジェディンは立ち尽くす。いつまでもここにいるわけにはいかないと、歩き出そうとすると……。
「お待ちよ。この先に進みたいなら私を倒してからにしなさいな」
「! いつの間に……お前は……アンネローゼ、なのか?」
突然、背後から声をかけられる。振り向くと、そこにはアンネローゼに瓜二つな容姿をした少女が立っていた。
ジェディンに問われた少女は、首を横に振る。そうして、己の名を告げた。
「私はロストメモリーズの一人にして、アンネローゼの運命変異体……アンブロシア。侵入者よ、あなたを追い返すのが私の使命。命までは奪わない、安心しろ」
「……先ほどの残留思念もそうだったが、随分と優しいと言うか……手ぬるいな。いいのか、お前はこのエリアの番人なんだろう?」
「確かにそうだ。だが、守護者にはまだ情が残っている。かつての仲間だったあなたたちへの。故に、命を奪うなと我らは厳命されているのだ」
千年の時をさすらい、己が何者だったのかすら忘れ去っても。フィル……守護者の心の中には、アンネローゼたちとの絆は残っていた。
ゆえに、ただ追い返すだけで終わらせようとしているのだ。そんなアンブロシアを見ながら、ジェディンは微笑みを浮かべる。
「……フィルめ。どこまでも非情になれない奴だ。アンブロシアと言ったな、俺は負けてやるつもりはないぞ。頑固なリーダーを連れ戻さないといけないからな」
「退かぬか、やはり。ま、勧告だけで済むとは最初から思っていなかったさ。骨の一、二本は覚悟してもらうよ。こちらの言うことに従わなかった罰だと思え!」
アンブロシアは片刃の大斧を呼び出し、ジェディンに向かってそう叫ぶ。対するジェディンは四本の鎖を伸ばし、迎撃の構えを取る。
「どこからでもかかってこい。俺はフィルに多大な恩がある。フィルと出会えなければ、俺は家族の仇を討てなかった。だから……今度は俺がフィルを助ける番だ! デストラクション・チェーン!」
「来い。そんな鎖など全て避けてくれる!」
先制攻撃を放とうとするアンブロシアもどきに先んじて、ジェディンが鎖による攻撃を行う。少女は軽やかに身をひるがえし、飛んでくる鎖を避ける。
ジェディンも負けじと鎖を操り、逃げ道を封じつつ攻撃を行う。先端に取り付けられた刃を使い、相手を切り裂くべく追い詰めていく。
「なかなかの身のこなしだ。だが、いつまでも逃げられるわけではないぞ!」
「そんなことは理解している。それに、そちらこそ勘違いしていないか? この程度の鎖、私が切り裂けないとでも思ったか!」
薙ぐように振るわれた鎖を避けた後、着地したアンブロシアは力を込めて斧を振るう。両サイドから迫ってきていた鎖を両断し、脱出経路を作り出した。
鎖の包囲網を抜け、大きく後ろへ跳躍して墓石の上に飛び乗る。指を鳴らすと、墓地に存在する墓石に変化が起こった。
少しずつ形が変わり、純白のスケルトンへと変貌したのだ。フィルの記憶から作られた存在とはいえ、アンブロシアの能力は健在らしい。
「これは……!」
「一つ言っておこう、ジェディン。このスケルトンたちは死者をよみがえらせて作り出したものではない。そもそも、ここに死者はいない。ゆえに、お前の強化形態の力は使えぬぞ」
「なるほど、わざわざ忠告してくれてありがとう。だが、そんなのは何の障害にもならないな。死者の魂を宿さずとも、ぬいぐるみは作り出せるからな!」
襲い来るスケルトンたちを捌きつつ、ジェディンはオーバークロスするための隙を窺う。だが、アンブロシアもどきはそんな隙を与えない。
数で優位に立っている間に戦闘不能に追い込んでしまおうと、大量のスケルトンを動員して波状攻撃を容赦なく仕掛けていく。
(まずいな、ああは言ったもののこれでは再変身する隙がないぞ。どうにかしてスケルトンたちの攻撃から逃れなければ……)
鎖を使い、スケルトンたちを薙ぎ払いながらジェディンは思考する。相手がアンブロシアもどきとスケルトン数体だけなら、クリムゾン・アベンジャーのままでも勝てるだろう。
だが、現在スケルトンは二十体を超えておりまだ増えてきている。いずれ手数が追い付かなくなり、袋叩きにされて城から蹴り出されることになる。
「……まあいい。やれるところまでやってみるさ。どうにかして隙を作り出してやればいいだけのこと!」
「やれるものならやってみるといい、ジェディン。そう簡単にはいかないけれどね」
聖礎イグラニオでの第二戦、ジェディンVSアンブロシアもどきの戦いは泥沼の長期戦へと突入していった。
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『……なるほど。では、ミカボシの奪還は諦めよ。そう言うのだな? タナトス』
「はい、私としてもこれ以上一族の戦士を失うのはファルダ神族や魔戒王たちとの戦いに備える上で大きく不利になると考えています。我らが主よ、今一度熟考いただければと思います」
その頃、次元の狭間にある多重次元連結点と呼ばれるエリアを抜けた最奥部にて。タナトスと呼ばれた人物が、一族の創造主と謁見をしていた。
『……ミカボシを生み出すのは容易なことではない。アレを回収出来れば、我らの切り札となろう。それを諦めよと言うのなら、その埋め合わせをお前にしてもらわねばならぬ。なぁ? タナトスよ』
「もちろん、心得てございます。この『謀略星』タナトス、偉大なる『狭間の苗蛆』様のお言葉であればどのような命にも従い……埋め合わせを致しましょう」
何もない空間に浮かぶ石版の上でかしずく黒衣の死神の前方に、巨大な白い蛆虫が佇んでいる。かの者……狭間の苗蛆と呼ばれる存在こそが、ウォーカーの一族の創造主なのだ。
『ほう、ではお前に命じよう。我が宿願を果たすためには、七つの星が必要だ。お前を含む六魔星は産み出せたが、残り一つの星が足りぬ』
「最後の星を創り出せ、ということですね? して、どのような者を所望なさいますか?」
『フィニス。イレギュラーな事態ではあったが、我が力を継ぎもっとも宿願成就に近付いたかの終焉の申し子をよみがえらせよ。どのような手段を用いても構わぬ。かの者を最後の星とするのだ』
タナトスに対し、苗蛆は勅命を下す。百年前、アブソリュート・ジェムを揃え数多の並行世界を滅ぼし……基底時間軸世界すらも滅ぼしかけた存在。
フィニスをよみがえらせ、ミカボシに代わる己が手駒に加えるつもりなのだ。タナトスは恭しく頭を下げ、主より拝命した仕事の完遂を誓う。
「かしこまりました。このタナトス、『謀略星』の名にかけて必ずやフィニスをよみがえらせてみせましょう」
『どれほどの時をかけようとも構わぬ。百年、千年、一万年もの時であろうとな。我らの寿命は無限にも等しい。必ずや成し遂げよ。我は期待しているぞ』
そう伝えた後、苗蛆は八つの瞳を閉じて眠りはじめた。タナトスは石版を操作し、聖域から退出していく。
「……フィニスの復活、か。さて、どのように成すとするか……まずは暗域に出向くとしよう。しばし策を練らねばな」
アンネローゼたちの知らないところで、一つの悪が動き始めていた。だが……その相手をするのは、シュヴァルカイザーとその仲間たちではない。
遠い未来に生まれる、新たなる希望の役目なのだ。




