281話─聖礎イグラニオへ
翌日の朝。アンネローゼは仲間たちを集め、聖礎へ乗り込むための最終準備を行っていた。いよいよ、フィルを救出する時が来たのだ。
「……待ってて、フィルくん。千年もの間、貴方は一人で頑張ってくれた。でも、それももうおしまい。これからはまた……私たちと一緒よ」
シュヴァルカイザー基地にある自室で、ホロウバルキリー用のダイナモドライバーを見つめながらアンネローゼはそう呟く。
ベルトを腰に巻き、強い意志を秘めた瞳を輝かせながら部屋を出る。イレーナたちと合流して変身し、カルゥ=イゼルヴィアへと向かう。
「お、来たな。全員やる気は十分ってわけだ」
「ええ、今日が大一番よ。絶対にフィルくんを取り戻して、みんなでハッピーエンドを迎えるんだから!」
「その意気だぜ、アンネローゼ! んじゃ、みんなこっちに来てくれ。魔法陣を展開して聖礎への道を作るからよ」
ルナ・ソサエティ前の広場にやって来たアンネローゼ一行を、魔女たちと二人の御子が出迎える。彼ら彼女らの力を借りれば、安全かつ確実に聖礎に行けるとのことだった。
そのため、前夜の内に打ち合わせを行い旅路のサポートをしてもらうことにしたのだ。向かうのはシュヴァルカイザーの仲間たちとローグの六人。
それ以上は聖礎に繋がる道の安定維持に支障が出かねないということで、人員の追加は残念ながら不可能とのことらしい。
「頑張ってこいよ、アンネローゼ。アタシらの分までな!」
「任せて! 必ずフィルくんを連れて帰っ」
『そうはいかないな。誰であろうと、この大地を守る邪魔はさせない。守護の人馬よ、行け!』
いざ道を切り開かんとした、その時。どこからともなく、威厳に満ちた少年の声が響いてくる。直後、アンネローゼたちを囲むように無数の門が現れた。
門が開き、その中から黄金色に光り輝くケンタウロスたちが飛び出してくる。首から上はフィルと同期したミカボシのように、金色の正八面体になっていた。
「おいおい、これから乗り込むって時に敵かよ! しかも、これまでとは違うタイプじゃねえか!」
「あわわ、どうするっすか姐御! こいつらかなりの数がいるっすよ!?」
「参ったわね、こんな時に出鼻を挫いてくれちゃって!」
「……カカレ。奴ラヲ行動不能ニセヨ」
「来る、全員構え……」
「その必要はないわ、私たちが相手をするから」
総勢二十体を超えるケンタウロスたちのうち、一体がアンネローゼらに飛びかかろう……としたところで、ヘカテリームの放った火球に吹き飛ばされる。
義足を装着したマルカや、シゼルら魔女たちが臨戦態勢に入る。彼女らがアンネローゼたちの代わりに、ケンタウロスたちと戦ってくれるようだ。
「みんな……!」
「御子様たちと一緒にここから離れて! 安全な場所で道を開くのよ!」
「サセヌ。ココデ全員……? 動、ケナイ?」
仲間を倒されたケンタウロスたちは、一斉に攻撃しようとする。が、トワイアによって動きを止められてしまう。
「ざーんねん、僕がいる限りみんな指一本動かせないよ! 今日はいーっぱいお菓子持ってきてるから、燃料切れなんてしないからね?」
「おば様、トワイアさん……ありがと! マルカ、気をつけて!」
「おう、ここは任せて行け!」
「かたじけない。御子殿、行きましょう!」
「はい!」
シゼルたちにケンタウロス軍団の相手を任せ、クルヴァとクウィンを連れソサエティ本部内に逃げ込むアンネローゼたち。
魔女たちの補助がない分、道の安定化に難儀することになるが四の五の言っている暇はない。大きめの空き部屋にて、御子たちは早速道を作り出す。
「さあ、二つの鍵をここに」
「僕たちの魔力を注いで、鍵を起動させる。門が開いたらすぐに飛び込んで。あのケンタウロスたち、どんどん増えてるから」
窓の外を見ながら、クウィンはそう口にする。どんどん門が増え、そこから追加の敵が飛び出してきているようだ。
アンネローゼからゴッドランド・キーを受け取った御子たちは、魔力を注ぎ込んで覚醒させる。鍵が光り輝き、白と黒に彩られた門が部屋の中央に現れた。
「わお、出た出た~!」
「さあ、飛び込んで! 大丈夫、道はぼくとクウィンが死んでも維持するから!」
「二人ともありがとう。アンネローゼ、行くぞ!」
「そうだな、グズクズしてるとあの馬どもが来るかもしれねえ。飛び込め!」
「ええ、行くわよ!」
封印の御子たちが開いた門に飛び込み、イゼルヴィア側の聖礎……イグラニオへと向かう。紆余曲折あったが、ついにフィル奪還作戦が始まった。
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「……侵入者の反応を検知。数は……一、二、三……全部で六つか」
聖礎ガルガロッゾ、そしてイグラニオ。二つの礎の地にまたがり存在する、石造りの城。その最奥にある玉座の間で、呟きが発せられる。
金色に輝く正八面体のミカボシの内部に、三歳ほどの幼児に退化したフィルが格納されていた。面に映像を映し、アンネローゼたちの到来を知る。
「この城に誘い込み、倒してしまおう。戦う力を奪って追い返せば、身の程を知って諦めるはず」
暗闇の中に浮かぶ石造りの城を目指し、虹の橋を走っていくアンネローゼたちを見ながらフィル……守護者はそう口にする。
二つの聖礎をウォーカーの一族から守るため、ミカボシと融合していく中で……フィルは少しずつそぎ落としていった。
フィルがフィルであるために必要な記憶を。そうして、彼は未練を完全に捨て去り、ただ大地を守るためだけの存在となったのだ。
「まずは……何をぶつけようか。もう、分からない。彼らが誰なのか……どうして、この地にやって来るのかさえも……」
少しだけ悲しそうな声で呟いた、その直後。ミカボシに格納されている守護者の身体が、また少し退化をはじめた。
二歳児に退化した守護者は、力を使い城門前にアンネローゼたちへの刺客を送り付ける。選んだのは、かつて己が捨て去った記憶だ。
「少し……眠ろう。いつになったら……ぼくがいなくてもいい、平和な世界になるんだろうな……」
力を使い、疲れた守護者はまぶたを閉じて寝息をたてはじめる。その切ない呟きを聞く者は、どこにもいなかった。
一方、無事聖礎イグラニオに乗り込めたアンネローゼたちはひたすら虹の橋を走っていた。遠くに見える城を目指し、息継ぎなしの全力疾走である。
「はあ、はあ……遠いな、あの城! こんなに走ってんのに全然近付いてこねえぞ!」
「姐御ー、アタイそろそろコケそうっすー!」
「ローグもイレーナも頑張って! ここまで来てヘバッてるわけにいかないわよ!」
「アンネちん、バリテンアゲピーポーマックスだわ~。マジたの……おろっ!? 今度は城がメッチャ近付いてくるんですケド!?」
最初はアンネローゼたちに到達されないよう、空間を歪ませて城との距離を離していた。が、刺客が配備されたことでその必要がなくなり、今度は城から接近してきた。
一行が慌てて急ブレーキをかける中、城が虹の橋を破壊しながら猛烈な勢いで進んでくる。少しして、アンネローゼたちの目の前で城は止まった。
「驚いたな、急に向こうから来る……ん、バルコニーの上に誰かいるぞ!」
「おい、マジか? ありゃフィルじゃねえか!?」
「フィルくん!? もしかして、私たちを迎えに」
「違うよ、僕は敵。君たちを倒すために遣わされたフィル・アルバラーズの残留思念だよ」
ジェディンやローグ、アンネローゼが反応する中、城の二階バルコニーで待機していた刺客が身を躍らせ降り立つ。
現れたのは、シュヴァルカイザーのダイナモドライバーを身に付けたフィル……の残留思念。自分たちを迎えに来てくれたわけではないことを知り、アンネローゼは肩を落とす。
「そう……。どうして、私たちを追い返そうとするの? みんな待ってるのよ、フィルくんが帰ってくるのを!」
「……ダメなんだよ。僕たちウォーカーの一族は、この世に存在してちゃいけない。あの戦いで、それを思い知らされた。魔神たちの言った通り、僕たちは滅びなくちゃいけない。災いを」
「違う! 彼らだって認めてくれたじゃない! フィルくんは邪悪な存在じゃなく、自分たちと同じ正義を愛するヒーローだって! 分かった、そんなに言うなら私が思い出させてあげる。貴方は生きていていいんだってことを!」
フィルの残留思念の言葉を遮り、アンネローゼは涙ながらにそう叫ぶ。愛する者を取り戻すため、最後の戦いが始まる。




