278話─フィルの旅路
「千年に渡る、永い永い流浪の旅。その中で守護者は知った。基底時間軸世界で、神々と闇の眷属によって根絶されたはずのウォーカーの一族が新たに現れたことを」
「根絶……どの世界でも、やっぱりウォーカーの一族は目の敵にされているのね」
「そうだ。一度は、守護者と実験体に選ばれた三人を除き滅びた。だが、『生まれた』のだよ。旧一族を遙かに上回る力を持つウォーカーの民が」
そう語るテルフェもどきの脳裏を、創造主であるフィル……守護者の記憶が駆け巡る。千年の間、次元の狭間を彷徨い……。
『見つけたぞ。一族の戦士よ、【渡りの六魔星】が一人タナトスの名において命じる。かの者を捕らえ、ミカボシの力を取り戻すのだ』
『ハッ、お任せを! 旧一族の裏切り者よ、ここで死ぬがいい!』
『そうはいきません。この力は悪人には渡さない。絶対に守り抜く!』
ウォーカーの一族を生み出した創造主によって据えられた、最高幹部率いる部隊との果てしない戦い。その中で、守護者は決意した。
『……ミカボシの破壊は、ほとんど出来た。でも、ウォーカーの一族に取り返されたらまた復活させられちゃう。なら……僕がミカボシと融合して、永遠にこの力を守り抜いてやる!』
「……あまりにも、あまりにも長い放浪の日々だった。守護者は」
「きゃあああああああ!!! ちょっとローグ、どこにテレポートしてんのよ! おもっきし空中に出ちゃったでしょうが!」
「やっべ、疲れてたせいで座標の設定ミスッた!」
テルフェもどきがさらに語ろうとした、その時。彼女の上空に、アンネローゼとローグがテレポートしてきた。
ゴッドランド・キーの回収が完了したことをイレーナたちに知らせに来た……のだが、疲労が溜まったローグが転移先を間違えたのだ。
「なっ……ふべっ!」
「アンネローゼ!? それにローグまで……どうしたの、何だか凄く疲れてるみたいだけど」
「あ、おば様! 私たちね、ついさっきオルセナ側のゴッドランド・キーを……ん? 誰か下敷きにしちゃってええええ!? あの時のメスクソガキ!? アンタもまさか」
「ええい、いつまでも人の上にいるな!」
「おわーっ!?」
突然現れた姪たちに驚くシゼル。そんな彼女に、目当てのブツを手に入れたことを報告するアンネローゼだったが、少ししてテルフェもどきを下敷きにしていることに気付く。
ローグ共々ブチギレたテルフェもどきに放り投げられ、地面に叩き付けられる。だいぶ消耗してしまい、もどきはもうフラフラだ。
「いい加減頭にきたぞ……! この場にいる全員、押し潰して」
「先制攻撃! はいどーん!」
「おぐあっ!」
「おやつ用にとあんパンを持ってたのをすっかり忘れていた。トワイアにくれてやったが……パン一つでこの威力か。相変わらず念動力のパワーはイカレてるな」
怒りのパワーを燃やし、全員を纏めて葬り去ろうとする、が。話し中にこっそりエスタールからあんパンを貰って食べていたトワイアにより、逆に押し潰されてしまった。
長話で回復した分などあっさり超え、オーバーキルダメージを食らったテルフェもどきは完全に沈黙してしまう。
「おお……すげぇ。首から下がペシャンコだ。身体がブロックで出来てなかったらグロ画像だぜ、これ」
「まあ、よく分かんないけど……決着ってことでいいのよね? これ。うん、そうしましょ」
「締まらない終わりだけど……ま、大事に至らなくてよかったわね」
完全に力尽きてしまったようで、テルフェもどきの肉体の崩壊が始まる。結局、最初から最後までトワイアの大活躍で終わった。
さっさと撤収しようとするアンネローゼだが、テルフェもどきに呼び止められる。
「待て、アンネローゼ……。八百年前に我が創造主、守護者……フィルからの伝言を預かっている」
「! フィルくんから!? なによ、早く聞かせない!」
「……自分のことは忘れて、幸せに生きてほしい。そう言って……いた。これは、私からの……警告、でもあるぞ。これ以上の深入りは……お前の、身を……ほろぼ、し……」
そこまで告げたところで、テルフェもどきは肉体を維持出来なくなり完全に崩壊した。フィルからの伝言を聞いたアンネローゼは、しばし立ち尽くす。
「アンネローゼ……大丈夫か? あんなこと言われてよ」
「ええ、平気よ。ちょっと疲れちゃっただけだから。フィルくんに何て言われようと、私は諦めない。絶対に彼を取り戻す。どれほどの年月をかけてもね」
心配そうにローグに問われ、アンネローゼは迷いのない口調で答える。例えフィルがどのような状態にあろうが、問答無用で助け出す。
それが、アンネローゼの答え。何があっても変わることのない、不変の決意なのだ。
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「えっ、アイツそんなこと言ってたの!? フィルくん、そんなことになってたんだ……」
「おまけに、新しいウォーカーの一族の出現か。これは……俺たちが思っていたよりも大事になりそうだ」
その日の夜、魔女たちの暮らしているアパートの屋上に集まりアンネローゼたちは情報交換を行う。それぞれの身に起きた事を知り、ジェディン共々そう口することに。
「ウォーカーの一族がまた出てきたんすか……なんか嫌っすね、また魔神さんたちと揉めることになるのは勘弁っすよ」
「それだけはマジでごめんだわ。またあんな不毛な戦いするのは本当にノーセンキューよ」
「ま、それは置いておいて、だ。そちらは無事ゴッドランド・キーを手に入れられたのだろう? 大手柄じゃないか」
疲れた身体を癒やすため、メイナードの奢りでバーベキューを楽しむアンネローゼたち。オボロやレジェにクラヴリンも呼び、皆で空腹を満たす。
話も一段落したところで、それぞれ好き勝手にグループを組んで語らいの時を過ごす。イレーナはクラヴリンと、ジェディンはメイナードと共にどこかに出掛けていく。
「姐御、アタイちょっと出掛けてくるっす。クラヴリンにイゼルヴィアを見せてくるっすよ」
「いってらっしゃい、イレーナ。出掛けるんならちゃんと『準備』していきなさいよ? ふふふ」
「な、なに言ってるすか! そ、そんな『準備』だなんて……アタイたち、まだそんな関係じゃ」
「なんだ、何を話しているのだ? 二人とも」
「な、なんでもないっす! さあ行くっすよ、綺麗な星空が見られる場所があるんす。まずはそこにレッツゴーっすよ!」
「ああ、分かったから引っ張……本当に待て、転ぶ転ぶ!」
イレーナ本人は必死に否定するも、誰がどう見てもデートでしかない。本人はただお気に入りのスポットを案内するだけと言い張っているが、アンネローゼには全部お見通しだ。
「いいわねー、ああいうのをからかって遊ぶのって。……私も、早くフィルくんを助け出してまたデートしたいな」
青春しているイレーナを横目に、一人屋上の隅で夜空を見上げるアンネローゼ。そんな彼女の元に、シゼルがやって来た。
「アンネローゼ、朗報よ。ソサエティの旧解析班にあの二つの箱を渡したんだけど、無事に封印を解けたって今さっき連絡があったの」
「本当!? それで、中身は?」
「ええ、両方の箱にバッチリ入ってたそうよ。聖礎に至るための鍵……ゴッドランド・キーがね」
嬉しい知らせに、アンネローゼの表情がほころぶ。これで、聖礎へ至るための王手がかかった。後は、ソサエティが管理していた鍵の片割れを見つけ出せばいい。
少しだけ心にあった陰鬱な感情が吹っ飛び、アンネローゼは元気が出る。同時に空腹を自覚し、食事をしに屋上の中央にすっ飛んでいく。
「安心したらお腹空いちゃった! 明日からも頑張るために、今日は食べて飲みまくるわよー!」
元気いっぱいな姪を、シゼルがはにかみながら見守っていた。
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「……さて、参ったもんだ。どうするよ、タナトス。あいつ、聖礎に引き籠もっちまったぜ」
「ふむ。配下を送り込んではいるが、誰も帰還せず、か。やはり、これ以上手を出すのは損失が大きいようだ」
次元の狭間のどこか。何もない空間に、二人の人物がいた。大柄な男にタナトスと呼ばれた黒衣の人物は、静かにそう答える。
「ま、それが一番だろうなぁ。問題は、それを『あのお方』が承諾してくださるかどうかだが」
「そこに関しては問題ない。私が説得すれば、『あのお方』も納得してくださるだろう。エゴ、お前も自分の仕事に戻れるだろうよ」
「ま、お前がそう言うなら任せておく。オレ様は忙しいからな、いろいろと。じゃ、後は頼んだ」
エゴと呼ばれた男は、そう言い残し姿を消す。一人残ったタナトスは、誰に言うでもなく呟いた。
「……惜しいことだ。フィル・アルバラーズ。あの者を七人目の魔星に加えられればよかったのだが」
フィル、そして彼の元にあるミカボシを巡る戦いに変化が訪れようとしていた。




