273話─着いてくるモノ
倉庫魔界に到着したアンネローゼたちは、乗り物から出て小規模なターミナルに降り立つ。彼女たち以外に生命体はおらず、いるのは命を持たないドローンだけ。
「よかった、まだ我輩のパスが生きているようだ。これで、正規の方法で中に入れ『は』するな」
「その言い方だと、単に入るだけじゃダメって聞こえるけど?」
「左様。ゴッドランド・キーを保管してあるのは最奥の管理棟。そこは我々最上級のエージェントですら骨が折れるような警備によって守られている。たどり着くのに苦労するだろう」
懐から薄いパスカードを取り出し、ターミナルの出入り口に設置された装置に読み込ませるクラヴリン。幸いにも、装置もパスも正常に機能していた。
そのおかげで、侵入者ではなく正規の社員として倉庫魔界に足を踏み入れることが出来た。だが、まだ探索は始まったばかり。
「おっと! アンネちん、気~つけた方がいいよ。ここのドローンたち、ウチらのことガン無視だから。避けないとぶつかって激おこになるよ~」
「もう、面倒ね。このドローンども、ぶっ壊しちゃダメ?」
「ダメだ、まだコーネリアス陛下と共に整理してる最中。ドローンがなくなったら作業効率が大幅に落ちることになる。窮屈だろうが、割り切って避けてくれ」
主であるヴァルツァイト・ボーグがいなくなってなお……無数のドローンは延々と無意味な作業を繰り返していた。
荷物を運んでは戻し、また運ぶ。停止コードはボーグのコアにしか保存されていないため、今現在ドローンを止める方法はないらしい。
「ホント、面倒……って、大丈夫? ローグ。降りてからずっと具合悪そうだけど」
「ああ……いや、大丈夫だ。ここには……オリジナルの意思の残滓が漂ってる。それに当てられて、若干同期不全起こしてるだけだ。気にすんな」
「え、それマズくな~い? 帰って休んでもい~よ~? ウチらだけでも探索やれるしぃ~」
最奥部に向かう中、到着してから終始無言なローグを心配するアンネローゼ。どうやら、軽度の同期不全を起こし体調を崩したようだ。
体調を崩した状態では、倉庫魔界の探索に支障が出る。元エージェントの自分たちがいれば大丈夫だからと、ローグを気遣い帰そうとするレジェ。
「……いや、平気だ。少しずつだが、同期が進んでる。そのおかげで、俺の記憶に形成されつつあるぜ。このドローンたちを停止させるパスコードがな」
「あ、なるほど! ヴァルツァイト・ボーグの運命変異体のアンタなら、オリジナルの記憶を引き継いで……」
「もはや誰も知らぬパスコードを割り出せる、というわけだ。なら、同行してもらった方が目的の達成が早まる。そうだろう、クラヴリン殿」
「そうだな、そういうことならこのまま同行してもらいたい。とはいえ、まだ体調が回復していないようだし……少しペースを落とそう。急いては事をし損じると社長も言っていたしな」
ローグがオリジナルの記憶を継承出来れば、探索が大幅に楽になる。規則的で見切りやすいとはいえ、ノンストップで動くドローンにぶつかれば大怪我は免れない。
そのリスクをゼロに出来るのであれば、多少の無理を押してでもローグに同行してもらう価値がある。オボロとクラヴリンの判断に、アンネローゼたちは従う。
「ま、そういうことなら一緒に来てほしいところね。急ぎましょ、フィルくんを取り戻すためにも」
「だな。あのバカタレは、戻ってきたら説教してやらねえと」
そんな会話をしながら、ドローンを避けつつ通路を進んでいく一行。そんな彼らを、後方から追跡する影が一つ。
「……させない。守護の任を邪魔する者は、徹底的に妨害する。それが、ロストメモリーズの一角たる私の役目」
そう呟きながら、倉庫の陰より現れたのは……玩具のブロックで構築されたアルギドゥスだった。身体の表面を波打たせながら、アンネローゼたちを追う。
一方、追跡者がいるなど夢にも思っていないアンネローゼ一行はペースを落としつつも先へ進む。一時間ほど経った頃、休憩所を発見した。
「お、ここで休めそうだな。なあ、一旦休憩しようぜ。少し疲れちまったよ」
「そうね、お腹も空いてきたし休んでいきましょ」
「ここには無人の販売機がある。作業員が食べ物や飲み物の調達に使っているのだ。ま、カンパニー倒産以降補充はされていないから商品があるかは怪しいが」
中に入ると、様々な商品が入った自動販売機がズラリと並んでいる。クラヴリンのパスカードを使い、商品の購入を試みる。
幸い、いくつかの販売機はまだ食品や飲み物が残っていた。保存魔法のおかげで出来たてほやほやな状態のホットドッグを買い、頬張るアンネローゼ。
「んー、美味しい。このキカイ、持って帰りたいわねー。博士に見せたら喜んで解析しそう」
「だね~。新しく食べ物入れて~、基地に設置してもいいかも~」
「それはいい、何なら数を増やして孤児院に設置するのもよいだろう。孤児たちも喜ぶだろうな」
販売機で買ったお茶やコーヒー、紅茶を飲みながら談笑する一行。その時、休憩所の扉がカチリという音を鳴らす。それも、外側から。
「ん? なんだ、今の音は」
「今のは……鍵がロックされた音だ。変だぞ、ドローンが勝手に扉を操作することはないのに」
「ってことたぁ……まさか、誰かいるのか? ここに」
「あり得ん、作業員はとうの昔に全員退去させた。もしコーネリアス陛下の部下が来ているなら、事前に我輩に連絡があるはずだぞ」
本来なら倉庫魔界にいるはずのない何者かの手によって、休憩所に閉じ込められてしまったアンネローゼたち。このままでは、目的を達成出来ない。
パスカードを使って扉のロックを解除しようとするクラヴリンだが、何故かエラーが起きて認証されなくなってしまう。
「むう、こうなればそれがしが扉を斬り捨て」
「待て待て、んな物騒なことする必要ねえ。俺に任せな、こういう時こそ怪盗ヴァルツァイト・ローグ様の出番だからな!」
「そうか、ピッキングしてロックを無力化するわけだな? では任せよう、頼んだぞローグ殿」
「おう、俺の腕の見せ所だ!」
扉が開かないのなら、無理矢理こじ開けてしまえばいい。懐からピッキングツールを収納してあるロール式の袋を取り出し、ローグは笑う。
まずは扉に近付き、取り付けられたロック装置の外蓋をドライバー等の工具で分解し外す。その後、中身の検分に取り掛かった。
「ほーんなるほどなるほど、こういう仕組みになってんのか。こりゃ鍵穴こじ開けるより手間かかるな、その方がやり応えはあるが」
「ローグがんば~。ウチはコーラ飲みながら応援するのだ~」
「相変わらずマイペースだな、エモー……いや、レジェは」
ピッキングしているローグを横目に、一人で酒盛りならぬコーラ盛りを始めるレジェ。相変わらず危機感の無い元同僚に、クラヴリンは呆れ返る。
一方、休憩所の外……最奥部へと続く通路を進んでいった先にある第一倉庫街に、アルギドゥスの姿をしたブロックの塊がいた。
「ここでいいな。ドローンたちよ、我が意思を受け取れ。奴らが脱出に成功した時には、立ち塞がり道を阻むのだ」
そう口にしながら、アルギドゥスもどきは右手を真上にかざす。すると、手首から先が無数のブロックに分解されて散っていく。
ブロックはドローンに接触すると、溶けるように内部に吸い込まれる。そうして、AIを乗っ取り目的をアンネローゼたちへの攻撃へ変更させた。
「これでいい。このドローンたちがしくじった時には私が直接止める。何人たりとも、聖礎へは近付かせぬぞ。それが、守護者の意思……」
ブロックを増殖させ、右手を元に戻しながらアルギドゥスもどきは呟く。ドローンたちが休憩所に向かうのを見ながら、路地裏へと消えた。
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「っしゃ、終わったぜ。ずいぶん手間かけさせてくれやがってよ、このロックシステムは」
「やっと終わったわね、二十分くらいかかってるじゃないの」
「しゃーねーだろ、まさかこんな複雑な仕組みしてるとは思わなかったんだ。ま、出られるようになったんだから別にいいだろ?」
二十分後、ようやくローグがピッキングを終え外に出られるようになった。足止めを食った分急いで先に進もうとする一行だが……。
「ん? なんだ、ドローンたちがこっち向かって……おわっ!?」
「排除セヨ、排除セヨ、排除セヨ……」
「おいクラヴリン、どうなってんだ!? なんでドローンがこっちを攻撃してきてんだよ、俺らが攻撃される理由ないんだろ!?」
「確かにそうだ、だが……理由を考えるのは後回しにしろ、ローグ。まずは迎撃するぞ!」
そこに、ドローンの群れが現れレーザーを発射して攻撃してくる。訳も分からないまま、アンネローゼたちは迎撃を強いられる。
その裏に潜むアルギドゥスもどきの存在など、知ることもなく。




