271話─英雄のいないセカイ
ミカボシ、そしてベルティレムの中に巣食うウォーカーの一族の残留思念との戦いから三ヶ月。去り際のフィルによって、カルゥ=イゼルヴィアは再生を果たした。
それだけでなく、カルゥ=オルセナとのいびつな重なりが修正され……双子の大地は、完全に重なり合い世界再構築不全が起きることはなくなった。
そのおかげで、単純な転移魔法による行き来が可能になり両大地間での交流が始まった。オルセナからの移民や、イゼルヴィアからの文化輸出によりお互い友好的に交流が進んでいる。が……。
「……イレーナ。まだアンネローゼは閉じこもってるのか?」
「……っす。あの日からずっと、シショーが使ってた部屋から出てきてないっす。一応、ご飯は食べてくれてはいるみたいなんすけど……」
最後の最後でフィルを失ったアンネローゼは、廃人同然の状態になってしまった。三ヶ月の間、ずっと基地にあるフィルの部屋に引きこもっている。
イレーナたちはどうすることも出来ず、歯がゆい思いをしながら彼女を見守ることしか出来なかった。無理矢理外に出しても、無意味だと知っているからだ。
「せめて、シショーを見つけられたら……クラヴリン、闇の眷属のなんかこう凄いパワーとか施設とかでどうにかならないんすか?」
「難しいな。次元の狭間は我々にも神々にとっても未知の領域。我輩もレジェと協力して、ツテを使って捜索しているが……正直、かなり厳しい」
決戦以降、久しぶりに基地にやって来たクラヴリンと語らうイレーナ。現在、ミカボシと共に次元の狭間に消えたフィルの大捜索が始まっていた。
シュヴァルカイザーの仲間や魔女たちだけでなく、話を聞いた魔神一族にアゼル、コリンたちも協力してくれたが……手掛かり一つ見つからない。
「そうっすか……やっぱり難しいもんなんすね……」
「次元の狭間は深海と同じだ。そう簡単に制覇出来る領域ではない。あそこを知り尽くしている者など……ウォーカーの一族ぐらいしかおらぬだろうよ」
「うー、嫌な話っすね。結局、そこで……おろ?」
リビングルームで話をしていると、一人の男が入ってくる。ベルドールの七魔神の一角、槍の魔神ダンテだ。
「おう、留守番がいてくれたか! 大ニュースだ、アンネローゼのとこに連れてってくれ!」
「どうしたんすか? そんなに慌てて…あ、まさか!」
「ああ、そのまさかだぜ。コリンとこの平行世界観測局で反応を見つけたんだよ、フィルのな!」
ゼェゼェと肩で息をしながら、ダンテはイレーナとクラヴリンにそう告げた。
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「フィルくん……どうして? どうしてあなたは自分を犠牲にしてしまったの……。私を、置いていったの?」
その頃、アンネローゼは一人フィルの部屋にこもりベッドに身体を横たえていた。もう何度目か分からない悲しみの涙が、頬を伝い落ちていく。
愛する恋人を失ってからずっと、アンネローゼはこの部屋の中にいた。個人用のトイレとシャワールームがあるため、衛生面には問題ないが……。
「あの時、私の身体を動かせたら……フィルくんを止められたのに。いや、いっそフィルくんと一緒に」
「よお、アンネローゼ。話にゃ聞いてたが、随分とまあフヌケになりやがったな」
フィルを失った心の傷は深く、ギアーズやイレーナたちと顔を会わせることなく自分の殻に閉じこもり、かつての日々を夢想する生活を送ってきた。
だが、それも今日で終わる。ダンテが扉を腕力でこじ開け、アンネローゼの元にやって来たのだ。
「なによ……アンタ、何でここにいるわけ? 不法侵入は犯罪よ」
「ハッ、そこまで軽口言えるんならまだ元気はあるな。起きろ、お前にいいニュースを持ってきた。フィルの反応を見つけたんだ、これから作戦会議すんぞ。お前のコレを助けるためにな」
「!? 見つかった……フィルくんが!?」
むくっと起き上がり、ダンテに抗議の視線を向けるアンネローゼ。それを一切気にすることなく、ダンテは左手の小指を立てながらそう告げる。
そこからのアンネローゼの行動は早かった。風のような俊敏さで身支度を整え、そこら辺に放ってあったダイナモドライバーを手に取る。
そのままダンテを置いてきぼりにして、あっという間にリビングルームに向かってすっ飛んでいった。それだけ、フィルが見つかったという報告が嬉しかったのだろう。
「おーおー、朗報聞いた途端に元気なこった。でも……」
そう呟きながら、ダンテは部屋の中を見渡す。フィルの私室は、アンネローゼが持ち込んだ私物……具体的には下着が散乱して酷い有様だった。
「この散らかりっぷり見たら、フィルも怒るんじゃねえか?」
そう呟くも、それを聞くべき人物はもうこの部屋にはいなかった。そんなこんなで、アンネローゼを筆頭にギアーズ、イレーナ、オボロ、ジェディン、レジェ……そしてローグとクラヴリンが集結する。
「よーし、全員集まったな? 今から数時間前、平行世界観測局にいるコリンから連絡があった。微弱ながらフィルの生命反応を見つけたってな」
「で、シショーはどこにいるんすか!? 肝心なトコ教えてほしいっすよ!」
「そーだそーだ! 焦らすなんてサイテ~!」
「まあ待て待て、問題なのはそっからなんだよ。何でか知らねえが、フィルの反応がカルゥ=オルセナとイゼルヴィア、二つの大地の聖礎に存在してんだよ」
仲良く一列に座るアンネローゼたちの前に立ち、ダンテはモニターを操作しながら説明を行う。画面には二つの大地の核となる空間、聖礎の説明図が映し出されている。
「つまり……どういうことだ? フィルが分裂したということか?」
「いや、オレたちもよく分かってないんだがどうもそういうわけじゃないみたいなんだ。何て言やぁいいのかな……ミカボシみたいに、二つの大地に跨がって存在してるんだよ、フィルは」
「つまり、フィル殿はミカボシそのものになってしまった……ということか?」
ダンテの説明を聞き、最悪の想像をするオボロ。それを肯定も否定もせず、ダンテは困ったように頬をポリポリ掻く。
何しろ、今回の事態はファルダの神々にとっても闇の眷属にとっても初の出来事なのだ。前例など全く無く、今何がどうなっているのか分からないという。
「これまで、基底時間軸世界にミカボシが現れたことはない。ついでに言えば、そんなトンデモ生物兵器を封じるために次元の狭間に落っこちた奴が出たのも、な。だから今、みんな必死に仮説を立ててんだ」
「……そう。なら、私のすることは一つ。その聖礎ってところに乗り込んで、直接フィルくんを取り戻すだけよ!」
「へっ、お前ならそう言うと思ってた。オレたちもそう言い出すだろうなと想定して、あらかじめ創世六神に聖礎に入る許可は取ってある。……んだがなぁ」
「なによ、許可があるなら問題ないじゃない。なんでそんな歯切れ悪いのよ?」
何の迷いもなくそう言い切るアンネローゼに、ダンテは手際の良さを見せつける。……が、何やら聖礎に赴くにあたって問題があるようだ。
「ねえんだよ、聖礎に入るための鍵……ゴッドランド・キーが。オルセナ側もイゼルヴィア側も、紛失してるようで見つからねえんだわ」
「はあ!? 何それ、許可があっても意味ないじゃないの!」
「しょうがねえだろ! 基本オレら魔神は自分トコの鍵しか管理してねえんだから!」
カルゥ=オルセナの核、聖礎ガルガロッソ。そして、カルゥ=イゼルヴィアの核……聖礎イグラニオ。二つの地に入るには、それぞれの大地に眠る鍵が必要なのだ。
だが、どちらの大地の鍵も現在行方が分からなくなってしまっている。このままでは、フィルを迎えに行くどころではないが……。
「ふむ。オルセナ側のゴッドランド・キーに関しては我輩に心当たりがある。カンパニーの侵攻が始まった初期の頃、社長が別口での侵略ルート確保のため密かに鍵を手に入れていたはずだ」
「それは本当なのか? ……いや、それがしよりも上の立場にいたエージェントがそう言うのなら間違いはないだろう。して、鍵はどこに?」
幸い、オルセナ側の鍵の在処はクラヴリンが知っているようだ。元カンパニーの重鎮だけあって、情報には詳しいらしい。
オボロに問われ、彼は答える。例の鍵は、ヴァルツァイト・ボーグが管理していた『倉庫魔界』に安置されているだろう、と。
「それぞれの魔戒王が管理する小世界の一つ、社長が担当していた倉庫魔界に今もあるはず。ただ、セキュリティを解除出来るのは社長本人だけ。我輩では……」
「そういうことなら、俺に任せろよ。これでも、あいつの運命変異体だぜ。怪盗としてのスキルも使えばどうにかなるさ」
「なら、まずはその倉庫魔界とやらに行くわよ。……と言っても、全員で行く必要はないわね。クラヴリンとローグ、オボロ。私と一緒に倉庫魔界に行くわよ!」
「なら、アタイたちはイゼルヴィア側の鍵の行方を探してみるっす! きっと、魔女さんたちなら何か知ってるはずっすから」
こうして役割分担も済み、それぞれのチームが目的を達成するため動き出す。フィルを取り戻し、最高のハッピーエンドを迎えるため。
戦乙女の最後の物語が今……幕を開けた。




