28話─リベンジの時、来る
デートをした日から、数日が経過した。この日もいつものように、アンネローゼは訓練に励む。だが、今日はいつもと少し違っていた。
「ピピピ……急所命中率、九十七パーセント。総合成績、SSランク達成デス」
「やった、やったわ! ついに難易度ルナティックで最高成績を叩き出してやったわよ! はー、ここまで長かったぁ」
血の滲むような努力を積み重ねてきた結果、ついに最高難度に設定された訓練用ゴーレムを倒すことに成功したのだ。
それも、最優秀成績で。固唾を飲んで見守っていたフィルは、アンネローゼの元に駆け寄り勢いよく抱き着いた。
「やりましたね、おめでとうございます! こんな短期間で最高成績を出せるなんて、驚きましたよ!」
「ふふーん、もっと褒めてもいいのよ? これだけ強くなれば、きっとアイツにも……」
フィルの頭を撫でながら、喜びを噛み締めるアンネローゼ。その時、基地全体に警報が鳴り響いた。二人が顔を上げると、ギアーズが飛び込んでくる。
「二人とも、大変じゃ! ラグズラズにまたカンパニーの奴らが現れたぞ!」
「またですか……一度ならず二度までも、しつこいですね」
「うむ、それに……今回は大将二人もおでましじゃ。騎士団だけでは歯が立たん、急行してくれ!」
ギアーズの言葉に、アンネローゼはピクリと眉を吊り上げる。ついに、惨敗の雪辱を晴らす時がやって来たのだ。
拳を握り締め、獰猛な肉食獣のような眼光を目に宿らせる。流れる汗も気にせず、小さな声で呟いた。
「……とうとう、やって来たのね。あの日のリベンジをする日が。行くわよ、フィルくん。あいつらを仕留めてやりましょう!」
「はい! あの時は取り逃がしましたが、今度は必ず仕留めてやります!」
気合いを入れ、二人は訓練場を後にする。特務エージェントとの決戦の時が、訪れようとしていた。
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「ぐ、うう……」
「人の身で、よくぞここまで持ち堪えた。そこには敬意を表そう。だが……種の壁は超えられぬ。残念だったな、騎士団長よ」
ラグズラズを囲む防壁、南門前。頑強な壁は無残に破壊され、そこかしこに騎士たちの死体が転がっていた。
ある者は胴体に大穴を開けられ、またある者は燃え尽きた灰となって。数少ない生き残りを率いて戦っていたバンゲルも、ついに力尽きてしまう。
「せめてもの情けだ。苦しむことがないよう、一撃で息の根を止めてやる。我が業火に焼かれ、灰になるがいい!」
「ここ、までか……ワシは、もう……」
「そうはさせないわよ、ブレイズソウル! ホロウバルキリー、オン・エア!」
「なっ……ぐうっ!」
ブレイズソウルが倒れたバンゲルにトドメを刺そうとした、その時。バルキリースーツを纏ったアンネローゼが、テレポートで姿を現した。
虚を突かれたブレイズソウルは、アンネローゼの飛び蹴りを食らい吹き飛ばされた。処刑ショーを見物していたキックホッパーは、ゆっくり立ち上がる。
「おろろ、ブレちん飛んでっちったにー。ってことは、わっちの相手は……」
「ええ、その通りです。あなたの相手はこの僕、シュヴァルカイザーがしますよ。これ以上、誰も殺させはしない!」
続いて、フィルも姿を見せる。水色のバイザーの奥で、鋭い眼光を宿らせた瞳が輝いている。倒れているバンゲルに手を当て、治癒の魔力を流し込む。
「シュヴァルカイザー、殿……」
「助けに来るのが遅れてごめんなさい、団長さん。ここからは僕が戦います。あなたは生き残っている部下を連れて、街に避難してください」
「済まぬ……奴は強い、気を付けてくだされぃ……」
バンゲルは立ち上がり、部下たちに撤退の合図を出す。直後、キックホッパーが地を蹴り跳躍する。
「逃がすわけないじゃ~ん! みーんなみんな、ぶっ殺さにーといけないんだよう!」
「そうは……させない! マナリボルブ:アイス!」
「ぷぷっ、ばーか! おんなじ手はねぇ、特務エージェントには二度も通用しないんだよ!」
以前と同じように、フィルは地面を凍結させて相手を転ばせようとする。が、それを見越していたキックホッパーは足の裏にスパイクを仕込んでいた。
凍った土を踏み締め、もう一度跳躍する。狙うは、バンゲルの脳天だ。空中で身体を一回転させ、かかと落としを放つ。
「死ぃねぇぇぇ!!」
「なるほど、学習能力はありますか……でも、僕も日々進化しているんですよ! 武装展開、氷の大盾! その一撃、受け止めてみせる!」
「ならやってみなよ! パワーアップしたわっちの一撃を止めてみな!」
バンゲルを守るべく、フィルは攻撃に割り込んで盾を呼び出し構える。氷の盾と鋼鉄の脚、二つが勢いよくぶつかり合った。
◇─────────────────────◇
一方、アンネローゼは吹っ飛ばしたブレイズソウルを追って平原を滑空する。数メートル先に、立ち上がる途中の敵の姿が見えた。
「見つけたわ! あの日のリベンジ、させてもらうわよ! 覚悟しなさい!」
「ふむ、この私を吹き飛ばずとはな。中々のパワーだ、気に入ったぞ」
「余裕しゃくしゃく、ってわけ? そのムカつく笑み、泣きべそに変えてやるわ! 武装展開、聖風槍グングニル!」
「来い、ホロウバルキリー。あの日貴様を殺さなかった落ち度、ここで清算させてもらう! ブレイズウィップ!」
槍を構えるアンネローゼに向かって、ブレイズソウルは燃え盛る炎のムチを振るう。アンネローゼは一撃を避けつつ、着実に接近していく。
「見える……今なら見えるわ、アンタの攻撃の軌道がね! 食らいなさい、ウィンドスピアー!」
「くうっ! ……なるほど、テンプテーションの言った通り……侮れぬだけの力を得たようだな」
アンネローゼが突き出した槍の一撃を食らい、脇腹を負傷するブレイズソウル。傷口から疑似体液が滲むのを見て、気を引き締める。
相手はもう、瞬殺出来る雑魚ではない。そのことを改めて認識し、ブレイズソウルは本気を出すことを決めた。
「では、ここからは一切の油断も慢心も、遊びも無しだ。ホロウバルキリー、貴様を仕留める! ブレイズフレイル!」
「来なさい、返り討ちにしてやるわ! エアーリッパー!」
ブレイズソウルはムチの先端に大きな火球を作り出し、フレイルへ作り替える。アンネローゼを燃やし尽くすべく、得物を振るう。
対するアンネローゼは、スライディングでフレイルをかわしつつ相手の懐に潜り込む。逃げる暇を与えず、真空の刃を放つ。
「ぐううっ! おのれ、よくも我が仕事着を!」
「なんつー頑丈さよ、こいつ。服しかズタボロに出来ないなん………ふぐっ!」
「社長より賜った一張羅を……! この借りは大きいぞ、必ず後悔させてやる!」
しかし、サイボーグであるブレイズソウルを倒すには至らなかった。スーツを切り裂き、上半身を剥き出しにすることは出来た。
が、それが相手の怒りに油を注ぐことになってしまう。みぞおちに蹴りを叩き込まれ、アンネローゼは吹き飛ばされる。
「ゲホッ、ゴホッ! アイツのボディ、たぶんキカイ化されてるわね……生半可な攻撃じゃ、簡単に傷を付けられそうにないわ」
「何をブツブツと……! 死ねぃ! ブレイズインパクト!」
「っと、考え込んでる場合じゃない! 作戦は戦いながら考えるわ!」
怒り心頭なブレイズソウルの猛攻を掻い潜りながら、アンネローゼは槍による攻撃を叩き込む。しかし、キカイ化されたボディには傷が付かない。
「進化したのは身のこなしだけか? そんなヤワな攻撃、私には効かぬわ!」
「面倒くさいわね! ……いいわ、そっちのボディが超頑丈だってんなら。それを崩すまでよ。私流のやり方でね!」
振り回されるフレイルを避けながら、アンネローゼは叫ぶ。因縁の戦いが、ついに幕を開けた。