269話─ミカボシのチカラ
分身たちを壊滅させたアンネローゼとフィルは、ついに天空に浮かぶミカボシの元にたどり着く。スフィアの名の通り、球体になった相手に攻撃を加える。
「行くわよ、先手必勝! グラヴィトーラ・ヘイトス!」
「丸まってばかりじゃ勝てないってことを教えてあげますよ! ウェザーリボルブ:ショックボルト!」
天候操作の力を応用し、魔力の弾丸に雷雲の力を宿すフィル。アンネローゼの突進に合わせ、援護射撃を行いミカボシに攻撃する。
……だが、防御形態となったミカボシには通用しなかった。元の状態から変化した、鏡のようにつるりとした表皮によって弾かれてしまったのだ。
「くっ、堅い! コイツ、私の槍が通らない!」
『ククク、ムダだムダだ。この態勢になったミカボシはあらゆる攻撃を無力化する。貴様らがどれだけ猛攻を加えようが、傷一つ付かぬぞ!』
「ふぅん、そう。確かに攻撃自体は通ってないわね。でも……バッチリリングは刻まれてるわ!」
『なに?』
残留思念の言う通り、ミカボシに二人の攻撃はかすり傷すら付けることが出来なかった。だが、ラグナロクの攻撃によって生ずる重力のリングはしっかりと表皮に刻まれていた。
「やりましたね、アンネ様! ダメージを与えられなくても、リングさえ付けちゃえば……」
「ええ、アイツを地面に叩き落とすことが出来る! フォールダウンリング、出力全開! グラビティ・プラス!」
『ぐおっ!? なんだ、急に重く……貴様、何をした!?』
「ふっふーん。教えるわけないじゃない、自分で考えてみればー?」
流石のミカボシも、重力に勝つことは出来ない。かつてダンテに使った時の二倍……すなわち六千倍の重力がかかり巨体が少しずつ地に落ちていく。
元から凄まじい魔力を使って空中に留まっているため、そう簡単に墜落させることは不可能。だが、相手が攻撃に避けるリソースを減らすことは出来た。
「アンネ様、そのまま重力を維持してください。今のうちに、僕が残留思念をミカボシから引きずり出してきます!」
「そっか、アイツを外に出してぶっ殺せばもう勝ったも同然だもんね!」
重力を相殺することに注力している残留思念をミカボシの頭部から追い出してしまえば、ほぼ決着がついたも同然。
だが、それを敵もよく理解している。そう簡単に引きずり出せるほど、甘い相手ではないことをこの直後にフィルたちは思い知ることになる。
『そう都合よく行くとでも? ミカボシの真の力はこんなものではない、形態変化……飛翔態勢!』
「オォ……飛ブ、ソシテ……跳ブ!」
「!? な、なに? また姿が変わるわよ!」
「まずい、急がないと!」
ミカボシの頭部にフィルが向かう中、再び敵の姿が変貌していく。球体から元に戻り、間髪入れず次の形態になる。
背中に生えた大量の腕が毛糸のように束ねられ、グロテスクな翼になる。そして、後ろ脚が歪みバッタのような跳躍に適したソレに変わった。
『この姿であれば、貴様のくだらん手品を相殺しつつ自由に動ける! まずは小僧……貴様から撃墜してくれる! キャスタルトブレイク!』
「死……ネェ!」
「避けきれ……うわあっ!」
「フィルくん!」
ワニとバッタのキメラと化したミカボシは、身体を回転させ後ろ脚による回し蹴りをフィルに叩き込む。巨体からは考えられない身軽な蹴りを避けきれず、直撃を貰ってしまう。
吹き飛ばされるフィルを心配するあまり、アンネローゼは重力を解除してしまった。その結果、重力に抗っていたミカボシは真上に猛スピードで吹っ飛んでいく。
『ぬおおおおおお!? きゅ、急に重力を消すんじゃあない!』
「あ、飛んでった……って、それよりフィルくん! 大丈夫!?」
「ええ、なんとか……。オーバークロスで装甲の耐久力が上がっていたおかげで耐えられました。でも、全身が痛いです……」
途中でなんとか急ブレーキをかけ、空中に留まるフィル。アンネローゼが追い付き、怪我がないか問う。幸いにも、特に負傷してはいないようだ。
「よしよし、戦いが終わったら手当してあげる。さ、あの吹っ飛びキメラを追い」
『その必要はない、今すぐに貴様らを押し潰してやるからな! アポカリプス・プレッサー!』
「来る! アンネ様、避けましょう!」
「わわわ、アイツデカいクセにめっちゃ速い!」
『逃げられはせん! 大人しく潰されるがよい!』
反撃しようとするアンネローゼたちだが、それよりも早く敵が追撃を仕掛けてくる。巨体を活かしたボディプレスで、二人を潰すつもりだ。
攻撃をかわそうとするも、相手の方が速度がありすぐに軌道を修正してくる。こうなれば最終手段、ウォーカーの門で逃げようとするが……。
「!? 門が……開けない!?」
『ククク、残念だったな。今のカルゥ=イゼルヴィアは力場が狂い、もはや消滅も秒読みの状態だ。門を作ろうとしても不可能なのだよ!』
「嘘つけ、アンタはさっき門を作れてたじゃない!」
『ああ、確かに門を作ったさ。イゼルヴィアではなくオルセナ側でな。流石の俺たちでも、崩壊寸前のイゼルヴィアで門は作れん。向こうへは世界再構築不全を利用して渡ったのだよ。さあ、分かったらさっさと死ね!』
得意気にペラペラと話す残留思念は、さらに速度を上げてフィルたちを押し潰そうとする。だが、その瞬間……戦場の周辺の空間が、複数箇所歪みはじめた。
『むうっ、これは!』
「シショー! 姐御ー! こっちにいるっすかー!? いるなら返事してくださーい!」
「イレーナ! それに魔女の皆も……。私たちはここよ! 今ちょっとピンチだから助けてくんない!?」
カルゥ=オルセナに出現したミカボシの半身が核を失い消滅したため、生き残った魔女たちを率いてイレーナたちがやって来たのだ。
作戦通り、残る半身を討伐するためカルゥ=イゼルヴィアへと。アンネローゼの叫びに気付き、イレーナが救出しに行こうとするが……。
「ひええ、この距離じゃ間に合わないっす~!」
「ならアタシに任せな! 二人纏めて救出してきてやるよ!」
世界再構築不全を利用し、イレーナが現れたのは遙か上空。低空を逃げ回っているアンネローゼたちの元には、まず間に合わない。
そこで、イレーナよりも低い位置に現れたマルカが代わりに救出に向かう。稲妻のような速さで、一気に急降下していく。
「俺たちはミカボシ本体に攻撃を! 少しでも奴の動きを鈍らせるんだ!」
「魔女たちよ、彼らに続きなさい。ミカボシを、そしてベルティレムを倒し全てを終わらせるのよ!」
「おおーーー!!!」
ジェディンとヘカテリームが突撃し、それに合わせて残る全戦力も一斉攻撃を行う。残留思念はアンネローゼたちへの攻撃をやめ、再び防御態勢を取る。
『フン、数で攻めてきたか。鬱陶しい奴らめ……なら、こちらの奥義で一掃してくれる。ミカボシ、殲滅態勢!』
「了解……敵ハ、滅スル」
「んん? なんだ、まーた形が変わりやが……!?」
「うぇっ、なぁにあれ~?」
残留思念の号令により、再びミカボシの姿が変化する。球体の姿から、ドス黒い正八面体になったのだ。マルカやレジェが訝しむ中……。
『殲滅開始だ! 全員チリになれ! ルシファーズ・フェノメノン!』
「!? 全員防御を固めて! アレを食らったらひとたまりもないわ!」
正八面体の表面に、ビッシリと大量の目玉が浮かび上がる。その目からレーザーが射出された……だけでなく、その状態でミカボシが高速回転しはじめた。
全方向へ射程無限のレーザーが放たれ、最終決戦に馳せ参じた援軍へ浴びせられる。ヘカテリームが身を守るよう指示するも、その威力は尋常でなく……。
「あぐっ!」
「がはっ!」
「結界を貫いて……あぎゃっ!」
「そんな、皆が……!」
『ハハハハハ!! どうだ、これがミカボシの力だ! 一人残らず死ね! この地に屍を晒せぇ!』
次々と魔女たちが死んでいく中、ついにマルカがアンネローゼたちの元にたどり着く。だが……。
「っし、やっと合流……アンネローゼ、危ねえ!」
「きゃあっ!」
「ぐっ、ああ!」
「マルカさん!」
そこに、レーザーが飛んでくる。アンネローゼを守るために、彼女を突き飛ばしたマルカが身代わりとなり……左のふとももを貫かれ、そのまま切断された。
「嘘……マルカ! 私のせいで、そんな……」
「へっ、気にすんな。五体満足で生き残れるたぁハナから思っちゃいねえよ。幸い、腕は残ってる。まだ戦えるさ、だから……今度はこっちが反撃しようぜ、全員でな!」
「……ええ、そうですね。これ以上、あいつの好きにさせてはおけません。一つ、閃いた策があります。それを使えば、もしかしたら……」
片足を失ったものの、マルカの闘志は衰えていない。最後の戦いに打ち勝つため……フィルの策が、始動する。




