268話─双子大地の最終決戦
「ウォーカーの一族の……残留思念ですって?」
「ああ、そうだ。ククク、この三千年ずっと……この時が来るのを心待ちにしていたぞ。ベルティレムの中で眠りに着きながらな。さあ、共に来てもらおう。お前たちの墓場となる場所へ!」
「!? 門に吸い込まれ……」
アンネローゼの問いに、ベルティレムの身体を奪った残留思念が答える。同時に、魔法を使い二人を背後に開いたウォーカーの門に押し込む。
抵抗しようとするフィルとアンネローゼだが、思っていた以上に魔法の力が強くあっさりと押し込まれてしまう。そうして、二人は双子大地へ誘われる。
「ここは……カルゥ=イゼルヴィア……ですか」
「そうだ。カルゥ=オルセナに封印されていたミカボシの半身は、貴様らに滅ぼされてしまったからな。この地に眠る半身を呼び覚まし、二人纏めて葬ってくれる!」
「ふぅん、そういう腹積もりなのね。でも、その前に聞きたいことがあるの。ベルティレムの人格はどうしたの? なんで今になって、死んだ奴の思念が表舞台に出てきたわけ?」
「簡単な話だ。もうベルティレムは必要なくなった、それだけのこと。これまでよぉく……働いてくれたよ、この女は」
地上も空も、全てが赤黒く染まった不気味な大地の片隅で残留思念はそう語る。かつて栄華を誇った街並みは消え、溶解しかかった不気味な残骸として並ぶ。
そんな異様な光景の中で、アンネローゼはもう一度問う。ベルティレムの人格はどうなったのかと。
「あの女の自我は消滅させた……と言いたいが、腹立たしいことにしぶとく生き延びてるよ。ま、今は俺たちが抑え込んでるから表には出てこないがな」
「……そう。まあ、アイツの人格が残ってるならいいわ。アンタをぶっ潰して、また表に引き出して償いさせなきゃいけないから」
「ハハハハ、償いか! いいねぇ、是非そうしてやってくれ。俺たちにいいように踊らされた、哀れで滑稽な魔女を火炙りにしてやれよ!」
調子に乗った残留思念は、ペラペラと聞いてもいないことまで喋り出す。それが、フィルとアンネローゼの怒りにさらに油を注ぐことになるとも知らずに。
「……どういうことですか? ベルティレムがお前たちに踊らされていた?」
「ああ、そうさ。俺たちが何の算段もなく、行き当たりばったりでこいつにウォーカーの力を継承させたとでも? まさか、とんでもない! あらかじめ適性の有無をリサーチしてたんだよ!」
「その結果、ベルティレムが力を継ぐのに相応しいって判断したわけ?」
「その通り。その後は簡単だ、この女の住む地区にわざと逃げ込んで俺たち諸共殺すようソサエティに仕向けさせたのさ。力を継承させた後も、裏でこっそり憎悪の感情を増幅させて俺たちの都合のいいように」
「……もういい。黙れ、お前たちの醜悪さには本当に反吐が出る。同じウォーカーの一族として……お前たちだけは、許すわけにいかない!」
ベルティレムとミシェルを襲った悲劇は、全てウォーカーの一族によって仕組まれたものだった。その事実を知り、ついにフィルがキレた。
普段の丁寧な物腰からは想像もつかない、ドスの利いた声でそう口にする。あまりの恐ろしい声色に、忍び寄りつつあったミカボシの分身たちは足を止める。
「フィルくんの言う通りね。アンタたちのせいで、ベルティレムはたった一人の家族を失い……こんな事態を引き起こすほどに歪んでしまった。その罪は重いわよ!」
「ハッ、そんなのは知ったことじゃない。お前たちのせいで半身を失いはしたが、こちら側のミカボシは健在! 俺たちを裁けるもんなら裁いてみろ!」
一切悪びれることなく、己を糾弾するアンネローゼに対しそう口にする残留思念。ミカボシの分身たちを呼び寄せ、フィルたちにけしかける。
「行け、ミカボシの分身ども! 俺たちが本体の封印を破るまでの時間を稼げ!」
「グィロ、グィロロロロ!」
「あ、あい、あいあいあい……あいつら、ころ、ころころコロス」
「来ますよ、アンネ様。まずはこの雑魚共を倒しましょう!」
「ええ、そしたらあのカスをベルティレムの身体から引きずり出してチリにしてやるわ! あんな外道、生まれてきたことを徹底的に後悔させてから殺してやる!」
その間に、残留思念は空高く舞い上がり頭上に巨大な魔法陣を作り出す。鏡の世界にいるクウィンの力に干渉し、封印を破るつもりなのだ。
「さあ、目覚めろミカボシ! 五つの核に力を与えよう……今こそ我らの悲願を果たす時!」
「アイツ、こっちの想定よりミカボシを復活させる速度が速いわね……フンッ! フィルくん、どうする?」
「ミカボシを完全に滅ぼすためにも……たあっ! あえて奴の好きにさせましょう、復活したミカボシをあいつごと滅ぼせば僕たちの勝利です!」
「おっけ、じゃあ先にこのケモノ共を仕留めないとね! フェザースコール!」
「マナリボルブ:バブルガム! からの……マナリボルブ:バースト!」
ここでどちらかに分身の相手を任せ、フィルかアンネローゼが残留思念を追撃し仕留めることは簡単だ。だが、それではミカボシの半身が残ってしまう。
残しておくには、あまりにも危険すぎる不発弾。完全に取り除かない限り、双子大地に真の平和は訪れない。ゆえに、二人はミカボシの復活を促した。
「愚かな奴らめ。ウォーカーの民と揃ってこそミカボシは完全なものとなる。それを教えてやろう……! さあ、復活だ!」
「グ……オオオォォォォォォ!!!!!」
ついに封印が破れ、カルゥ=イゼルヴィアにミカボシの半身が顕現する。オルセナ側と全く同じ、ワニのような姿をしたおぞましいソレが咆哮する。
「来たわね、ミカボシの半身が。アイツさえ倒せば、全てが終わる!」
「ええ、出し惜しみなどしていられません。最初から全力で行きます! デュアルアニマ・オーバークロス……」
「ラグナロク……オン・エア!」
「エターナル・デイブレイク……オン・エア!」
ミカボシの出現に合わせ、フィルとアンネローゼはダイナモドライバーに秘められたさらなる力を呼び覚ます。
黄金の夜明けの騎士、そして黒き黄昏の戦乙女が顕現し最後の戦いを挑む。遙か上空にいる敵目掛けて、勢いよく飛翔していく。
「来るか、羽虫風情が。分身よ、もう少し時を稼げ。その間に見せてやろう、ミカボシの正しい扱い方をな! ミカボシよ、我を格納せよ!」
「食ウ……了解シタ」
「!? あ、アイツ……自分からミカボシに食べられちゃったわよ!? 一体なに考えてるワケ!?」
トンボのような姿をした分身をアンネローゼたちにけしかけつつ、残留思念はなんと自らをミカボシに食わせてしまった。
アンネローゼが動揺する中、フィルは相手の狙いをウォーカーの一族の本能で感じ取っていた。飛来してくる分身を斬り捨てつつ、ミカボシを睨む。
「まずい……あいつ、自分で直接ミカボシを操って戦うつもりです!」
「えっ、そんなこと出来るの!?」
「ええ、僕の中に流れるウォーカーの血が教えてくれているんです。あいつが何をしようとしているのかを」
『ああ、それなら話は早い。より深く、正確に……これから貴様らを襲う絶望を! 理解出来るだろうからなぁ! ミカボシ、防御態勢を取れ!』
「了解……チェンジ、スフィアモード」
ミカボシの頭部、額の部分に縦長の裂け目が現れる。その中に、透明な膜のようなものに包まれた残留思念が出現する。
ブレインとなった思念の命令に従い、ミカボシは己の身体を変化させていく。背中に生えた大量の腕を伸ばし、身体を丸め球体に変わった。
「な、なにあれ……まん丸になっちゃったわ。さっき防御態勢とか言ってたけど……」
「恐らく、奴はまず守りを固めて僕たちを消耗させるつもりなのでしょう。数は敵の方が上、息切れしたらそこで終わりです」
「それなら大丈夫よ、ある程度なら……私が減らすから! この日のために編み出した新技、お披露目の時よ! グラヴィトーラ・コルレイン!」
まずは力を蓄え、分身たちを使ってアンネローゼらのスタミナを削る作戦に出たようだ。それに対抗するべく、黒き戦乙女は翼を広げる。
そして、何度も翼を力強く羽ばたかせ……大量の羽根をバラ撒く。羽根はひとりでにミカボシの分身たちの元に向かい、くっついた瞬間……。
「グィロッ!?」
「ウォロッ……オアァァ!!」
「わっ、凄い! 分身たちが地面に落っこちちゃいました!」
「フフン、カトンボ風情を叩き落とすなんて造作もないことよ。この重力の羽根があればね」
ラグナロクの操る重力により、飛行型の分身はほぼ撃墜された。魔力を用いて羽根を補給した後、アンネローゼはフィルと共に黒幕の元へ向かう。
「次はアイツよ! ミカボシ諸共ぶっ倒してやるわ!」
「はい! 防御態勢だかなんだか知りませんが、僕たちの絆で叩き壊してやりますよ!」
最後の決戦が、幕を開けた。




