265話─ローグとネオボーグ
二つの核を破壊し、ついに折り返し地点へと到達した。ミカボシの体内に入り込み、心臓に隠された核へと向かう二人のヴァルツァイト。
「なぁ、ボーグよ。一つ聞いておきたいんだが……お前はこの戦いを生き残れたら何をする予定だ?」
「何故ソのヨうな無意味ナ質問を? 私ガ生き残ッたとこロで、未来なドない。旧レジスタンスの魔女たちが、私を破壊スるだろウからな」
心臓へと向かう道すがら、ローグは前を行くネオボーグに問いかける。それに対し、理解不能という感情を隠しもせずネオボーグが答えた。
ベルティレムの魔魂転写体の一人、悦楽の君によってネクロモートとしてよみがえったネオボーグはレジスタンスを苦しめ、多くの命を奪った。
そんな自分が生き残ったところで、彼女らに破壊され仇を討たれるだけだと口にする。けんもほろろな返答に、ローグは苦笑する。
「まあ、そうつっけんどんな返事すんなよ。もしもの話だ、もしも。レジスタンスの連中から許されたとして、お前は何をする?」
「……私に行くトころなドない。魔戒王の地位ヲ剥奪サれ、カンパニーもすデに無くナっていルだろウ。スるこトなど何もなイさ」
「まあ、そりゃそうか……」
コリンをはじめとする対立派閥によって、ネオボーグはすでに王の資格を失っている。彼が設立したカンパニーも、もはや完全に消えた。
それどころか、基底時間軸世界ではもうネオボーグことヴァルツァイト・ボーグは死んだとみなされている。暗域にも、大地にも……居場所はない。
「質問ハ終わりカ? 数分トはいえ、ムダな時間ヲ使わサれ」
「ならよ、俺と一緒に怪盗やらねえか? 悪どい金持ちどもをとっちめてよ、世のため人のために盗みを働く義賊生活をさ」
「……何?」
「行くところねえんだろ? なら、全部終わったら俺と一緒に来りゃいい。そろそろ相棒が欲しかったんだ、お前ならちょうどいい」
ローグの言葉に、思わず足を止めるネオボーグ。振り返って相手を見ると、ローグがニヤリと笑っていた。
「……正気カ、お前ハ。ソんなこトをシて、お前に何ノ利益がアる?」
「利益? そんなもんあろうがなかろうがどうでもいいのさ。人生思うがままに楽しんだ奴が勝ちなんだよ、いちいちやることに理由なんていらねえよ」
「私の運命変異体ダというのニ、まるデ思考を理解出来なイ。だガ……」
「だが、なんだよ?」
「……考えテおこウ。お前ト共に怪盗とシて生きるノも……悪くハなさソうだ」
もう一人の自分からの提案に、まんざらでもない様子でそう答えるネオボーグ。ローグが嬉しそうに頷くと、再び歩みを進める。
そうして十数分後、二人はミカボシの心臓にたどり着いた。脈動する心臓の上部に、核が埋め込まれている。そして、心臓の前には……。
「んふふふ。待っていたよぅ、君たちをねぇ。久しぶりだねぇ、裏切り者くん?」
「……悦楽の君カ。お前ガ待ち受ケていたトはな。これも運命とイうやつか」
「そうみたいだな。俺もお前も、こいつとは因縁があるからなぁ。え?」
両人と因縁のある魔魂転写体、悦楽の君が待ち構えていた。ネオボーグにとっては、自身をよみがえらせてくれた恩人として。
ローグにとっては、長年レジスタンスとルナ・ソサエティの戦いを妨害してきた仮称Xとして。それぞれ違った形ではあれど、相手と関わりを持っているのだ。
「全く、私は悲しいよぅ? あの土壇場で君が裏切ってしまったんだからねぇ、んふふふふ」
「流石ノ私も、お前タちのやり方ニはついていケなくテね。寝首ヲ掻いたとコろで成り代われるワけでもなし、フィルたチに着かせてモらった」
「前置きはここまでだ、早速消させてもらう! 怪盗七ツ道具、NO.6! レアッチの幻惑札!」
「んふふ、おやぁ? これは……トランプかな?」
心臓と核を守るため立ちはだかる悦楽の君に向かって、ローグは懐から取り出したトランプをケースごと投げ付ける。
すると、ケースの蓋が外れカードが溢れ出して悦楽の君の視界を塞ぐ。その間に、ヴァルツァイトコンビは音も無く動き出す。
(俺は左、お前は右だ。回り込め、奴を殺すぞ。怪盗七ツ道具、No.5……シヴィニョンの短剣!)
(了解シた。暗殺モードに移行スる)
悦楽の君がトランプに気を取られている間に、挟み撃ちにして一気に倒す作戦に出る。
「んふふふ、何故私が余裕の態度を崩さないか、気にならないかい? 私はねぇ、ちゃぁんと対策してあるんだよぅ? ネオボーグがいつ裏切ってもいいようにねぇ!」
「何を……グッ!」
「おい、どうした!? 大丈夫か!」
宝石を柄にあしらった短剣を装備したローグと、槍を呼び出したネオボーグの攻撃を受ける悦楽の君。容易く攻撃を受け止め、不穏な言葉を口にする。
直後、ネオボーグの身体に異変が起こる。急激に出力が低下し、全身の回路がショートしはじめたのだ。崩れ落ちるネオボーグを、悦楽の君があざ笑う。
「んふふふ、私が裏切りを想定せずにお前を復活させたとでも思っているのかよぅ? とんでもない、ちゃぁんと想定していたのさぁ。いずれ、お前が野心を抱き私たちを裏切るだろうとねぇ」
「グ、ウ……貴様、私ノ身体ニ……何を仕込ンだ?」
「んっふふふ、簡単な代物だよぅ。遠隔操作で起動する、機能破壊装置を組み込んだのさぁ。ネオボーグ、お前はあと二十分ほどで完全に機能を停止する。修理しようと、もうよみがえることはないのさぁ!」
「ふざけたことしやがって……! ぶっ潰してやる!」
ネオボーグを駒にする時点で、悦楽の君は裏切り対策を行っていた。もし野心を燃やして反旗をひるがえしても、破壊装置を起動させればそれで相手は終わる。
もっとも、まさかネオボーグが良心に目覚めフィルやアンネローゼに味方するとは全く予想していなかったが。
「本来ならもっと早く起動させる予定だったんだけどねぇ。んふふふ、いろいろ仕込みをしているうちに私たちが死んでしまってねぇ。ここに至ってようやく装置を起動出来たのさぁ……おっと」
「ちょこまか避けやがって、舐めんな仮面野郎! ちょうどいい、あの時仕留め損なったからな……リベンジしてやる!」
ダウンしてしまったネオボーグを庇うように立ち塞がり、短剣を振るうローグ。心臓という重要な器官がある場所ゆえ、ミカボシの細胞は加勢に来ない。
それでも、悦楽の君はすでに交戦経験のあるローグに圧倒的優位に立つ。学習能力により、あっと言う間に相手を蹴散らしてしまった。
「んふふふ、これで終わりさぁ!」
「ぐっ! チィッ、なら糸を……」
「残念だねぇ、全部覚えてるし学んでいるのさぁ。だから……私の勝ちなんだよぅ!」
「あがっ! てめ、え……!」
糸繰りの魔女としての力を使い、形勢逆転を狙うローグ。だが、それよりも早く光の剣で脇腹を貫かれてしまう。
「んっふふふ、私たち核の守護者は特別な学習能力を持っていてねぇ。戦いの中で相手の戦法を学んでいくんだよぅ」
「ふざけた、能力しやがってよ……。だが、この程度で諦めるわけねえだろうが」
「そうダ、よく言ッた……クッ、まダ少し動きガきまこチないカ」
「おや、まだ動けるんだねぇ。かなり運動機能を破壊したはずなんだけれど。んふふふ」
「修復機能をフル稼働サせ、内部機構ノ破壊と相殺させテいる。お前の想定シていル時間よりハ、長持ちスるだろうヨ」
大ダメージを負ったローグだが、それでも諦めず剣を引っこ抜き立ち上がる。それに合わせて、どうにか破壊速度を緩めることに成功したネオボーグも戦線に復帰した。
「んふふふふ、しぶといものだよぅ。ま、いいさぁ。遊んであげるよぅ、時間はたっぷりとあるからねぇ」
「いいぜ、付き合ってやる。怪盗ローグのイリュージョン、よーくその目に焼き付けとけや」
「悦楽の君ヨ、お前ハここで倒さレる。お前自身ガよみがえラせた、私の手デな」
二人のヴァルツァイトと悦楽の君。戦いは、まだ終わらない。




