264話─騎士、三度
「た、助けに来てくれたんすね! よかった、やられちゃうところだったっすよ~」
「……久しいな、イレーナ。積もる話も多いが、まずは眼前の敵を排除しよう。元チェスナイツ・ナイトとして……君を傷付けさせはせん」
「えっ……」
ポータルの中から現れたクラヴリンに助け起こされたイレーナは、ガスマスクの奥で頬を赤らめる。そんな彼女を守るように、クラヴリンは仁王立ちする。
己が得物である巨大なランスと盾を呼び出し、分厚い鎧をガチャガチャ鳴らしながら歩き出す。馬の頭部を模した兜の中から、敵を睨みつけながら。
「仮面の者よ、覚悟するがいい。その命……おっと」
「ゴチャゴチャと長い前口上を垂れやがって……イライラするんだよ! その鎧ごとミンチにしてやる! バーニング・ラッシュ・フィスト!」
騎士らしく口上を述べていると、痺れを切らした激情の君が先制攻撃を放つ。両手に装備したメリケンサックを振るい、クラヴリンを滅多打ちにしようとする。
が、重装甲による堅牢な守りと軽やかなフットワークを両立する彼にとっては蚊に刺されたほどにもダメージを負わず、避けるのも容易だ。
「遅いな、目を瞑っていてもかわせる。では、こちらから反撃を」
「あ、ダメ! クラちん、そいつウチらの攻撃をがくしゅーするマジチョベリバ~なつよつよぴーぽーだから気~付けて!」
「そうっす、アタイらたった数分で手も足も出なくなっちゃったっす!」
「なるほど、なら……この作戦で行こう」
反撃に出ようとするクラヴリンに、レジェとイレーナが声をかける。相手に攻撃法を学習されてしまえば、クラヴリンでも苦戦は免れない。
間一髪アドバイスが間に合い、反撃を止める。そして、自分から仕掛けることもカウンターを放つでもなく、クラヴリンはひたすら回避と防御に専念することに。
「なんのつもりだ? 守ってばかりで勝てるとでも思ってるのか!?」
「勝てるとも。これでも我輩、兵法を嗜んでいてね。特に、近年発売された盾の魔神リオ氏の発行した戦術書を参考に」
「ええい、ペラペラとよく回る口だ! 溶接して二度と開けないようにしてやる!」
パンチに加えて回し蹴りや足払い、体当たり等を交えクラヴリンを攻め立てる激情の君。その間に、レジェたちは本来の目的を達成するため動き出す。
(イレちん、今がチャ~ンス! クラちんが引き付けてくれてる間に、核を壊しちゃお!)
(そっすね、最悪あいつは倒せなくても核の破壊を達成すればいいんすから!)
出来る限り気配を消し、こっそり抜き足差し足忍び足で核を目指す。だが、そんなコスい作戦が通用するわけもなく。
体内の動きを察知したミカボシが、再び侵入者を排除するための細胞を降り注がせたのだ。それに加え、新たに青色の細胞を生成し地に落とす。
「うわっ、なにこれ!? か、壁が出来たっす!」
「ああ、言ってなかったな。青色の細胞は強固な防御壁になる! 貴様ら侵入者の行動を阻み、閉じ込めるためにな!」
「なるほど、実に興味深い。が、生憎我輩は生物学は専攻していなくてね。残念だが我輩の」
「いちいちうるさい奴め! いい加減攻撃してきたらどうだ!」
核を細胞壁で囲み、破壊を防ぐミカボシ。ついでにイレーナ・レジェもクラヴリン・激情の君から隔離し助太刀に入れないようにしてしまった。
それでも、クラヴリンは余裕の態度を崩さない。一切攻撃をしていないため、相手はまるで手の内を学習出来ないからだ。
「うわうわ、またピンクのぶよぶよが来たっす! こうなりゃ全部潰してやるっすよ、ビブラゼートブレード!」
「こっちはこっちで頑張りマックスピーポーしないと~! ニトロニクル・ハリケーン!」
ミカボシの細胞を相手に、奮戦するイレーナとレジェ。一方、クラヴリンと激情の君の戦いにはとある変化が現れていた。
「くっ、はあ……はあ……。重装甲のクセに、なんて身軽な奴……」
「息があがってきたな? どうした、もうスタミナ切れか? 我輩が思っていたほど、タフではないようだな」
「黙れ……! これぐらいで音をあげるかよ!」
怒濤の攻撃を叩き込んでいた激情の君が、攻め疲れて動きに精細さを欠いてきたのだ。これこそが、クラヴリンの狙い。
余裕の態度な相手を打ち倒すべく、残り少ないスタミナを絞り出し背後に跳躍する激情の君。それに対して、クラヴリンは一切動かない。
「獲った! これで心臓を貫いてやる! バーニング・ギガス・フィスト!」
「愚かな。我輩を討ち取るつもりなら、背後から仕掛けるべきではなかったぞ。ホースガーディアン!」
「なっ……ぐあっ!」
背後を取れば、確実に殺せる。……相手がクラヴリン以外であれば、だが。彼にはイレーナとの戦いでも見せた、守りの力がある。
背後からの攻撃を自動で防ぐ堅固な盾、ホースガーディアンを出現させ激情の君の一撃を難なく防ぐクラヴリン。それを見て、イレーナは大喜びだ。
「ヤッター! カッコイイー!」
「くっ、バカな……。オートシールドを使うとは」
「我輩はヴァルツァイト・テック・カンパニー最強の精鋭エージェントの一人。攻めも守りも完璧なのだ。君の攻撃程度で破られるほど、ヤワな盾ではない」
「このっ、言わせて……おけ、ば……」
盛大に吹き飛ばされた激情の君は、よろめきながら立ち上がる。だが、すでに体力は底を尽きまともに動くことすら出来ない状態だ。
「盾の魔神リオ曰く、『攻撃は最大の防御。なれば、防御は最大の攻撃となり得る』……。我輩が何の策も無く、逃げ回っていたわけではない! 奥義……インフェクションドリラー!」
「まずい、避け……うっ、ガハッ!」
「騎士道に反するやり方だが、君の持つ能力を鑑みた結果これが最良の戦法と判断させてもらった。ゆっくりと眠るがいい、永遠に」
「クソ、が……」
まともに回避することも出来ない相手に、クラヴランはドリルのように回転するランスを向け突進する。そのまま攻撃を炸裂させ、激情の君を貫き葬った。
彼の採った作戦は、極めてシンプル。攻撃を学習されないよう徹底的に守りに徹し、相手のスタミナが切れるのを待つ。
そして、その時が来た瞬間……学習すら出来ないほどの速度で攻撃を放ち、一撃で仕留める。そうして、彼は勝利を収めたのだ。
「お~、相変わらずクラちんつよ~い!」
「当然だ、二人の乙女を守らねばならぬのだから。特に……イレーナは我が終生の好敵手。ここで死なせるわけにはいかぬのだよ」
「クラヴリン……」
華麗なる作戦勝ちを決めた騎士に、イレーナは熱っぽい視線を送る。それに気付いたようで、クラヴリンは照れ臭そうに顔を逸らす。
ミカボシの細胞を全滅させ、壁をブチ壊したレジェは二人を交互に見てニンマリと笑う。ソソソッとイレーナの元に近寄り、からかうように声をかける。
「おやおやおや~? これはもしかしてぇ~、イレちんったらクラちんにオネツってわけぇ~?」
「んなっ!? ななななな、なに言ってるんすか! 確かに助けてもらって嬉し……って、変なこと言わせないでほしいっす!」
颯爽と現れて窮地を救ってくれたクラヴリンに見惚れていたのが、完全にバレてしまいイレーナは大慌てだ。ガスマスクがなかったら、真っ赤になった顔を見られていただろう。
「照れなくていんだよぉ~? 嬉しかったんだよねぇ~? 白馬のおーじさまに助けてもらってベタ惚れってやつぅ~? チョー王道、マジエモ~い」
「エモー……いやレジェ、あまりからかうな。彼女も我輩も、そういうわけでは……」
「え~? でもクラちんもイレちんの危機って聞いてから明らかに声色変わっ」
「レジェ、それ以上は言うな!」
レジェを諫めようとしたクラヴリンだが、こちらもこちらでイレーナを意識しているのをバラされて大慌てだ。楽しくイジって遊べるオモチャを手に入れたレジェは、とてもご満足なようだ。
「ニシシ、こりゃ~うぶうぶラブラブなカップル成立も秒読み、みたいあひょっ!?」
「いい加減にしろ、あまりからかうと我輩もおこ……あ」
「ら、ランスが核を……!」
イジり続けようとするレジェにクラヴリンがキレ、ランスを投げ付ける。が、レジェが避けた結果細胞壁を突き破り、その奥にあった核を貫いた。
予想外の形ではあったが、核の破壊は成した。なんとも言えぬ雰囲気の中、イレーナは仲間たちに告げる。
「……じゃ、撤収ってことで……」
「アッハイ」
「うむ、帰るとしようか……」
何はともあれ、目的は果たせた。ミカボシの体内から脱出するため、来た道を戻る三人。その最中、イレーナは片腕の武装を解き隣を歩くクラヴリンに手を差し出す。
少し迷った後、騎士はその手を握り返した。マスクと兜越しにお互いを見つめ合いながら、イレーナとクラヴリンはレジェと共に脱出して行った。




