263話─乙女二人の進軍
ジェディンとオボロが一つ目の核を破壊した頃。イレーナとレジェは、ミカボシの尾の中に入り込むことに成功していた。
先の二人同様、防護魔法で全身を包み核を目指す。のだが、そこで一つ問題があった。それは……。
「クッサ! ここマジでクッサ! チョーアリエナイんですケド!」
「大腸が近いからか、すっごい便臭がするっすね……。この魔法、臭いまではシャットアウトしてくれないみたいっす……吐きそう」
先に進むにつれ、凄まじい悪臭が二人を襲ってきたのだ。その酷さたるや、背中の比ではない。防護魔法がなければ、臭いだけで即死するレベルだ。
尾の付け根付近までやって来たイレーナたちは、吐き気を堪えつつ何とか核を目指す。臭いが染み付いて取れなくなったらどうしよう、と考えていると……。
「あ! イレちん、あれじゃな~い? ミカボシの核! ……ぜんぜん可愛くない」
「ようやく見つけたっす! ホント……うぷっ、マジでそろそろ限界が近いからさっさと潰して」
「そうはいかねえぜ、てめえら! だいぶ待たせてくれたな、チンタラしやがって」
「うえっ、こんな時に敵とかマジサイアクなんですケド~!」
ミカボシの臀部の奥に、赤黒く輝く核を見つけたイレーナたち。早速破壊しようとするも、そこに怒声が響き渡る。
ベルティレムの魔魂転写体の一角、激情の君が待ち受けていたのだ。凄まじい悪臭などものともせず、イレーナたちを睨んでいた。
「あの、ちょっと悪いんすけど……そこ退いてもらえません? アタイ、そろそろ限界が……」
「断る。我が使命はミカボシの核の死守。侵入者たる貴様らには、ここで死んでもらうぞ!」
「あ……じゃあ先に、その、ちょっといいすかね? もう無理なんで……うえっ」
やる気満々、すぐにでも襲ってきそうな雰囲気の激情の君。もはや戦いは避けられず、いざ激突……のその前に、イレーナに限界が訪れた。
くるっと後ろを向き、ガスマスクを外して盛大に吐き散らす。レジェが背中をさすってやるなか、激情の君は事が済むまで静かに佇む。
「……まあ、分からんでもない。私も嗅覚を遮断していなければそうなるからな」
「敵のクセに優し~、マジウケる~。……イレちん、大丈夫?」
「な、なんとか……。レジェさんは凄いっすね、こんな臭い中ヘーゼンとしてるんすから」
「ん~、戦争してたらこれくらいの悪臭慣れるし~。みたいな?」
胃が空っぽになるまで盛大に吐き散らし、ようやく回復したイレーナ。悪臭にも慣れてきたところで、いよいよ激情の君との戦いが始まる。
「ゲロ女、もう始めていいよな? 核は破壊させない、ここで二人とも死ね! 出でよ、ミカボシの細胞よ!」
「人をゲロ女呼ばわりはやめてほしいっすね、こんな可憐な乙女にそんなこと言う悪い奴は返り討ちにしてやるっす! でたらめバースト!」
「そそ、パパっと終わらせちゃうし~。ラグジュラリエンド・ボム!」
不定形の茶色いボディを持つミカボシの細胞を複数召喚し、イレーナたちにけしかける激情の君。それを迎え撃たんと、二人はそれぞれの技を放つ。
無数の弾丸と宝石を模した爆弾が炸裂し、ミカボシの細胞を消し飛ばす。……が。
「うわっ!? な、なんか飛び散ったっす! まさかこれ、うん……」
「いや、多分違うよ~。これ……トリモチみたいな~? トラップ的なやーつ!」
「ククク、その通り。この核の近辺にある細胞はトラップとしての運用に長けててなぁ。一度破裂したら、粘着力抜群の罠になるのさ」
「へ~、じゃあこうするし。ラグジュアリ・シェル!」
細胞を消し飛ばしたはいいものの、一度くっついたら剥がすのに難儀しそうなネバネバが周囲に飛び散ってしまう。
色合いからして触りたくないと、露骨に距離を取りガスマスクの中で嫌そうな顔をするイレーナ。そんな彼女の代わりに、レジェが封じ込めに動く。
ダイヤモンドを模した半透明のカプセルを出現させて、その中に新たに現れたミカボシの細胞を閉じ込め罠として機能しないようにしてみせた。
「ほう、やるな。じゃあそろそろ……私自身が相手をしてやる!」
「それなら望むところっすよ、ぶっ殺してやるっす! デュアルアニマ・オーバークロス! アンチェイン・ボルレアス……オン・エア!」
「とりあえず~、初手も~らいっ! ラグジュラリアット・ボンバー!」
細胞が封じられたならと、激情の君が動く。両手にトゲ付きのメリケンサックを装備し、ゆらりと身体を揺らしながら前に出る。
本命が出るならばと、イレーナはさらなる変身を行い北風の化身となる。そんな相方に先んじて、レジェが突撃していく。
「そ~れ、真っ二つにな~れ!」
「そんな斧、叩き折ってやる! バーニング・ギガス・フィスト!」
「むぐうっ! でも、負けな~い!」
ブースターを吹かし、加速の勢いを乗せた一撃をメリケンサックで受け止める激情の君。押し負けまいとさらにブースターを使い、対抗するレジェ。
そんな彼女の頭上に、怪しい影が二つ。核のある空洞の天井から、ミカボシの細胞が滴り落ちようとしていたのだ。
「レジェさん、危ないっす! マキシマムショット!」
「お、マジありがた~い。サンキュー、イレち……あばっ!」
「バカめ、戦闘中に隙を見せるとは! 一気に仕留めてくれる!」
「そうはいかないっすよ、ブーメランショット!」
先ほどとは違う、ドギツいピンク色をした攻撃用の細胞を撃ち抜くイレーナ。彼女に礼を言うレジェだが、僅かな気の緩みを突かれ吹き飛ばされてしまう。
相方が体勢を立て直すまでの間、今度はイレーナが激情の君の相手をする。だが、すでに相手はイレーナたちの攻撃を学習しつつあった。
「ハッ、一ついいことを教えてやる。私たちは核を守るため創られた、特別な魔魂転写体。通常よりも高い学習能力があってな……」
「え!? た、弾が全く当たらないっす!?」
「一つを学べば全てを学ぶ! お前たちの攻撃はもう効かない!」
「あがっ!」
イレーナの攻撃を完璧に見切り、銃弾を次々と避けていく激情の君。連射で対抗するイレーナだったが、一つも当たらず敵の接近を許してしまう。
必殺のパンチを食らい、吹き飛ばされミカボシの細胞壁に叩き付けられダウンする。そんなイレーナの元に駆け寄り、助け起こすレジェ。
「イレちん、大丈夫!?」
「なん、とか……。でも、まさか攻撃を全部避けられるなんて思わなかったっす」
「なら、次はウチが! キラデコ☆ジュエリートレイン!」
「ムダだって言ってるだろ? 全部学んだんだよ、お前たちの攻撃はな! クロスエンドスクリュー!」
「ウソ……あぐっ!」
「レジェさん!」
レジェは斧に飛び乗り、ブースターを利用したショルダータックルを放つ。だが、それすらも避けられカウンターを食らってしまう。
地に叩き付けられ、倒れ込むレジェ。万事休すかと思われたその時、レジェは打開策を閃いた。
「あっ、そうだ! ウチらで無理なら、援軍呼べばい~じゃん! あったまい~!」
「いや、無理っすよ! みんな自分の仕事に手一杯で、とてもここまで来るのは……」
「い~や、一人いるよ~。とびきりの助っ人が!」
激情の君の懐に飛び込み、格闘戦を挑みつつそう叫ぶイレーナ。そんな彼女に向かってサムズアップしつつ、レジェは懐に忍ばせていた連絡用の魔法石を取り出す。
「あ、しもしも~? ウチウチウチ、悪いんだけどさ~、チョーピンチだからチョッパヤでヘルプに来てほしんだけど~。え? イレちん? いるよ~、だからハリー! ハリアップ!」
「誰を呼ぶつもりかは知らんが、数が増えたとて形勢は変わらん! 援軍の手の内も学習し……」
「あぐっ!」
「反逆者の末路がどうなるかを思い知らせてやるだけだ!」
「がはっ! こ、こいつ……強いっす……!」
レジェが助っ人に呼びかけている間、イレーナは窮地に追い込まれる。倒れたところを馬乗りにされ、ロクに防御が出来ない状態に。
追い詰めた敵にトドメを刺すべく、拳を振り上げる激情の君。紅の仮面の奥で瞳が輝き、残虐な本性を示す光が灯る。
「これで終わりだ! バーニング・ギガス・フィスト!」
「ううっ……!」
「待て、仮面の者よ。彼女に手を出すことは我輩が許さん。手を下したくば……」
拳が振り下ろされた瞬間、イレーナと激情の君の間にポータルが開く。そこから腕が伸び、拳を受け止めてみせた。そして……。
「この我輩を先に倒せ」
「グッ!」
「ク……クラヴリン!」
「間に合った~、よかったよかった!」
ポータルからクラヴリンが姿を現し、激情の君に衝撃波を叩き込んで吹き飛ばす。乙女を守る騎士の、華麗なる参戦だ。




