27話─羽を伸ばすヒーローたち
それから数日の間、アンネローゼはブレイズソウルへのリベンジに向け特訓に明け暮れていた。今日もまた、訓練用のゴーレムと模擬戦闘をしている。
「ていっ! やっ、そりゃっ!」
「ピピ……急所命中率、九十四パーセント。総合成績、Sランク達成デス」
「ふふん、私もやれば出来るわね。このレベルももう物足りなくなってきたし……最高難度、ルナティックいっちゃいましょー!」
「了解。戦闘レベル上昇、ルナティックモードに変更シマス」
音声認識機能を用い、ゴーレムの強さを急上昇させるアンネローゼ。こういうところで調子に乗りやすい性分は、中々直らないようだ。
自信満々にゴーレムへ斬りかかっていくも、ラリアット一発で轟沈されてしまう。まだまだ、最高難度に挑むのは早かったらしい。
「へぶちゅ! おごぉぉぉ……の、喉がぁぁぁ……」
「対戦相手の負傷を確認。メディカルスプレーを散布シマス」
「こーいうところは気が利いてるのよねぇ、このゴーレム。フィルくんが設計したって聞いたけど、それも納得ね」
喉元にラリアットを食らって吹っ飛んだアンネローゼに近寄り、ゴーレムは胸元から治癒効果のある霧を噴射する。
一旦訓練を切り上げ、シャワーでも浴びようかとアンネローゼが考えていると……そこに、フィルが姿を現した。
「アンネ様、ちょっといいですか?」
「あら、どうしたの? フィルくん」
「実は、盾の塗装に使う染料が切れちゃいまして。良かったら、買い出しに付き合ってほしいなと思いまして……お邪魔でしたか?」
「そんなことないわ、ちょうど休憩しようと思ってとこなの。少し待ってて、準備してくるから」
「はい、分かりました。じゃあ、リビングルームにいますね」
約束を取り付けた後、シャワーを浴びに向かうアンネローゼを見送るフィル。彼女がいなくなった後、懐からチケットを二枚取り出した。
「よかった、まずは第一段階は達成ですね。全く、ギアーズ博士ったら。いきなりこんなものを寄越してきて……」
前の日の夜、フィルはギアーズからあるものを譲り受けた。ヴェリトン王国の北にある芸術大国、ラストゥール帝国にある劇場の観賞チケットだ。
別の大地からやって来た歌姫二人によるコラボレーションコンサートが開催されるらしく、アンネローゼと一緒に見てきたらいいと言われたのだ。
「ここ最近、アンネ様も頑張ってますし……たまには、ご褒美も必要ですよね。それに……たまにはで、デートもしたいですし」
ブツブツ呟きながら、フィルはリビングへ向かう。それからしばらくして、シャワーを浴び終えたアンネローゼがやって来た。
「お待たせ、フィルくん。じゃ、行きましょっか。今日はどこに行くの?」
「今日はヴェリトン王国の北にある、ラストゥール帝国に行きます。芸術の国ですからね、質のいい染料を買いたいなって」
「ラストゥールかぁ……いいわね、楽しそうじゃない。それじゃあ早速、しゅっぱーつ!」
アンネローゼもノリノリなようで、二人は早速ラストゥール帝国の首都、ギリアンガルへ向かう。芸術の都だけあって、そこかしこにアート作品が展示されている。
「わぁ、面白い街ね。この彫刻の虎、まるで生きてるみたい!」
「僕は何度か来たことがありますけど、来る度に違う作品が展示されていて飽きませんよ。あそこの建物の絵も、前は全然違うものでしたし」
「いいところねー、この街。凄く気に入ったわ」
そこかしこから聞こえてくる賑やかなメロディや町中に描かれた絵を楽しみながら、二人は染料専門の販売店へ向かう。
一通り必要なものを買い終えた後、広場で一休みすることにした。道行く人々を眺めながら、二人は寄り添ってベンチに座る。
「平和ねー。こんな穏やかに過ごすの、なんだか凄い久しぶりに感じるわ」
「無理もないですよ、ここ最近立て続けに色々ありましたから」
「そうねぇ。ブレイズソウルたちをぶっ潰せば、もっと平和を満喫出来るわね。その時が楽しみだわ」
他愛もない話をしつつ、フィルは懐に手を忍ばせる。チケットを取り出し、片方をアンネローゼに渡す。
「あの、アンネ様。実は、この街の劇場でコンサートをやってるんです。もし良かったら、息抜きに観賞しませんか?」
「! それって、デートのお誘い……ってコト!?」
「は、はい。世間一般的には……そうなり、ますね」
思いもしなかったフィルからのお誘いに、アンネローゼは驚き……直後、満面の笑みを浮かべる。嬉しそうにフィルに抱き着き、胸に顔を埋める。
「きゃー! フィルくんから誘われちゃった! ははーん、だから今日は遠出したのね! もー、嬉しいことしてくれるじゃないの! このこのー!」
「ちょ、ま……アンネ様、みんな見てます! は、恥ずかし……ぷしゅー」
「あれ? フィルくん? あ……気絶してる」
あまりの嬉しさに暴走した結果、フィルを気絶させてしまったアンネローゼ。何とか目を覚まさせ、仲良く手を繋いで劇場へ向かう。
「着きましたよ、ここが目的地です」
「わー、大きな劇場ね。お土産コーナーも充実してそうだわ」
「まだ時間がありますし、お土産も見ていきましょうか。チケットをくれたのは博士ですし、お礼に何か買っておきましょうよ」
「そうね、何がいいかしら」
入り口にいた係員にチケットを見せ、入場するフィルたち。コンサートが始まる時間まで、お土産コーナーを見て回ることにした。
しばらくあれこれ見て回った後、お土産に食器セットを購入することにした。もちろん、フィルとアンネローゼの分も。
「ふー、いい買い物が出来たわね。博士もきっと喜んでくれるわ」
「そうですね、僕もそう思い……っと、そろそろ時間ですね。それじゃ、ホールに入りましょうか」
ほくほく顔でお土産コーナーを出た二人は、ホールに入る。二階にあるテラス席に向かい、係員からオペラグラスを貰う。
「楽しみね、コンサート。歌姫……どんな人たちなのかしら」
「どうでしょう、始まってからのお楽しみですね。……あ、始まりますよ!」
仲良く手を恋人繋ぎしながら、開演の時を待つ二人。少しして、幕が開く。壇上には、二人の女性が上がっていた。
片方は、水色のドレスを着た紫色の肌を持つ女性。元気いっぱいに、観客たちに向かって手を振っている。
「みんなー、こーんにちはー! 今日はこのスーパーアイドル、レケレスちゃんとー」
「もう一人の歌姫、イザリーちゃんのコンサートに来てくれてありがとー!」
もう片方の、白いドレスを来た竜人の少女と一緒に自己紹介を行う。名前を聞いた瞬間、フィルは一気に顔を強ばらせた。
「あの二人は……!」
「フィルくん、どうしたの?」
「里にいた頃、長老から聞いたことがあるんです。さっき、レケレスと名乗った方が……ベルドールの魔神の一角だって」
「えっ!? 大丈夫なの? もしフィルくんがいるってバレたら……」
フィルの一言に、アンネローゼは驚く。心配する彼女に、フィルは答えた。
「いえ、多分大丈夫なはずです。舞台からだとここはよく見えませんし、ピンポイントで僕を狙いに来たとは考えづらいですから」
「そっか、それもそうよね。フィルくんがウォーカーの一族だってこと知ってたら、コンサートなんてやってる余裕ないだろうし」
予想外の相手が来たことに驚いたものの、身の危険はないだろうと判断する二人。そのまま、二人の歌姫の織り成すハーモニーを心ゆくまで楽しんだ。
数時間後、コンサートが終わりフィルとアンネローゼは劇場を出る。夕焼けに染まりつつある空を眺めながら、仲良く帰路につく。
「んー、楽しかった! あの二人、まるで違う歌い方なのに凄い調和が取れてたわね」
「そうですね。元気いっぱいでアップテンポなレケレスさんと、静かで落ち着いたイザリーさん……正反対なのに、息がピッタリ合ってて感心しましたよ」
「ふふっ、まるで私たちみたいね! 今日はありがとう、フィルくん。おかげでいい息抜きになったわ」
「それならよかったです。アンネ様、最近根を詰め過ぎでしたから」
広場まで戻ってきたところで、不意にアンネローゼが足を止める。不思議そうにフィルが振り向くと、アンネローゼはその場にしゃがむ。
「フィルくんにお礼、してあげる。まだ唇同士は恥ずかしいから……おでこにだけど」
「わ、ひゃっ!?」
「……ちゅっ」
アンネローゼは顔を近付け、フィルの額にキスをする。顔を真っ赤にするフィルだったが、今回は辛うじて持ちこたえ気絶せずに済んだ。
それだけでなく、今度は……。
「あ、あの! だったら、その……ぼ、僕からも……おでこにキス、していいですか?」
「!!?!??!??!?!!」
「ぼ、僕だけキスしてもらうというのも……不公平かなって。い、嫌なら別に」
「問題ないわ! むしろバッチコイ! ハリーアップ! ギブミーキス!」
驚愕するあまり、顔が面白いことになるアンネローゼ。もじもじするフィルに、受け入れの意思を全力で伝える。
「わ、分かりました。じゃあ……僕からも、キスを」
顔を赤くしながらも、フィルはつま先立ちになりながらアンネローゼの額に口付けをする。恥ずかしさと嬉しさが混ざった笑みを浮かべ、頬をかく。
「えへへ……やっぱり恥ずかしいですけど、こういうのも……悪くないですね」
「#@◐▲◆〒⊿、*/・~☆※」
「ああっ、アンネ様が壊れた!? アンネ様、しっかり! 未知の言語を喋っちゃダメです!」
フィルの方からキスしてくれた喜びと感動で、ついにアンネローゼは壊れた。人間が発生出来ない謎の言語を口にしつつ、立ったまま気絶してしまった。
「……うう、基地に戻ってからにすればよかったですね。キスするの……アンネ様、ちょっと失礼します」
周囲にいた人々の視線が突き刺さる中、フィルはアンネローゼを抱え走り去っていく。その様子を、物陰から眺める者たちがいた。
「レケレスちゃん、あれが例の……」
「うん、多分シュヴァルカイザーの中身だね。詳しい調査をしないと、確証は得られないけど」
「そうね、じっくり調査をしないと。もし、あの男の子がシュヴァルカイザーなら……」
「協力してもらわないとね。ヴァルツァイト・ボーグのお仕置きに」
二人の歌姫、レケレスとイザリーはそんな会話を行う。コンサート中に見せた温和な笑みではなく、戦士の表情を浮かべながら。