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258話─魔魂転写体、強襲

「ウ、グアア……」


「アッハハハハ! いつになったら出てくるかなぁぁ? 楽しみだねぇ、ボク!」


「んっふふふ、そうだねぇ。ああ、早く出てきてもらいたいものだよぉ」


 現実の世界、ルナ・ソサエティ本部……そのエントランス、六人の女たちはいた。うち三人は、ベルティレムの魔魂転写体。


 憂い、歓喜、悦楽の三人の分身。残る三人は、基底時間軸世界から拉致し、洗脳した魔女たちのオリジナル個体。


 テルフェ、ペルローナ、ヘカテリーム。三人の七栄冠のオリジナル個体は、以前拉致されてきたマルガリータのように自我を破壊されている。


「二人とも、静かにしていたまえ。あまりうるさいとタイミングを計り損ねる」


「……」


「……」


「だからといって、急に黙りこくるのはやめなさい。全く、漫才をしているんじゃないんだ、こっちは」


 リーダー格である憂いの君に窘められ、途端に押し黙る歓喜と悦楽の君。極端な二人に肩を竦めながらも、憂いの君の視線は『あるもの』に注がれていた。


 エントランスの受付奥にある、巨大なディスプレイだ。かつては、ソサエティの活動を喧伝するためのプロモーション映像が流されていた。


 だが、現在は何の映像も映し出されることはなく、ただ六人の姿が『鏡のように』映り込んでいるだけ。そこに……。


「いい度胸ね、ここまで乗り込んでくるなんて。全員、焼き尽くしてあげるわ……」


「だーかーらー、人の話聞きなさいよ! オリジナルの個体は、出来る限り助け」


「今だ! 行くぞ二人とも!」


「あっははは! ついに作戦開始だねぇ!」


「んふふ、ずっと待っていたよぅ! この時を!」


「えっ、お前たちなにを……うわっ!?」


 フィル、アンネローゼ、ヘカテリームの三人がディスプレイから身を乗り出した次の瞬間。分身たちが一斉に飛びかかり、向こう側に押し戻す。


 それだけではない。フィルたちを利用して、無理矢理鏡の世界に侵入しようとしているのだ。


「あっ! やっと思い出せた……憂いの君ね、アンタが!」


「やあ、久しぶりだね。テルフェを始末してくれてありがとう、あの魔道具は役に立ったろう?」


「図々しいことを! このっ……って力つよっ!?」


「ムダだよ、私はこう見えて魔魂転写体の中で最高の腕力を持つんだ。では、共に戻ろうか。鏡の世界にね!」


「ちょ……きゃあっ!」


 青い仮面を見た瞬間、憂いの君のことを思い出したアンネローゼ。侵入を阻止しようとするも、逆に力負けして押し込まれてしまった。


 残るフィルとヘカテリームは、どうにか耐えて歓喜と悦楽の君をその場に押し留めることに成功する。急いで鏡の世界に戻りたいが……。


「んふふふ、阻止されちゃったねぇ。ま、いいさぁ。なら、君たちを始末して……仲間から呼ばれるのを待つだけだからねぇ!」


「そういうこと! ボクたちを押し留めても、問題は解決してないんだなぁ! あっははは!」


「……そう。だったら、早急に消し炭にしないとね。フィル、といったかしら」


「なんでしょう、ヘカテリームさん」


「主張を変える気は無いけれど、流石に五人を一人で相手するのは疲れるわ。だから、オリジナル三人はそっちに任せる。……殺さずに無力化してみなさい。それが出来たら、手を出さないから」


「! はい、分かりました!」


 どうにか二人の鏡の世界への侵入は防げたが、憂いの君が入り込んでしまっているため根本的な解決にはなっていない。


 急いで敵を倒し、鏡の中に戻る必要がある。ヘカテリームはそうフィルに告げた後、手のひらをかざし小さな火球を作り出す。


「裏切り者の分身たちよ。喜びなさい、一瞬の苦しみと引き換えに……永劫の死を与えてあげる。灰となって私の目の前から消えなさい!」


「んっふふ、危ない危ない。危うく当たるところだったよぅ」


「遊んでくれるのかい? あははっ! いいねえ、そうこなくっちゃ面白くないよ!」


「フィル、行きなさい! こっちは任せて、貴方はのこりの者たちを!」


「はい!」


 ヘカテリームが分身コンビに突撃する中、フィルはディスプレイから離れた場所にいる三人の女たちの元へと向かう。


 その内の一人、赤い貫頭衣と黒いサンダルを身に着けた、茶髪の女がふらふらと動き出す。目の焦点は合っておらず、理性を感じられない。


「ウウ、ア……グ、ギ……」


「可哀想に、無理矢理操られて……でも大丈夫ですよ。あなたを必ず、正気に戻してあげますから」


「あっははは! いいねぇ、いいこと言うじゃないの! じゃ、ペルローナのオリジナル……リアネスを倒しあ゛っ゛つ゛ぅ゛!!」


「どこを見ているのかしら? 貴女の相手は私。よそ見してたら、あっという間に丸焼けよ?」


 かつてイレーナたちが倒した七栄冠、『獣奏』の魔女ペルローナのオリジナル個体……リアネス。一番手は彼女のようだ。


 戦いを長引かせるためか、一人ずつフィルの相手をするつもりらしい。残りの二人は大きく跳躍し、天井にある照明にぶら下がる。


 歓喜の君がケラケラ笑いながら話していると、顔面にバレーボールサイズの火球が叩き込まれる。衛星のようにいくつもの火球を自分の周りを回らせつつ、ヘカテリームは笑う。


「うわ、いたそ……なんて言ってる場合じゃない! 早く全員倒さないと……時間がありません! 武装展開、漆黒(シュヴァルツ)の刃(シュヴェルト)!」


「ウウ……コロ、ス……!」


 フィルが武器を呼び出すと、リアネスも手を前方に伸ばし武器を顕現させる。現れたのは、カラスの頭部を模した黒い大鎌だった。


「なるほど、得物は鎌ですか……リーチもありますし、なかなか厄介ですね」


「オマ、エ……タオ、ス!」


「悪いですけど、こっちは時間が無いんです。なので……申し訳ありませんが、手早く終わらせてもらいますよ!」


 大鎌を振りかぶり、走り出すリアネス。しかし、正気であるならともかく……理性を失った操り人形状態でフィルに勝とうなど、まず無理な話。


 あっさりと鎌を避けられて懐に飛び込まれた挙げ句、腹に峰打ちを食らってあっさりと轟沈させられることになったのだった。


「ウ、グ……」


「すみません、後で手当てしますからね! さあ、次です! かかってきなさーい!」


「……ふぅん。七栄冠たちを倒してきただけあって、実力はあるようね。ま、相手が弱すぎるからあまり強さの指標には……おっと」


「ふむん、よそ見しながらでもこっちの攻撃を避けるとはねぇ。流石、七栄冠最強を誇るだけはあるよぅ。んふふふふ」


「お黙りなさい、汚らしい分身たち。ここが屋外で私とお前たちだけなら、容赦なく熱波で燃やしてあげるのだけれどね……全く、面倒だわ」


 ヘカテリームの方は、二対一でありながら優位に戦いを進めていた。フィルたちとの距離、数メートルの間隔を完璧に死守している。


 一歩たりとも二人の魔魂転写体をフィルに近付けさせず、逆に敵の誘いに乗って必要以上に距離を詰めたりもしない。


「あっははは! 楽しいねぇ、楽しいよお! でも、ちんたらしてる余裕は君にないよね? だって急がないと、憂いがぜーんぶ終わらせちゃうからね! それっ、エスクレスブレード!」


「終わらせる? バカを言わないで、いくらベルティレムの分身とはいえ……一人で出来ることなど、タカが知れているわ! フレアディースキャノン!」


「っとぉ、危ない危ない! あっははは!」


 歓喜の君は魔法で呼び出した剣を振るい、ヘカテリームを攻撃する。舞うような華麗な動作で避けた後、お返しとばかりに火球を放つ。


 が、こちらも相手に避けられてしまった。短期決着をつけねばならないが、だからといって焦っては相手の思うツボ。


 炎の如き闘志を燃やしつつも、ヘカテリームの心と頭脳は氷のような冷徹さと冷静さを維持していた。


「……少しギアを上げていきましょう。あまり時間をかけるわけにはいかないものね」


 ルナ・ソサエティ本部での戦いは、どちらが勝つのか……それはまだ、誰にも分からない。

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― 新着の感想 ―
[一言] 最終決戦手前で雰囲気悪いけど無駄な犠牲は出したくないのは味方も敵もだけど(ʘᗩʘ’) 向こうが死兵でくるだけに下手に手間取ると自爆特攻してくるぞ(≧Д≦)
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