256話─かつての敵は今の友
「……いや、驚きました。まさか貴女がこちら側に渡ってくるとはね。……もう一人のぼくを守る者、マーヤ」
「お恥ずかしいことです。私は本来、世界を守るために自害しなければならなかったのに。こうして、クウィンのオリジナルである貴方に頼ってしまった……」
カルゥ=オルセナ、鏡の中の世界。絶海の孤島にある城に、二人の男女がいた。片方は、封印の御子の片割れクルヴァ。
そしてもう片方は、魔女連合及びベルティレム一派が行方を捜しているマーヤだ。イゼルヴィアが崩壊した後、彼女はオルセナに渡った。
裏切り者であるベルティレムに、鏡の世界に入る魔法を奪われないように。本来、彼女は人知れず自害するつもりだったが……。
「そう嘆くこともないよ。命を粗末にしてはいけないんだ、生き延びたことには何かしら意味がある。そう思って頑張ろうよ、ね?」
「……そう、ですね。ならばこの老いぼれを、精魂果てるまで酷使してください。貴方の計画を成就させるため、この命と力を使いましょう」
「ありがとう、マーヤ。……リーファ、情勢は変化したかな?」
自害する決断を下せず、結局クルヴァを尋ね匿ってもらっていたのだ。そのことを恥じるマーヤを慰めつつ、少年は従者を呼ぶ。
「はい、カルゥ=オルセナから複数の生命反応が消失しました。恐らく、向こう側に拉致されたかと」
「……状況は悪化するばかり、か。どうにかして、世界の壁を越えて団結出来ればいいんだけど……そうすれば、ぼくの計画を実行に移してミカボシを滅ぼせるのに」
カルゥ=オルセナとイゼルヴィア。二つの大地を行き来するのは簡単なことではない。ウォーカーの力を使えるのは二人しかおらず、世界再構築不全は魔女しか使えない。
オルセナ側の人材で、二つの大地を自在に移動出来るのはフィルだけ。この状況を打破出来なければ、逆転は不可能に近い。
「……考えてても仕方ないか。リーファ、とりあえずシュヴァルカイザーの仲間に連絡しよう。マーヤを保護してることを伝えないと」
「よろしいのですか? これまでは敵対者によるインシデントを防ぐため、出来る限り干渉を避けていましたが……」
「もうそんなことを言ってる場合じゃない。ぼくやクウィンが健在な今でも、少しずミカボシの目覚めが近付いてる。動く時が来たんだよ、リーファ。ぼくたちにしか出来ない仕事を果たす時が」
「かしこまりました、クルヴァ様がそうおっしゃられるのなら。ただちに向こうに出入り口を作ります、少しお待ちください」
主の真摯な言葉を受け、リーファは頷く。今行動に移らねば、二つの大地は滅びる。それだけは、なんとしても避けねばならないのだ。
「門を開きました、クルヴァ様。早速参りましょう」
「では、私も共に。かの大地の者らには、謝罪をしなければなりませんから」
「亡命してきてる人たちにも、だね。さ、行こう。作戦会議してるみたいだし、ぼくらも混ざろうよ」
ついに、オルセナ側の封印の御子も重い腰を上げ動き始めた。一方、フィルたちはというと……。
「ふう、こんなものですかね。これだけ医薬品を集めれば、当分はなんとかなるでしょう」
「そうね、ケモノどもの駆除も進められたし。今日はもう帰って、ゆっくり休みましょ」
一休みしたフィルとアンネローゼは、鏡を経由して各地の病院を回っていた。やれる時にやっておこう、と追加で薬や包帯等の医療品の回収に乗り出したのだ。
時刻はすでに夕方、そろそろ夜の闇が降りてこようとしている。これ以上の活動は危険と、鏡の中に戻ろうとしたその時。
「! アンネ様、何か来ます。新手のケモノか、ベルティレムの分身か……」
「いえ、違うわ。この気配……奴よ!」
廃墟同然となった病院の屋上で小休憩していたフィルたち。そろそろ帰ろうか……というところで、何者かの接近を感知する。
感じ取った気配は、懐かしくも憎たらしい知古の存在のモノ。彼らの前に降り立ったのは……。
「しばらくぶりですね、ヴァルツァイト・ボーグ。いえ、今はネオボーグでしたっけ? まさかそっちから会いに来るとは思いませんでしたよ」
「いい根性ね、今度という今度は徹底的にぶっ壊してあげる。さあ、覚悟し……!? ちょ、ちょっと。なんで土下座なんかしてるのよ!?」
「……今更ニなって、何を身勝手ナことを。そう罵倒シてくレて構わナい。だが、まずハ君たちニ謝りたい。これマでの悪行の数々、本当に……済まなカった」
舞い降りた仇敵を前に、フィルとアンネローゼは身構える。いざ、再びの決戦……と思いきや。ネオボーグが取った行動は謝罪だった。
「な、なんですかいきなり。本当に今更……何の真似なんですか」
「ベルティレムは、この大地だケでなくカルゥ=オルセナをモ滅ぼそうトしてイる。奴はもウ正気でハない。奴に味方スる合理的ナ理由ハ消失しタ」
「……待って、それ本当? アイツ、いよいよトチ狂ってきてるのね。でも、アンタ自分が許してもらえると本気で思ってるわけ?」
「思ってハいない。故に、私ヲここで破壊シてくれテも構わナい。私が機能停止スれば、ベルティレムの作戦ニ少なくナい支障ガ出るダろう。そうナれば、お前たチの勝利が一歩近付ク。そのタめに破壊サれるコとが罪滅ぼしニなるノなら、喜んデ破壊されヨう」
これまでとは明らかに違う、良心の呵責を感じているのだろう言動をするネオボーグに戸惑うフィルとアンネローゼ。
本当に信じていいのか。自分たちを油断させ、騙し討ちにするための作戦なのではないか。疑心が二人の中に膨らみ、ぐるぐる渦を巻く。
「そう。そこまで言うなら、アンタをぶっ壊す。立ちなさい、ほら」
「……こうデいいカ?」
「ええ、そのまま動かないで。ハッ!」
アンネローゼは槍を顕現させ、棒立ちしているネオボーグの右腕を突く根元から腕をもぎ取り、次いで左腕を破壊する。
さらに両翼、両脚、モノアイと順番に淡々と壊していく。フィルが静観する中、ネオボーグは何もしなかった。
「後はコアを貫けば、アンタはまた死ぬわけだけど。いいの? 抵抗しなくて。ま、しようにももう無理なわけだけど」
「よい。言ったダろう、私ガ壊さレることで罪滅ぼしニなるのナら。喜んデそれヲ受け入れるとナ」
「……そう。分かったわ」
ネオボーグに最後の問いかけをした後、アンネローゼは槍をゆっくりと後ろに引いていく。もはや何も見えない死の天使は、静かに処刑が執行されるのを待つ。だが……。
「なら、私はアンタを壊さない。本当に改心したってんなら、キリキリ働きなさいよ。ま、とりあえず私からはこれで手打ちってことにしとくから」
「しとくから、ではありませんよ。それならせめて、両腕だけにしてください。これ全部運んで修理するの、大変なんですからね?」
アンネローゼは槍を投げ捨て、そう口にした。彼女は賭けてみることにしたのだ。これだけの覚悟を示したネオボーグが、真に更生したと。
誇らしげにそう言ったものの、ジト目のフィルにボヤかれ途端にしどろもどろになる。言い訳を始める姿に、直前までの格好良さはない。
「だ、だってしょうがないじゃない! まさかここまで無抵抗だと思わなかったんだもん! それで、どこまでやってもいいのかなーって冒険しちゃって……」
「冒険しちゃって、じゃありませんよ! ここまで壊しちゃったら、修理するのにかなりの時間と資材が……」
「……ク、ククク。ハーッハハハハ! 全く、お前タちというモのは。こうニも緊張感のナいやりとりヲされるト、こちらマで拍子抜けスるといウものだ」
フィルに叱られ、しょげ返るアンネローゼ。そんなやりとりを聞いていたネオボーグは、大笑いする。
「修理に関してハ心配スるな。コアさえ無事ナら、ある程度ハ自己修復ガ可能ダ」
「だってさ、フィルくん。よかったわね、そこまで心配しなくても良さそうよ」
「全く、調子いいんですから。……ネオボーグ、一つだけ忠告しておきます。鏡の世界には、お前を心から信用する者は一人もいません。どんな意図があるにせよ、怪しい行動を取れば……即座に破壊しますからね」
「あア、それデいい。ほんノ少しの間だケだが、私も共に戦オう。悲劇の果てニ狂気に染まった魔女ヲ止めルためニな」
この瞬間、フィルたちとネオボーグの間に和解が成立した。強力な仲間を迎え入れ、フィルたちは本格的に動き出す。
ベルティレム、そして復活を遂げつつあるミカボシへの逆襲に向けて。




