254話─合流、それから
一通り必要なものを手に入れ、帰還を果たしたフィルたち。続いては、ローグへの尋問を行うターンだ。
「……で、なんであんたは! 自分の治療ほっぽり出して! イゼルヴィアに戻ってきてるわけ~!?」
「ぐおおおお!! 待てギブギブギブギブギブ! 頭が、頭が割れうぐああああ!!!」
クウィンたちが使っている鏡の世界のソサエティ本部、地下四階。そこには、拷問部屋と呼ばれる場所がある。
ルナ・ソサエティに敵対する人物や、内部に入り込んだスパイへの尋問等を行うための部屋だ。その部屋にて、ローグがアンネローゼにヘッドロックされていた。
「だったら話しなさいよ! なんでアンタこっちにいるのよ!」
「はあ、はあ……本当に死ぬかと思ったぞてめぇ。まあいいや、またシバかれねぇ内に話すとするか。実はだな……」
懇願の末、ようやくヘッドロックから解放されたローグ。息も絶え絶えながら、何故怪我を押して故郷に帰ってきたのか説明する。
「いても立ってもいられなかったんだよ、あの薄気味悪い仮面野郎とオレのオリジナルに出し抜かれて。このままだと、取り返しのつかないことが起きる予感がしたんだ」
「それで、傷が開くリスクを承知の上で戻ってきたというわけですね?」
「ああ。だが、案外問題はなかったぜ? あのメディカルマシンのおかげで、治癒魔力が活性化してな。ほぼ治ったよ、すぐにな」
部屋の隅でアンネローゼによる『尋問』を静観していたフィルは、ぐったりして床に崩れ落ちているローグに近付き問う。
下手をすれば命を落としかねないというのに、それを理解した上で舞い戻ったのかと。その問いかけに、ローグは肯定の意を示す。
「あのね、だからって勝手な真似は……」
「まあ、いいでしょう。過ぎたことをいつまでもうだうだ言っても、建設的な話には繋がりませんから。それで、こっちで何をしてたんです?」
「ああ、聞いて驚け。運良くヘカテリームと合流してな、オルセナに生存者たちを逃がしたんだよ」
お小言を口にしようとするアンネローゼを制止し、フィルは話題を変える。イゼルヴィアに戻ったはいいものの、何をしていたのか。
そう問われたローグは、自信満々にこれまでの経緯を話して聞かせる。ミカボシの落とし子に追われ、偶然へかテリーム率いる生存者の一団と会ったこと。
食料も物資もじわじわと減り続け、精神的に参っている彼らをオルセナに亡命させたこと。それらを総べて打ち明けた。
「なるほど……それはいいアイデアですよ、よくやってくれましたローグ」
「でも、博士たち驚かなかった? いきなり亡命してきた人たち見て」
「まあ、多少騒動はあったがよ。事情を話したら、事態が収束するまで面倒見てくれることになったぜ。まあ、あのジジイに散々怒られたがな。オレが」
「そりゃそうですよ……勝手にいなくなるわ亡命者たちを連れてくるわ、誰でも怒りますって」
ヘカテリームたちを連れてシュヴァルカイザーの基地に戻った結果、ギアーズらと何かあったらしい。最終的には亡命者たちを受け入れてもらえたようだ。
「ああ、そうそう。ヘカテリームはこっちに戻る予定だとさ。カーリーっつう従者の安全が確保出来たから、本格的に仲間を探して合流するってよ」
「おっけー、分かった。じゃ、マルカたちに伝えてくるわ。今は一人でも多く戦力が欲しいしね」
「ええ、そうしてもらえると助かります。……ところで、ローグ。なんであの病院にベストタイミングで来たんです?」
いつ破られるか分からない一時の平穏を脱し、カーリーたちを安全地帯に送れたヘカテリーム。一旦休息を取ってから、イゼルヴィアに戻るとのことだった。
そのことをマルカやジェディンたち伝えに、アンネローゼは拷問部屋を後にする。その少し後、フィルが新たな質問をした。
「ああ、こっちもこっちで薬が入り用になってな。ミゼー大学病院ならなんとかなるだろ、って取りに行ったらベルティレムの分身の気配を感じ取ってな。大急ぎで向かったら……」
「ちょうど僕たちが激情の君と戦おうとしてた場面に出会した、と」
「そういうこった。真正面から相手してやるのもバカらしいからな、後ろからこう……キュッと絞めてやったわけだ、首をな」
偶然に偶然が重なり、フィルたちとローグは病院にて再会出来たということのようだ。とりあえず聞きたいことは聞き終えたフィルだが……。
「んじゃ、次はオレに質問させてくれ。鏡の中の世界にマーヤは来てるか?」
「いえ、まだ来ていません。というより、生死不明の状態なんです。イゼルヴィアで異変が起きてからずっと」
「おいおい、マジかよ。まずいぞ、それは。マーヤは魔女の中で唯一、鏡の世界にアクセスする魔法が使えるんだ。もし敵の手に落ちたら……」
「……大変なことになりますね。大量にミカボシの落とし子を送り込まれたら、こっちも阿鼻叫喚の地獄になってしまいます」
ローグに問われ、マーヤは行方どころか生死すら不明な状態にいることを伝えるフィル。ローグの指摘を受けて、フィルは考え込む。
これまではそんな余裕がなかったが、今は違う。彼女が生きているのか、それとも死んでいるのかを確かめねばならない。
「ま、ミカボシの落とし子がこっちに侵入してねえってことはまだとっ捕まってねえってことだろ。もしくは、魔法を奪われないように自害したか……」
「そんな! いくらベルティレムの野望を阻止するためだからって、命を捨てなくても……」
「ああ待て待て、早とちりすんな。今のはあくまでオレの憶測だ、実際どっかに潜伏してんのか、それともくたばっちまったのか……捜索隊を結成して、確かめねえとな」
医薬品を手に入れ、サラの両目の治療が出来るようになった。ゆえに、フィルたちは次のステップに進まねばならない。
すなわち、マーヤの捜索とミカボシの落とし子たちの駆除。そして、全ての黒幕であるベルティレムと彼女の分身たちの討伐だ。
「そうですね、ただ……正直、今日はもう休みたい気分ですね。いろいろと気を張り詰めてたので……」
「ま、仕方ねえわな。いいさ、お前らは休んでな。オレはまだ元気が有り余ってるからよ、ちょっくらマーヤ捜索に出てくるぜ」
「ええっ!? いくらローグでも、単独で行くなんて無茶ですよ! せめて、あと数人仲間を募ってから……」
「仕方ねえな。ま、一人だと万が一ベルティレムの分身どもと鉢合わせした時にまーたしてやられちまうからなぁ。しゃあねえ、だれかツレを探すか」
生憎、ケモノたちとの戦いやベルティレムの過去を知らされたりと心身共に疲労が溜まったフィルでは、捜索に付き合うパワーがなかった。
仕方なく一人で行こうとするローグだったが、フィルに説得されて思いとどまることに。実際、以前単独で敵と鉢合わせしやられている。
もう同じ轍を踏むわけにはいかない。前回は運良く助かったが、幸運が二度も続くことはまずない……ローグの直感が、そう告げていたのだ。
「とりあえず、協力してくれる奴を探すところから始めて……ダメだな、今日中に出発出来ねえかも」
「無理に急ぐ必要はないと思いますよ。急いては事をし損じる、と言いますし。焦りは禁物、万全の態勢を整えて臨みましょう」
「だな、そうするわ。とにかく、まずは仲間捜しだ。じゃあな、ゆっくり休んどけよな、フィル」
マーヤ捜索隊結成のため、ローグも拷問部屋を出て行く。最後に残ったフィルも、身体を休めるため外に出た。
「ふう……これからより一層、忙しくなりそうですね。しっかり気張っていかないと。この大地を救うためにも……」
そう呟きながら、イレーナたちのところに向かうのだった。




