253話─復讐の是非
「そうして、我が本体はこの男からウォーカーの力を継承した。そして、すかさず並行世界に退避し……そこからスラムの外へ戻って生き延びた」
「マジかよ……ウォーカーの民を殲滅するためだけに、丸々一つスラムを潰した? 正気じゃねえよ、当時のソサエティは」
「これは……流石に、僕も同情を禁じ得ません……」
明らかになった、ベルティレムの過去。あまりにも凄惨な、悲劇を味わっていたのだ。たった一人の家族を奪われた彼女に残ったのは……憎しみだけ。
愛する弟を理不尽に奪ったルナ・ソサエティに対する、強い復讐心。周囲の景色が元に戻っていく中、激情の君は問う。
「この過去を知ってなお、貴様ら二人は我らを止めるつもりか? フィル、アンネローゼ。これは正統な復讐だ! それを止める権利が、外野である貴様らにあるのか!?」
「そう言われたら……そうね、あるとは言えないと思うわ。アンタたちがこんなことをしてなければ、だけど」
「なんだと?」
「激情の君と言いましたね。あなたは気が付いていないようですから、教えてあげます。今のあなたたちがしているのは、かつてソサエティがやったのと同じことなんですよ」
基底時間軸世界の存在であるアンネローゼたちが、この復讐譚を妨害する権利があるのか。そう問われ、二人は返事をする。
「かつてのソサエティは、ウォーカーの一族を根絶するために無関係な人たちを大勢殺した。それは許せないし、その被害者であるアンタが魔女を憎むのは分かる」
「ですが! 今のあなたは、復讐を盾にソサエティと無関係な人たちまで巻き込み多くの命を奪っている! それではダメなんです、歴史を繰り返しているだけに過ぎない!」
「お前ら……へっ、言うじゃねえかよ」
ベルティレムが最初からルナ・ソサエティだけを狙い、魔女たちへの復讐を行うだけだったらフィルたちも邪魔はしなかっただろう。
だが、彼女とその分身たちは超えてはならない一線を越えてしまった。ソサエティと関係ない一般市民やレジスタンスをも虐殺したのだ。
それでは、三千年前のソサエティが行った非道な行いと何も変わらない。そこに復讐の大義は生まれず、ただの虐殺者にしかなれない。
「……そうか。あくまでも、貴様らは我々の邪魔をするスタンスを変えない。そういうことなんだな?」
「もちろんよ。アンタらを止めて、ミカボシの復活を阻止させてもらうわ!」
「ソサエティがどうなろうと知ったことじゃありませんが、この大地に生きる無辜の民の幸福を、命を奪うことは許さない! それが僕たちの答えです!」
「なるほどな。なら……その答えを提示したこと、死をもって償わせてやる。我が業火の如き怒りを味わうがいい!」
もはや言葉は不要。そう言わんばかりに、激情の君は殺気と魔力を放出する。元の病院前の広場に戻ったフィルたちは、戦いに備え身構える。
「やる気だな、あいつ。二人とも、手ぇ抜くんじゃねえぞ。あいつは三人がかりでも倒せるか分からねえ、未知の強敵だからな」
「分かってるわよ、そんなこと。グングニルかゲヘナ、好きな方の錆にしてやるわよ!」
「負けるわけにはいきません。彼女を倒しましょう!」
全身から噴き出す魔力を炎に変え、激情の君は一歩ずつフィルたちに近寄っていく。ついに、彼らの激闘が始まる。
そう思っていたが、異変が起きる。激情の君の背後に、二つの空間の歪みが現れた。そこから……。
「来い、矮小な反逆者ども! 我が闘争の炎は、揺らぐことも消えることも──!? ぐっ、があっ!?」
「おーっと、大人しく絞め殺されな! これ以上、てめぇらに好き勝手やらせるつもりはねえんだよ!」
「ローグ!? なんでアンタこっちにいんのよ、博士たちのところで治療されてたんじゃないの!?」
「そいつは……ぐっ、あっつ! 後で説明する! それよりこっち来て手伝え、こいつがロープから抜け出ねえように抑え付けろ!」
ロープを持った何者かの両腕が伸び、素早く激情の君の首に縄が巻き付けられる。すかさずロープがキツく締まり、ダメージを与えていく。
次いで三つ目の空間の歪みが現れ、そこからローグが顔を出した。予想外の存在の出現に、思わずすっとんきょうな声をあげるアンネローゼ。
激情の君は窒息を逃れようと、ジタバタ暴れたり炎を噴き出してローグを妨害しようとする。が、ロープが燃える気配はない。
「ああもう、仕方ないわね! フィルくん、マルカ、あいつを絞めるわよ!」
「え、ええ……? いいんでしょうか、こんなアレなことして……」
「なんだっていいだろ、あの仮面野郎を倒せば確実に敵の勢いを削げんだからよ! 二人とも遅れんな!」
とりあえず、ローグの要請に従い激情の君の手足を抑えにかかるアンネローゼたち。フィルは納得していなかったが、実際この方法が一番いいやり方なのだ。
下手に戦って病院が吹っ飛ぶようなことになれば、これまでの苦労が水の泡になってしまうのだから。
「ぐ、あ、かはっ……! ムダ、だぞ……本体がある限り……我々は、何度で、も……う、ぐっ」
「……はあ、やっとくたばりやがったか。まるまる十分首絞めてやっと死ぬとか、どうなってんだこいつの頑丈さは」
それから十分ほど首を絞め続け、ようやく激情の君を窒息死させることが出来た。全員程度の差はあれ、火傷を負ってしまった。
もっとも、それくらいであれば治癒魔法や病院にある薬でどうとでも出来るのだが。とにもかくにも、脅威の排除は成った。
後は、サラの目を治療出来る薬を確保するのみ……。
「よーし、早速しゅっぱ」
「ちょっと待った! なんでアンタイゼルヴィアに戻ってるのよ! おとなしく治療受けろってフィルくんに言われたでしょーが!」
「うがががががが!!! ギブ、ギバーップ! 折れる、腕が折れる!」
「っさいわね、ヒトには骨が二百本以上あるのよ! 一本粉みじんになるくらいでピーピー喚くんじゃないわよみっともない!」
「へし折る以上のことしようとしてんじゃ……おああああああ!!」
……とはいかなかった。さりげなーく一行に混ざろうとするもそうは問屋が卸さず、アンネローゼにコブラツイストされるローグ。
危うく全身の骨を粉末にされそうになるも、その前に洗いざらい白状することに。話を聞き終え、フィルは呆れてしまう。
「イゼルヴィアの状況が心配だからって、無茶はダメですよローグ。傷が開いたら、本当洒落にならないんですからね?」
「ってて……アンネローゼのせいで、本当に開くとこだったがな。ま、反省はするけどよ」
「ったく、本当に神出鬼没なのな、お前。そりゃ警備部隊が捕まえらんねえわけだわ。……で、お前こっちで何やってたんだ?」
「それを説明すんのは、お前らの用事が終わってからにしようぜ。病院に来てるってことは、薬か何かが要るんだろ?」
一通りお仕置きが終わったところで、何故ローグがいいタイミングで駆け付けたのかを問うマルカ。それに対し、まずは目的達成が先と真っ当な反論が返ってきた。
ひとまずローグの言葉に従い、激情の君の死体を放置して病院の中に入る一行。中に保管されていた薬を片っ端から鏡の世界に送る。
「っし、こんなもんでいいだろ。失明回復薬も確保出来たし、上々の成果だな!」
「ホントね、途中ヤバかったけどなんとかなってよかったわ。それじゃ、帰りましょうか」
「ええ、そうしましょう。早くサラさんの目を治してあげたいですしね」
病院内に設置されている鏡を使い、四人は反転する世界に帰っていった。魔女たちの中途撤退、激情の君の襲撃を乗り越え……無事、任務を達成したのだった。




