26話─エージェントたちの企み
「う……何だか、頭が痛い……。それに、何だか身体が軽いような……」
一方その頃、エルハイネン城の地下牢に押し込められていたカストルが目を覚ました。激しい頭の痛みに顔をしかめながら、身体を起こそうとする。
が、即座に彼は違和感を覚えた。首から下の感覚が全くないのだ。というより、首から下の肉体そのものが完全になくなっていた。
「な……なんだ、何なんだこれは!? 俺の、俺の身体がぁぁぁぁぁ!!!」
「あら、お目覚めね。おはよう、カストル王子。いい夢は見られたかしら?」
「メルクレア……お前、俺に何をした? 俺の身体をどこにやった! というか……それ以前に、何で俺は生きてられるんだ!?」
パニックに陥りかけていたカストルの元に、メルクレアことテンプテーションが姿を現す。かつての恋人に、カストルは問う。
「教えてあげるわ。あなたがあんまりにも役に立たないから、『ガワ』だけ貰って脳みそは捨てることにしたのよ」
「なん、だと?」
「まだ準備が出来ていないからオットーを殺すな、って言ったのに無視するような人はいらないのよ。カンパニーの計画にはね」
「ぐっ……」
メルクレアのごもっともな言葉に、カストルは何も言い返せない。そんな彼を見下ろしながら、嬉々として悪女は語る。
「まあ、それでもただ殺すのは資源のムダだから。手術で脳を取り出して、元とそっくり同じに作ったキカイの頭部に入れてあげたわ。感謝しなさい? 最後に一働き出来るんですもの」
「な、なんだ? 俺に何をやらせるつもりだ? それに、俺の元の身体をどうするつもりだ!」
「決まっている、我々に忠実な傀儡として玉座に収まってもらうのだ。そうすれば、事実上この国はカンパニーの物となるからな」
カストルが喚く中、ブレイズソウルも姿を見せる。反抗する可能性のあるカストルを排除し、偽物を擁立して国を奪うつもりなのだ。
それを知ったカストルは、歯ぎしりしながらブレイズソウルたちを睨み付ける。だが、今更どう足掻いたところで手遅れ。そもそも、足はもう無い。
「ふざけたことを……! あれだけ協力してやったというのに、あっさり捨てるのか!」
「フン、我らの言うことを聞かない者など不要なのだよ。だが、そうだな……今後のお前の働き次第では、身体を返してやらんこともない」
「なに!? それは本当か!」
「ああ、お前に戦闘用のキカイの身体を与える。それで上手くシュヴァルカイザーを……ん?」
ブレイズソウルが話していると、慌ただしい足音が近付いてくる。勢いよく扉が開け放たれ、キックホッパーが姿を現した。
「たいへんたいへん! ラグズラズ侵攻部隊が、シュヴァルカイザーとホロウなんとかにやられちゃったよ!」
「チッ、奴め……! バルーゼはどうした、破壊されたのか?」
「うん。回収した残骸のメモリーを解析したけど、ホロウ何とかに負けて機能停止したみたい」
カストルそっちのけで、キックホッパーによる敗戦報告が行われる。一度ホロウバルキリーを瞬殺したブレイズソウルとしては、驚きを隠せないようだ。
実力者として高く買っていたバルーゼをホロウバルキリーに撃破されてしまったことを、にわかには信じられないらしい。
「何だと……? バカな、奴にそれだけの実力があるわけがない。私の蹴り一発で戦闘不能になるような奴なのだぞ」
「そうやって侮るのは良くないわよ、ブレイズソウル。男子三日会わざれば刮目して見よ、って言うでしょ? まあ、ホロウバルキリーの中身が男かは分か……ちょっと、どこ行くの?」
メルクレアが話している途中で、ブレイズソウルは部屋の外に向かって歩き出す。呼び止められると、振り返ることなく答えた。
「ホロウバルキリーを始末する準備だ。あの時奴を始末しておけば、こうはならなかった。その失態の挽回に行く。それだけのこと」
「はいはーい、んじゃわっちも行くー! 今度こそシュヴァルカイザーのどたまをパッカーン! してやるのだー!」
「十日後に、もう一度ラグズラズを襲撃する。その時に、今度こそ奴を仕留めるのだ。特務エージェントの誇りにかけてな」
以前の敗北のリベンジを果たすべく、キックホッパーも同行することを決めた。二人揃って部屋を出て行く中、ブレイズソウルはメルクレアに告げる。
「お前は残れ、テンプテーション。万一我々が敗れ、戦死した時に備えてな。その時は、後任への引き継ぎを頼むぞ」
「仕方ないわね、分かったわ。まあ、あなたたち二人が揃ってれば負けることはないと思うけど」
「分かんないよー? そーいう発言、結構フラグだったりするんだよにー」
「……私が言うのもなんだが、あまり不吉なことを言うなキックホッパー」
そんな会話をした後、二人は部屋を去って行った。直後、すっか利置いてきぼりにされていたカストルが喚き始める。
「おい! いつまで俺を放置するつもりなんだ! 早く身体を寄こせ! 俺もあいつらと一緒に」
「はいはい、うるさいからちょっと黙ってましょうねー。催眠スプレー発射!」
「うわ、何をスヤァ……」
即効性の催眠スプレーを噴霧され、カストルはたちまちねんねしてしまう。カストルの生首を掴み、防音仕様のケースに仕舞うメルクレア。
丹念にケースの蓋をガムテープで密封し、部屋の隅にゴーシュートした。可燃性ゴミを視界の外に追いやり、んーと伸びをする。
「これでよし、と。さて、一旦暗域に戻らないとね。あのバカのためのボディを作らないと。本当、面倒くさいわね……全く」
ブツブツ愚痴をこぼしながら、メルクレアも部屋を出て行く。後には、カストルの生首が納められた箱だけが残されたのだった。
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「ふあぁ~。んー、よく寝た。さ、今日は一日特訓特訓特訓の特訓三昧よ! 頑張らなきゃね!」
翌日の朝。宿敵たちがついに動き始めたことなど露知らず、アンネローゼは爽やかな目覚めを迎えていた。運動用のウェアに着替え、キッチンに降りる。
「博士、おはよー」
「おお、アンネローゼか。おはよう、よく眠れたかの?」
「ええ、昨日は動き回って疲れたからもうバッチリ! ……ところで、フィルくんは?」
キッチンに降りると、すでに起きていたギアーズがいた。つよいこころ軍団が集めてきた各国の新聞に目を通しながら、朝の挨拶をする。
挨拶をした後、アンネローゼはまだフィルが来ていないことに気付く。まだ寝ているのかもしれないと思い、博士に尋ねると……。
「ああ、フィルなら夜中までラボで作業しておったのを見たぞ。もしかしたら、寝落ちしとるかもしれん。済まんが、様子を見てきてくれんか?」
「はーい、じゃちょっと行ってくるわ」
そう言い残し、アンネローゼはラボへ向かう。結果、ギアーズの言った通りフィルがいた。盾の改造をしている最中に寝てしまったようで、机に突っ伏している。
「あ、いたいた。フィルくん、こんなところで寝てちゃダメよ。風邪引いちゃうわ」
「すう……むにゃむにゃ」
「ダメね、起きる気配がまるでないわ。困ったわね、私お菓子しか作れないんだけど……」
フィルの身体を揺さぶり、起こそうとするアンネローゼ。が、熟睡しているフィルはまるで起きる様子がない。
このままでは朝ご飯を食べられないと、アンネローゼはあの手この手でフィルを起こそうとする。しかし……。
「むー……ほっぺや鼻を摘まんでもダメ、こちょこちょしてもダメ。すんごい寝てるわね……これ、どうしたら起きるのかしら」
何をやっても、フィルには通用しなかった。試行錯誤を重ねても、寝る子には勝てないらしい。お腹の虫が大合唱する中、アンネローゼは策を閃く。
「あっ、そうだ! 昔読んだ絵本で、王子様が眠れる姫をちゅーで起こしてたわね。ふっふっふっ、そうとなれば早速……」
幼い頃に読んだ絵本のことを思い出し、アンネローゼはフィルに顔を近付ける。すやすやと眠るあどけない少年を、じっと見つめながら。
(こうして近くで見ると、やっぱりフィルくんってすんごい可愛いわね……この長いまつげとか、綺麗な肌とか……なんだか負けた気分になるわ)
そんなことを思いながら、顔を寄せていく。お互いの唇が重なるまで、あと数センチ。アンネローゼの心臓が、ドクンドクンと高鳴っていく。
同時に思考回路もバグり始めていたのだが、本人はまるで気付いていない。
(そういえば、おでこにちゅーはしたけど……く、唇同士は初めてね。でも、まあ……フィルくんを起こすためだもんね! 仕方ないわよね!)
「ちゅ、ちゅー……」
「むにゃ……あれ、アンネさま……?」
キス達成寸前……というところで、何かを察したフィルが目覚めた。結果、二人は至近距離で見つめ合うことになった。
何故すぐ目の前にアンネローゼがいるのか、フィルは寝起きの頭でぼんやり考える。一方、アンネローゼは一気に思考が冷静になり、恥ずかしさに顔を真っ赤にする。
「ひゃあああああ!!! な、何やってんのよ私ぃぃぃぃぃ!!」
「アンネ様!? ……行っちゃった。一体、何だったんだろう……?」
光の速度でラボを飛び出していったアンネローゼに首を傾げつつ、フィルはあくびをする。とりあえず朝ご飯を作ろうと、ラボを後にしていった。