251話─遙かなる過去を観る
戦いの中で、自身のオリジナルが自爆して果てるという結末を迎えたマルカ。すっかり押し黙ってしまった彼女は、黙々と進む。
フィルやアンネローゼは、どう声をかけるべきか答えを見出せないまま……彼女と共に目的地へ向かう。幸い、ケモノとは出会わずに済んでいる。
……今のところは、だが。
「なあ、あんたら。なんで……ベルティレムはこんなことを出来るんだろうな。アタシ、あいつのことが分かんなくなってきたよ」
「僕には……分かりません。でも、一つだけこの戦いで分かったことがあります。ベルティレムは、ウォーカーの力を使えます。それはまず間違いないでしょう」
道を歩く中、マルカはぽつりと呟く。覇気がまるでない声には、凄まじい疲労の色が滲んでいた。それだけ、オリジナルとの戦いが堪えたのだろう。
生憎、フィルにはベルティレムが何故ここまで凶行に走れるのかは理解出来なかった。だが、それ以外の部分で分かったことはある。
「まあ、そうよねぇ。マルカのオリジナルをけしかけてきたってとは、そういうことでしょ? ネオボーグ以外の協力者がいるとは思えないし」
「だとしたら、解せねえんだよ。この大地のウォーカーの一族は、三千年前に起こった『根絶戦争』で根絶やしになったんだ。なのに、なんでウォーカーの力を奴が……」
「根絶戦争……以前レジスタンスで聞きました。確か、ミカボシを創り出したウォーカーの一族を滅ぼしたんですよね? 当時のソサエティが」
「ああ。と言っても、アタシだって全てを知ってるわけじゃない。タブーが多いんだ、根絶戦争に関してはな。七栄冠ですら、見られる資料はごく一部なんだ」
大学病院に向かいながら、そんな会話をするフィルたち。ベルティレムの凶行の原因が、根絶戦争にあるのでは、とフィルは考える。
何とかして真実を解き明かすことが出来れば、暴走を止められるかもしれない。そうアンネローゼたちに話してみるも……。
「難しいだろうな。禁忌資料に関する権限は、全部マーヤが持ってるから。あのババアを探し出さないことにゃあ、資料は見られねえ。ま、生きてるのかすら分かんねえけどな」
「やめなさいよ、そういう縁起悪いこと言う……あ、見えてきたわよ! あれが目的地じゃない!?」
「お、そうだそうだ! あのデケぇ建物がミゼー大学病院だ! よし、油断しないで進むぞ!」
マルカ曰く、資料自体はソサエティに保管されているとのことだった。だが、資料を閲覧するためにはマーヤの許可がいるらしい。
彼女が生死不明である以上、根絶戦争の真実を知ることは不可能だ。落胆しつつも、フィルたちは目的地である大学病院に足を踏み入れる。
「マルカさん、薬はどこにあるんです?」
「待ってろ、先にベルティレムが仕掛けやがった結界をぶっ壊すから。鏡の中から看護師呼んできて、薬のあるとこに案内してもらう方が確実だろ?」
「そうね、私たち素人が闇雲に探し回っても……! フィルくん、この気配は!」
「ええ、間違いありません。敵が来ます……それも、ミカボシの落とし子なんて目じゃない相手が」
結界によって封鎖されている病院に入るため、マルカは魔法術式を使い破壊を試みる。が、そうはさせまいと邪悪な気配が近付く。
「全く、お前のオリジナルは役に立たねえな? 最高のタイミングで自爆させてやったのに、一人も殺せやしねえんだからよ」
「来たわね……。あんたがベルティレムね? これ以上の悪事はもうやらせないわよ!」
「ハッ、勘違いしてんじゃねえ。アタシは激情の君。ベルティレムの魔魂転写体だ。ま、あと一分も覚えちゃいられねえだろうがな。食らいな! 纏めて記憶を消してやる!」
「おっと、そうはさせませんよ!」
現れたのは、ベルティレムの分身が一角、激情の君だった。マルガリータがしくじったため、彼女が直々にフィルたちを始末しに来たのだ。
右手を突き出し、記憶消去の魔法を放つ仮面の女。が、それよりも早く……フィルがしずく型をしたペンダントを取り出して掲げる。
数日前、アンネローゼの運命変異体にして七栄冠の一人、アンブロシアから授かった対記憶支配魔法の防御アイテムだ。
「! 魔法が……打ち消されたか」
「ふーんだ、残念だったわね。これがあれば、もうアンタらの記憶消去なんか怖くないのよ!」
「ああ、知ってるさ。お前たちがソレを持ってることくらいはな。本当に機能するのか、確かめてやっただけだ」
ペンダントが銀色の光を放ち、記憶消去の魔法を打ち消した。得意気に胸を張るアンネローゼだが、たいする激情の君は平然としている。
「へん、後出しでならいくらでも言えるわよ。フィルくん、こいつを仕留めましょう! これ以上暴虐な振る舞いをさせるわけにいかないわ!」
「ええ、もちろん! ……ですが、その前に。激情の君と言いましたね、一つ聞かせてください。あなたの本体は……どうして、こんなむごい行いを平然と出来るんですか?」
「知りたいか? ……そうだな、いいだろう。ありがたく拝聴するがいい、三千年前に起きた出来事を。我が本体が、何故……魔女を憎むようになったのかをな」
フィルの問いを受け、激情の君はそう答える。マルカは話を聞きながら、結界の破壊作業を進めていた。それを止めるつもりはないのか、仮面の女は棒立ちだ。
もっとも、彼女には彼女なりの『策』があったのだが……それをフィルたちが知ることはない。
「三千年前、我が本体には弟がいた。名をミシェル……たった一人の、血を分けた大切な家族。それが……奪われたのだ。あの根絶戦争で理不尽に……!」
そう呟いた後、激情の君はフィルたちの意識を己の中にある本体の記憶の世界へと誘う。そこで彼らが見るものとは……。
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『おねーちゃーん、ただいまー!』
『おかえり、ミシェル。牛乳配達のお仕事はもう終わったの?』
『うん! あのね、来月からお給料が上がるんだよ!』
『まあ! それはおめでたいわね、今日はお祝いしなきゃ!』
三千年前のメルナリッソス、その片隅にあるスラム街。小さなあばら屋の中に、二人の男女がいた。片方は、長い金色の髪を持つ女……ベルティレム。
もう片方、うきうき気分で家に帰ってきた小さな男の子……ミシェルの二人だ。どちらも着ている服はツギハギだらけで、貧乏な暮らしをしているのが見て取れる。
『えへへ、ありがとうお姉ちゃん。ぼく、これからも頑張ってお仕事するね! お金を貯めて、いつかもっといいところにお引っ越しするんだ!』
『ふふ、そうね。私も内職頑張らなきゃ。ミシェルに負けていられないわ』
喜ばしい報告をする弟を抱き締め、ベルティレムは幸せそうな笑みを浮かべる。その光景を見て、マルカは小さな声で呟いた。
「あいつ……弟がいたのか。そういや、ベルティレムの過去なんてこれっぽっちも知らなかったな……」
「当然だ、仇敵たる貴様らに何故教える必要がある? 貧しくとも幸福に満ちていた、輝かしい思い出を」
以前のように、半透明な亡霊状態で過去の場面を見ているフィルたち。そこに、激情の君の声がどこからともなく響いてくる。
「我々の両親は、ミシェルがものごころつく前に事故で死んだ。それからずっと、本体は……たった一人残った弟のために、がむしゃらに生きてきた」
「あ、ダメ……私そういうのに弱いの……」
「おいコラ、早速ほだされかけてんじゃねえよ! しっかりしろアンポンタン!」
「誰がアンポンタンよ! 失礼ねこの脳筋魔女!」
「んだとてめー!?」
「二人ともストップ! 喧嘩は後でやってください!」
「……はい」
ついつい言い争いを始める二人だが、フィルに一喝され大人しくなった。そんなやり取りをしている間にも、記憶世界はめまぐるしく様相を変えていく。
『あ、この音楽……またソサエティの宣伝車が走ってるよ』
『嫌な世の中になってきたわね。今度は、ウォーカーの一族とかいう連中と戦争するって。掃き溜め横丁のみんなが噂してるわ』
『……やだなぁ。ぼく、怖いよ。ソサエティは、どうして戦争なんてするのかな。みんなで仲良くすればいいのに』
ベルティレムとミシェルが抱き合っていると、家の外からけたたましい音楽と戦争意識高揚のための謳い文句が聞こえてくる。
この時点では、まだ根絶戦争は始まっていないらしい。貧しくとも、姉弟で手を取り合いささやかな幸福を噛み締めて生きていたのだ。
……この時までは。
「少し場面を進める。ここからだ……ここから、運命の歯車が狂っていった。貴様らソサエティのせいで!」
激情の君の怒号が響く中、溶けるように周囲の景色が消えていく。ベルティレムが何故、悪に堕ちたのか。その理由が、明かされる。




