249話─襲来
各店から物資を集めつつ、商店街を中ほどまで進んだフィルたち。彼らが順調に進めていたのもここまでだった。
ふわふわアイがひっきりなしに警告音を発し、それに合わせるようにミカボシの落とし子たちが大挙して押し寄せてくる。
「みつみつみつみつ、みつけたたたたタタタタ」
「くうくうくう、おまえらくいくいくいつくす!」
「次から次へと面倒だな! いいかお前ら、死角を作るなよ! 互いに背中を預け合って戦うんだ!」
「はい! マルカ様!」
「私はフィルくんと組むわ! 行くわよフィルくん!」
「はい!」
まるでフィルたちの進軍を阻むかのように、次から次へとケモノたちが湧いてくる。咬まれないように全身を防護魔法で覆い、迎撃する一行。
その様子を、商店街の大学病院側の出入り口から千里眼魔法を使って見ている者たちがいた。ベルティレムの魔魂転写体の一人、激情の君。
もう一人は、基底時間軸世界から召喚され、洗脳され操られているマルカのオリジナル体。マルガリータだ。
「派手に暴れていやがるな、奴らめ。だが、ミカボシの落とし子の群れ相手にどこまでやれるか……クク、下手すりゃこっちの出番がなくなるな」
「ア、グ、ア……」
「ん? なんだ、戦いたいのか? いいぜ、なら派手に暴れてこいよ。ま、死んでも骨は拾わねえがな」
洗脳されたマルガリータは、灰色の鎧を着せられていた。全身の至る所に拘束具のような赤いギプスが装着されており、不気味な駆動音を鳴らしている。
「コロ、ス……アイツラ、コロス。ソシタラ……カイホウ、サレル」
「おう、解放してやるよ。約束通りにな。そのためにゃあ、あの魔女どもを殺してこねぇと。……行け、マルガリータ。奴らを仕留めろ!」
「……イク!」
マルガリータは走り出し、商店街の中に突入していく。それを見送った後、激情の君はきびすを返し去って行った。
紅の仮面の奥に、残虐な笑みを浮かべながら。最初から、マルガリータを生還させるつもりなどない。フィルたち諸共始末するつもりなのだ。
「誰一人として、生かしちゃおかないさ。それが本体の意思。ミシェルの苦しみを知れ。理不尽に命を奪われた者の悲しみと怒りを、その身をもってな」
かつて命を落とした弟の復讐のため、狂気に囚われた魔女は暗躍を続ける。そうした活動そのものが、かつての魔女たちと変わらない悪だと気付かぬままに。
一方、フィルたちはミカボシの落とし子の群れを撃退しつつどうにか先へと進んでいた。もう少しで全滅させられる、はずだった。
「よし、いいぞ! あと三体だ、一気に畳みかけ」
「グガ、ギ……アアァァァ!!!」
「マルカ様、危ない!」
一行を取り囲んでいたケモノたちはほぼ駆逐され、残るは前方から来る三体のみ。一気にカタをつけんと意気込むマルカだが、そこに新たな敵が。
巨大な馬上槍を構えマルガリータが、唸り声をあげながら突っ込んできたのだ。それに気付いた部下の一人が、主を庇うべく前に立ち魔法障壁を張る。だが……。
「オマエ……ジャマ!」
「うきゃああああ!!」
「ジェニー! まずいな、お前たち! ジェニーを連れて下がれ! あの乱入者とケモノどもはアタシらが片付ける!」
「は、はい!」
「安心しなさい、追い付かれないように守るから! あ、でも来た道にケモノが湧いてくるかも……」
「なら、僕が彼女たちをエスコートします! 鏡の世界に送り届けたら、すぐ戻るのでそれまで耐えてください!」
ケモノの牙すら通さない強固な障壁は、大槍の一撃で呆気なく破壊されてしまう。その衝撃で、マルカを守っていた魔女は吹き飛ばされてしまった。
だが、幸いなことに槍が直撃したわけでなかったため重傷を負わずに済んだ。しかし、戦いを続行出来るかと言われればノー、まず無理だ。
そのため、マルカは残りの部下たちと共に撤退するよう指示を出す。ケモノたちに加え、未知の敵が相手では負傷者を守る余裕はない。
新たな敵に蹴りを叩き込んで遠くに吹き飛ばしてから、負傷した部下に声をかける。
「ごめんなさい、マルカ様……最後までお守り出来ずに……」
「へっ! 気にすんな、生きてりゃそのうち挽回の機会があらぁ! 生きてればそれだけで儲けものだ、それはこの数日で嫌というほど学んだろ!」
「フィルくん、そっちは任せたわ! でも、悪い魔女たちにつば付けられないうちに戻ってきてよね!」
「あ、あはは。分かりました……。さ、行きますよみんな!」
「は、はい! マルカ様、アンネローゼさん。どうかご無事で……!」
負傷者を守るため、思い切って部下を全員退却させることにしたマルカ。新たにケモノが出たら危険だからと、フィルが護衛に付くことに。
そんなやり取りの後、フィルたちは大きな鏡のある家屋に向かうべく撤退する。彼らの元にケモノたちを到達させまいと、アンネローゼとマルカが道を塞ぐ。
「さぁて、準備はいいか? ここでアタシらまで撤退するわけにはいかねぇ、サクッとあいつらを片付けるぞ」
「もちろん、私もそのつもりよ。サラちゃんのためにも、この遠征……」
「クウウウウ!!」
「絶対成功させないとね! ホーリーシールドバッシュ!」
「アアアアアアア!!!」
飛びかかってきたケモノを、左腕に装備したローズガーディアンで叩き潰すアンネローゼ。その隣では、マルカが回し蹴りを放ち残りのケモノを蹴散らしている。
「オラァッ! たかがクリーチャー程度が、アタシに勝てると思うなよ!」
「ナラ……イク!」
「マルカ、そっちに新手が行くわよ! 気を付けて!」
「ハッ、言われるまでもねぇ。分かってんだよ……てめぇの動きは最初っからな!」
その間に体勢を立て直したマルガリータが、再度突撃する。が、言葉で言い表せない感覚によってその動きを察知していたマルカが、あっさり迎撃した。
「ウガッ!」
「いいじゃない、やるわね……どしたのよ、そんな怪訝そうな顔して」
「妙だ……あの野郎を見てると、なんだか胸の奥がザワザワしてきやがるんだ。なんでだ……ここで初めて会うはずなのに、あいつを知ってるような……」
「ニンゲェェェェン!!」
「クウ、クウウウウ!!」
「あーもう、何やってんのよ! 赤い薔薇よ、輝きなさい! フラムシパル・ガーデン!」
またしても吹っ飛んでいったマルガリータを見て、言いようのない不安に駆られるマルカ。そんな彼女に、ケモノたちが襲いかかる。
攻撃を阻止せんと、アンネローゼは盾の表面に描かれた赤い薔薇の力を解き放つ。灼熱の火炎を噴き出させて、ケモノたちを文字通り灰に変えた。
「あっ、やべ! 助かったぜ、アンネローゼ」
「もう、今は戦闘に集中しなさい! まだケモノたちが来るかもしれないのよ、それに……」
「ウウ、ウウア……」
「あいつもまだ、くたばる気配がまるでないしね」
戦いの最中だというのに、ボケーッとしていたマルカを諫めるアンネローゼ。そんな彼女らの数メートル前方で、ゆっくりとマルガリータが起き上がる。
ゆらりゆらりと頭を振り、大槍を引きずりながら歩いてくる姿はかなり不気味だ。これまでの言動から、理性を感じられないのも異様さを引き立てていた。
「どうにもやりにくいぜ、あいつ。まあいい、ケモノどもは全滅した。後はあいつさえ倒しゃあ道は開ける! 行くぜ……ウィッチクラフト・瞬雷纏身!」
「負けていられないわね、本当に。こんな悲劇まみれの世界、絶対に救ってやるんだから。その邪魔をするなら、誰が相手でもブッ潰すまでよ!」
七栄冠の力を解き放ち、雷を身体に宿すマルカ。アンネローゼも槍と盾を構え、迎撃の姿勢を取る。対するマルガリータは、まだ仕掛けない。
相変わらずふらふらと歩きながら、ゆっくり二人の元に近付く。が、ある程度進んだところで……突然、その姿が消えた。
「!? あいつどこに……うおっ!? あぶねっ!」
「ハズ、シタ……デモ、ツギハ……」
「また消えたわよ! こいつ一体何をして……きゃっ! いきなり攻撃してくんじゃないわよ! このっ!」
「マタ、ハズレタ……グギ、ガ……」
瞬間移動を駆使し、ひたすらアンネローゼとマルカの背後に回り込むマルガリータ。狙いはただ一つ、背後から致命の一撃を食らわせること。
単純だが、それゆえに決まれば文字通りの一撃必殺となる恐るべき戦法だ。先ほどまでのすっトロい動きを見せられていた二人は、速度の差に中々適応出来ない。
それでも皮一枚で避け続けられる分、実力はアンネローゼたちの方が僅かに上回っていたが。
「チッ、いつまでも背中に回り込んでんじゃねえ! いい加減、真っ向から勝負しやがれ! ライジンナックル!」
「ゴハッ!」
「いいわよ、マルカ! このまま畳み掛けていくわよ!」
永遠に続くかと思われた攻防も、マルカの放った一撃で終わりを告げた。宙に打ち上げられたマルガリータに、二人の追撃が放たれる。そして……。




