248話─病院を目指して
「で、結局は商店街ルートを通ることになったってわけね」
「やっぱり、物資を補給しながら進めるのは大きいですからね。いろいろ鏡の中に送れれば、みんな助かりますし」
フィルたちと話し合った結果、リスクを押してでも物資調達が可能な商店街を突っ切るルートを進むことに決まった。
大学病院に向かうのは、フィルとアンネローゼにマルカ、そこに生き残りの治安維持隊のメンバー四人を加えた七人。
イレーナも志願したが、サラの側にいてあげた方がいいとフィルに言われ今回は引き下がった。もう一人、志願した人物がいたが……。
「あのトゥリって人、だいぶヤバかったわね。あの目はダメだわ、完全に死に場所を求めてる人間の目だもの」
「ありゃ流石に連れてけねぇよ。仲間を守れなかった後悔は分かるがな……」
レジスタンス六大隊長の一角、トゥリ。幸運にも魔女たちの自爆嵐から生き延びたが、凄惨な経験が彼女を変えてしまった。
特に、シゼルを守れなかったことが尾を引いているようで以前の明るさは完全に失われ、心を病んでしまったのだ。
「おば様の死は、あの人の責任じゃないのに……。見ていていたたまれないわ、本当」
「二人とも、お喋りはここまでにしましょう。これから商店街の中に入ります。常時ふわふわアイを飛ばして警戒しますが、いつどこからケモノが襲ってくるか分かりません。慎重に進みますよ」
シゼルや部下たちへの償いをせんと、死に急ぐようになったトゥリ。今回の任務に志願したのも、明らかに死に場所を求めてのことだ。
当然、そんな彼女を連れて行くわけにいかないため強制的に候補から外した。そうした過程を経て、フィルたちは商店街の入り口にたどり着いた。
「よし、んじゃ飛ばすぞ。行け、ふわふわアイ! ケモノを見つけたら音で知らせろ、いいな!」
マルカがふわふわアイを十個起動させ、部隊の周囲に浮かばせる。ミカボシの落とし子たちが接近してきたら、大きな音を鳴らして警告してくれるのだ。
「これでよし。いくぞお前ら、まずは不足してる生活用具を回収するぞ」
「ハッ、お任せください!」
「僕たちも行きましょう、アンネ様」
「ええ、私たちの担当は食料品ね。せめて、サラちゃんには美味しいもの食べさせてあげなきゃ」
今現在出来るケモノ対策を行い、商店街に突入するフィルたち。フィルとアンネローゼは、食料確保を担当している。
ふわふわアイを三個伴い、まずは入り口近くにある八百屋に向かう。先にふわふわアイを店の中に行かせて、ケモノがいないかチェックする。
「……このお店は大丈夫そうですね。マルカさんたちの方も大丈夫そうですし、お野菜をいただいてきましょうか」
「そうね。それにしても便利よね、この世界。大災害が起きた時に備えて、大手のお店から個人商店まで食料保護の魔法がかけられてるんでしょ?」
「そうらしいですね、マルカさんやクウィンさんの弁だと。この魔法、オルセナにも普及させられたら便利なんですけどね」
カルゥ=イゼルヴィアでは、大災害の発生に伴う流通の遮断や食料生産の停止に備えある魔法が全域にかけられていた。
スーパー等で売られている食料を、店頭に並べられた状態のまま時を止めて保存する魔法だ。これのおかげで、災害時も新鮮な食料が手に入る。
もっとも、あくまで鮮度を保つだけで複製は出来ないため、一時しのぎしか出来ない。だが、今回はその一時しのぎが役に立った。
「わー、いっぱいお野菜があるわね。とりあえず、鏡の前に全部運びましょうか」
「分かりました。僕が運ぶので、アンネ様はどこかに鏡がないか探してきてください」
「おっけー。さて、鏡はどこかなっと」
ミカボシの落とし子たちは普通の食物は口にしないようで、野菜や果物は手つかずで残っていた。それらを店に残されていた段ボールに詰め込むフィル。
二階にある居住スペースに大きな姿見があるのをアンネローゼが見つけたため、そこまで運ぶことに。後は、逐一彼らの動きをチェックしているクウィンが回収して終わりだ。
「ありがとう、これでみんな飢えずに済むよ。次はマルカたちのところに行ってくる、あっちも収穫があったようだし」
「分かりました。僕たちは少し先に進んで、別の店を見てきます」
「うん、マルカたちに伝えておくよ。でも、気を付けてね。いつベルティレムたちが動くか分からないから」
クウィンと付き添いの魔女たちに大量の段ボール詰め野菜と果物を渡し、次の店に向かうフィルとアンネローゼ。
封印の御子からの警告を胸に、ふわふわアイを先行させつつ商店街を進む。すると……。
「! このけたたましい音……アンネ様、前方からケモノが来るようです!」
「あらかじめてそれぞれのスーツを着てて正解だったわね。さ、迎え撃つわよフィルくん!」
「はい!」
数メートル先を進んでいたふわふわアイが、けたたましい音を放ちはじめる。ミカボシの落とし子たちが近付いてきているのだ。
それぞれの得物を呼び出し、身構えるフィルとアンネローゼ。少しして、商店街の通路の奥から這い寄ってきた。おぞましい姿をした、紅の身体を持つケモノが。
「みつみつみつみつみつ、みつけたけたけた。ヒト、ヒトヒトヒトだぁ。オデ、く、くくくくくう」
「うっ……生で見ると、より嫌悪感を刺激されるわねこれ……。こんなのと戦わなきゃいけないなんて、本当地獄ねこの世界は」
「ボヤくのは後です、アンネ様! 奴が来ます!」
「くう、くうぅぅぅぅ!!」
背中にビッシリ生えた大量の目玉をフィルたちに向け、ケモノはカサカサ走り出す。目の前にいる獲物を食らい、己が同胞に変えるために。
「行きますよ、アンネ様!」
「ええ、任せて! 先手必勝! ホロウストライク!」
グロテスクな姿をしたケモノ相手に、アンネローゼは聖風槍グングニルを振るう。まずは視界を削るために、目玉を一つ貫き潰す。
これにはケモノもたまらず、痛みにのたうち回る……かと思われた。だが、実際には全く違う反応を見せることに。
「オデ……オデ、オデ?」
「な、なにこいつ? 痛みとか感じないの? っていうか、何で動き止まってるのよ」
「不気味ですね……ミカボシの分身なだけあって、本当に理解不能ですよ」
痛覚が存在しないのか、目を貫かれてもきょとんとするだけで暴れるようなこともない。むしろ、暴れるどころかピタッと動きを止めてしまった。
あまりにも理解の範疇を超えた行動に、フィルとアンネローゼは戸惑うばかり。そんな中、彼らの後方から声が響く。
「二人とも下がりな! デカいのを飛ばすぜ……バスクラスサンダー!」
「おげっ! オデ、オデオデオデ……オがっ」
雑貨品の回収を終えたマルカたちが騒ぎに気付き、加勢しに来たのだ。フィルたちは即座に退避し、攻撃に巻き込まれないようにする。
その直後、ミカボシの落とし子の頭上に黄色い電撃のサークルが現れる。そこから凄まじい量の雷が降り注ぎ、ケモノを焼き焦がす。
今度はちゃんと反応を示し、ケモノは崩れ落ちて動かなくなった。少しして、死体が灰色に染まり砂のように崩れ落ちていく。
「助かったわ、マルカ。それにしても、なんなのかしらねこいつ。私がブッ刺した時は何も反応しなかったのに」
「さあな、アタシも分からん。狂ってるからな、このケモノどもは。たまたま無反応だっただけだろ、今回は」
「うーん、本当に解せませんね。ところで、そちらも物資の回収は……」
「おう、終わったとこだ。このまま先に行くぞ、ちんたらしてるとまたケモノが出るからな」
マルカたちと合流し、先へ進むフィルとアンネローゼ。だが……そんな彼ら彼女らの元に、脅威が迫っていた。




