247話─呼び出されし者
「あのぉ、あたしを呼んで何をするつもりなんですかぁ? これから、武術のお稽古に行かないといけないんですけどぉ……」
「なに、君はもう稽古する必要はない。今ここで、私の尖兵として働いてもらうのだからね!」
月輪七栄冠の一角、『迅雷』の魔女マルカ。彼女のオリジナル、マルガリータ・フィクタスがウォーカーの門を通り召喚された。
運命変異体であるカルゥ=イゼルヴィアのマルカとは違い、気弱そうな物腰をしている。そんな彼女に向かって、ベルティレムはそう言い放つ。
「きゃあっ!? な、なにするんですかぁ!?」
「動けないだろう? このリング型の魔法陣は私が考案したオリジナルの束縛魔法でね。一度こうなったらもう、逃れることは出来ないよ」
突然見知らぬ場所に呼び出されたマルガリータは、元いたところに帰してもらおうと声をかける。そんな彼女に、ベルティレムは束縛魔法を使う。
地面に浮かぶ魔法陣から四つのリングがせり上がって、マルガリータを包み込む。完全に身動きを封じられ、抵抗が出来ない。
「だ、出してください! 出してくれないと……あの、その……痛い目、見せますよ?」
「へえ。気弱そうな雰囲気を醸し出してるのに、なかなか言うじゃないか。ま、無意味だけどね。さあ、まずは……その不要な自我、消しちゃおうか」
「ひえっ!? な、何を言って……あ、あがあああ!」
「それずっぷり、っと。安心するといい、君がどこの誰だったのか……もう二度と思い出せないように『壊して』あげるから。……ミシェルの味わった苦しみと恐怖、お前にもお裾分けしてあげるよ。あははは!」
マルガリータのこめかみに右手の人差し指を突き入れ、ベルティレムは大量の魔力を流し込む。そうやって、相手の精神を完全に破壊するのだ。
「……見るニ堪えぬナ。何故、あヤつはそこマで残酷なコとが出来るのダ?」
人格破壊の現場を、少し離れた場所から眺めているネオボーグ。フェイス部分を以前と同じ、単眼のモノアイに変えた彼は凄惨な光景を見ながら呟く。
魔戒王時代の彼でさえ、部下をサイボーグに改造することはあってもこのように人格を徹底的に破壊して操り人形にすることはしなかった。
だからこそ、ベルティレムの仕打ちを理解出来なかった。そこまでして、自分の操り人形が欲しいのかと胸中で疑問を抱く。
「何故だか知りたいのかい? なら、時間もあることだし……せっかくだから話してあげよう」
「!? 貴様ハ……確か憂いの君トいったカ。いきなリ側に現れルな、肝が冷エる」
「ほう、キカイの君があるはずもない肝を冷やすとは驚きだ。……ふっ、ただの冗談だ、気にしないでくれたまえ。で、どうする? 私たちの過去を聞きたいのかい?」
そんなネオボーグの呟きに反応し、ベルティレムの魔魂転写体の一角が姿を現す。彼女ら四人、喜怒哀楽の象徴たる分身の役目は一つ。
ネオボーグの離反を防ぐために、それとなく監視を行うこと。今回姿を見せたのは、ベルティレムに否定的な態度を取っていることへの牽制だ。
「興味はない、他人の昔話ホど利益ヲ生まぬものハ
ないカらな」
「おや、つれないねぇ。ま、いいさ。いずれは否が応でも知ることになる。私たちの本体の過去をね」
憂いの君に対し、ネオボーグは素っ気ない態度でそう告げる。どんな内容であれ、彼は他人の過去に興味を抱かない。
だからこそ、アッチェレランドのような危険人物も経歴を問わず採用してきたのだ。けんもほろろなネオボーグに、憂いの君はそう返した。
「やあ、何やら楽しそうに話しているね。もう終わったかい? こっちは今終わったところさ」
「ア、アアア……」
「酷い有様ダな……完全ニ自我が崩壊してイる、こうナったらもウ……元には戻セんな」
「戻す必要はないさ。万が一負けた時に備えて、広範囲を巻き込める自爆術式を組み込んでおいたからね。自我を取り戻しても、どの道死ぬだけだ」
身の毛もよだつようなおぞましいやり方で自我を破壊し、さらには生きて帰れぬよう処置を行う。そんな非道も、ベルティレムは息を吸うようにしてみせた。
「おぞマしいことヲする。お前ハ……他人ヘの情はなイのか?」
「悪いが、私が情を抱くのはただ一人……今は亡き弟ミシェルだけ。私は私自身にさえも一切情は抱かない。絶対にね」
思わず問いかけるネオボーグだったが、帰ってきたのはゾッとするほど冷たい声だった。己すらも愛さないと口にする彼女に、もう黙るしかない。
「さて、お喋りはここまでだ。マルガリータ、生き残っている者を見つけ次第全員排除しておいで。まだしぶとく生き残ってる手練れがいるだろう、そいつらを皆殺しにするんだ」
「ハ、イ……ワカリ、マシタ」
「私のところに戻る必要はないからね。あらかた始末し終えたら、自爆していいよ。さあ、行け」
「ハイ……」
意思の無い人形も同然の存在にされたマルガリータは、残存しているだろう生き残りたちを抹殺するため解き放たれた。
しかも、決して帰ることを許されない。ベルティレムの命令は絶対……どうあがいても、滅びの結末からは逃れられないのだ。
「遙か遠くから、強大な魔女の気配を感じる……。誰であろうと、魔女は消し去る。それが私のただ一つの望みだ」
フラフラと歩いていくマルガリータを見ながら、ベルティレムはそう呟いた。
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その頃、アンネローゼとマルカの元にふわふわアイたちが帰還していた。ソサエティから大学病院までの間に、どれだけケモノたちがいるか。
映像を記録してあるため、逐一チェックする二人。一時間ほど経過し、ようやくルートを三つに絞り込めた。
「よし、確認するぞ。まず、ソサエティからミゼー大学病院までは直線距離で十四キロある。ここは理解したな?」
「失礼ね、それくらい分かるわよ。で、そこまで行くには……」
「この三つのルートが比較的安全ってわけだ。一つが、中央商店街を突っ切るルート。ここは障害物が多いから、ケモノを撒きやすい。ま、物陰から不意討ちされる危険もあるが」
「途中途中で食料とかを調達しながら進めるから、まあ悪くないんじゃないかしら。で、残りは……」
大学病院へ向かうルート候補は三つ。うち一つが、商店街を進むルート。もう一つが、東に迂回して下町エリアを通るルート。最後の一つが……。
「下水道を通るルート……却下ね、却下。汚いところを通るなんてまっぴらごめんよ」
「まあな。何より狭いから、複数のケモノと鉢合わせしたら面倒なことになる。生息してる数そのものは少ないたぁいえ、行くべきじゃねえな」
三つ目の候補である、下水道を通って最短距離を進むルートはあえなく却下された。そこで、残る二つのうちどちらを使うか話し合うことに。
が、アンネローゼたちはなかなか答えが出せない。どちらのルートも、メリットとデメリットがあるからだ。
「うーん、商店街ルートはやっぱり物資調達しながら進めるのがいいわよね。ただ、店に入ったらケモノがいた! なんてことが頻発しそうだけど……」
「迂回ルートはなあ……とにかく時間がかかるんだよなぁ。あそこ、最近道路整備の工事が始まったところだからな。ま、ケモノがほとんどいねえから戦闘はほぼしないで済むけどよ」
商店街ルートなら、不足しがちな日用品などを回収して鏡の世界に送りながら先に進める。その代わり、寝床にしやすいためケモノが比較的多く戦いになりやすい。
対する下町ルートなら、ケモノがほとんど生息しておらず不意討ちを食らうリスクがほぼない。その代わりに、異変のせいで道路工事が中断されているため進むのに時間がかかる。
「……ていうかさ。今更な疑問なんだけど、空飛んで行くのはダメなわけ?」
「ダメだな、そこもベルティレムが細工してやがってな。空飛んで移動しようとすると、もれなく翼が生えたケモノどもがテレポートしてきやがるんだ。意地悪ぃだろ?」
「そうね、とんでもなく性根が曲がってるってことが分かったわ。とりあえず、フィルくんたちの意見も聞いて決めましょうか」
「ああ、それがいい。戻るぞ、鏡の中に」
話し合う中、ふとアンネローゼは閃く。危険な地上を進まずとも、空を飛んで病院に行けばいいじゃないか、と。
だが、案の定と言うべきかベルティレムが対策をしているらしい。マルカ曰く、これまで何十人も空を飛んで逃げようとして餌食になったらしい。
これ以上は二人で悩んでも仕方ないと、一旦鏡の世界に戻ることに。病院までの遠征が始まるまで、まだ時間がかかりそうだ。




