246話─世界を取り戻すために
ローグが勝手に帰還して行動を起こしていることなどつゆ知らず、フィルたちは作戦会議を行っていた。まずは、外の世界のソサエティ本部周辺地区の制圧をすることに。
「いいか、まずは北に十四キロほど離れたトコにあるミゼー大学病院の確保を目指す。そこなら、失明を治せる薬があったはずだからな」
「なるほど、分かったわ。で、どういうルートで行くわけ?」
「焦んな、まずは安全確保のためにコイツを飛ばす。どこにどれだけあのケモノどもがいるか、把握してからじゃねえと危なくて仕方ないからよ」
現実のソサエティ本部の屋上に出たアンネローゼとマルカは、北の方を見ながらそんな会話を行う。最初の目的は、不足しがちな医薬品や医療器具の調達。
大学病院に直接移動出来ればいいのだが、そういう重要な施設に限ってベルティレムが妨害工作を行っていた。
クウィンの力で直接移動することが出来ないよう、ウォーカーの力による結界を張っているのだ。そのため、外部から結界を破らねばならない。
「面倒よね、直接行けないってのは……って、ナニよそのキモいの」
「キモいって言うな。こいつは自律機動する監視装置でな、通称『ふわふわアイ』って呼ばれてんだ」
「まんまじゃない……。まあいいわ、それを使えば安全に使えそうなルートを絞れるわけね?」
「おう。幸い、ここはソサエティ本部だ。いくらでもあるからな、大量にバラ撒けばすぐ終わるぜ」
そう言いながら、マルカは眼球を模したソフトボールサイズの球体を空中に浮かべる。縦長の瞳を持つそれは、プルプル震えていた。
その動きのそこはかとない気味悪さに、アンネローゼは顔をしかめる。が、直接偵察に行くなどもってのほかなのでふわふわアイに頼る他ない。
「そーら、行ってこい! ケモノどもの分布と、通れそうな道の探索を頼むぞ!」
マルカが命令すると、大量のふわふわアイがテレポートして出現する。その数、ざっと百近く。その全てが、渡り鳥の如く北へ向かって飛んでいった。
「よっし、後は帰ってくるのを待つだけだな。昼飯食いながらのんびりしようぜ」
「そうね、ボケッと突っ立ってても退屈だし。……それにしても不思議ね、まさかアンタと共闘することになるなんて。初めてイゼルヴィアに来た時には考えもしなかったわ」
「へっ、アタシもさ。あの時はあんたらを捕縛してやろうとブチのめしたが……巡り巡って、こんなうんめいをたどるたぁな。人生、何が起こるか分かんねえよなぁ」
配給のサンドイッチを取り出し、ビニールシートを広げその上に座る二人。ふわふわアイが戻ってくるまでの間、ランチタイムだ。
ベーコンとタマゴ、レタスのサンドイッチを食べながら二人は北の空を見つめる。あまり話すことがなく、気まずいのだ。
「……なあ。悪かったな、あの時はおもいっきり殴ってよ」
「あら、謝ってくれるわけ? 意外に律儀ね、アンタは」
「敵のまんまってんならともかく、今は仲間なわけだろ? わだかまりを残すのは好きじゃねえ。それだけだよ、アタシは」
しばらく無言でサンドイッチを食べていたが、やがてマルカの方から話を切り出す。今となっては遠い昔のように思える、あの脱出劇でのことをアンネローゼに謝罪した。
目を丸くしつつ、からかい半分にそう返したアンネローゼにマルカは唇を尖らせる。このやり取りがきっかけで、少しわだかまりが解けたようだ。
「あー、サンドイッチ食い終わっちまった。やっぱ二個だけじゃ物足りねえなぁ。はーあ、腹一杯メシ食いてえな」
「あ! いいこと思い付いた。フィルくんの力を使って、オルセナから食料を持ってくればいいのよ」
「お、そりゃいいな。向こうのメシがどんなもんなのか、興味あるぜ。……結局、テルフェたちみたいにオルセナに行かず仕舞いになりそうだな、アタシは」
「来ればいいじゃない。全部終わって、平和になったらさ」
これまでは敵だったが、これからは共に肩を並べて戦う味方同士。少しでも打ち解けようと、お喋りに花を咲かせる二人。
侵略者としてでなく、ただの観光客としてカルゥ=オルセナに行ってみたいと夢を語るマルカ。そんな彼女に、アンネローゼは笑顔を見せる。
マルカの望みが叶う日が来るのか。それは、神ですらも分からない。
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「うーん、やっぱりダメだね。ま、こっちのことを知ってる以上……対消滅への対策はしてるか」
その頃、元レジスタンスのアジトにベルティレムの姿があった。彼女は今、目の前に作り出した黄金の門を使って『あること』をしようとしていた。
それは、フィルの運命変異体の召喚。元々消すつもりはなかったが、自身と同じウォーカーの力を使えることを危惧した結果。潰しておくべきと判断したのだ。
が、そこで一つ想定外の事態が起きる。何をどうやっても、フィルの運命変異体を呼び出すことが出来なかったのだ。
「さっきから何度も試してるのに、検索エラーばっかりだね。……ま、いいさ。対消滅が無理なら、別の手段で消せばいいだけだからね」
ウォーカーの法則を用いた対消滅作戦を狙うも、残念ながらフィルにはもう通用しない。以前アルギドゥスたちに同様の作戦を実行されてから、フィルは対策をしていた。
自分以外のウォーカーの一族が運命変異体を呼び出せないよう、無限の魔力を用いてプロテクトをかけたのである。
ベルティレムはそのことを知らないため、単なる自分の実力不足程度にしか思っていないのだ。
「……それデ、どんナ手段ヲ使うツもりナのだ?」
「ふふ、そりゃあこのウォーカーの力を最大限活用する方針を採るのさ。見ていなよ、今から呼び出すからね」
フィルの運命変異体を呼び出すのを諦めたベルティレムに、声がかけられる。彼女に同行していたネオボーグが様子を見に来たのだ。
ひとりごとを聞いていた彼は、疑問を投げかける。それに対し、ベルティレムが出した答えは……。
「さあ、おいで。マルカのオリジナル体……マルガリータ・フィクタス」
「!? なルほど、そうキたか。基底時間軸世界ニいる七栄冠どモのオリジナルを味方ニするワけだな」
「味方? そういうのは冗談でもやめてくれたまえよ。魔女は味方じゃあない。使い捨ての駒さ。三千年分の恨みを込めて、存分に酷使してから見殺しにしてやるさ……フフフフフ」
「ソ、そうカ。まあ、私ガ口を挟むコとではアるまいよ……」
瞳の中に狂気の光を宿しながら、ベルティレムはゆっくり開いていく門を見つめ笑う。そんな彼女を見て、ネオボーグは己に問う。
本当に、このままベルティレムに従っていていいのかと。彼女と共に、世界の破壊者になることに迷いが生じていた。
(……ネクロモートが全滅シ、この大地が実質的ニ滅びタ今。もはヤ、野心を抱いてモ仕方ない。だが……こやつに従ってイて、いいもノか)
手駒にする予定だったネクロモートは全滅、支配すべき民はほとんどがミカボシの落とし子に襲われ同族に変えられてしまった。
支配する価値など微塵も無い大地を手に入れるために、わざわざベルティレムに戦いを挑むほどネオボーグは愚かではない。
だが、彼の心には生まれている。僅かな『良心』によって引き起こされた迷いが。このまま彼女の好きにさせ、ミカボシをよみがえらせていいのか。
(ベルティレムはオルセナまで滅ぼスつもりハないと、以前言ってイたが……。今のこやつヲ見ていルと、いつ心変わりシてもおかしクない。私ハ、どうすればいい?)
イゼルヴィアを支配する意味が消えた今、ネオボーグはオルセナでの再起に活路を見出そうとしていた。しかし、ベルティレムがイゼルヴィアの滅亡だけで満足するのか。
狂気を隠そうともしない彼女を見て、ネオボーグは不安を覚える。が、まだ答えは出ない。開いていく門を見つめ、葛藤し続けることしか出来なかった。




