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244話─おぞましき落とし子

 場面が変わり、市街地。カルゥ=イゼルヴィアの各地で、地獄のような光景がいくつも発生していた。ミカボシの分身たちによる、おぞましい侵略。


 ソサエティとレジスタンスの戦闘は、居住区域から離れた場所で起きている。ゆえに、普段通りの生活を安心して出来る。


 ……そう考えて何気ない日常を過ごしていた市民たちは、そのささやかな幸福を突然理不尽に奪われることになった。


『きゃあああああ!! なによ、なんなのよアレぇぇぇぇ!!!』


『みんな逃げろ、モンスターが出たぞおおお!』


『誰か、誰か早く治安維持隊を呼んでぇぇ!!』


『グィロ、グィロロロ……』


 突如街中に現れた、おぞましい姿をした異形のケモノ。ソレを見た市民たちはパニックに陥り、我先にと逃げ出していく。


 フィルたちが見ている中、ケモノが動く。一番近くにいた、男性目掛けて触手を伸ばす。そして、先端にある口を開け太ももに噛み付いた。


『アグッ!』


『うぎゃあああ!! 痛ぇ、いてぇよぉ! 離れろ、このっ!』


『お父さん、大丈夫!?』


『ああ、大丈夫だ。血もほとんど出てないし、早く逃げ……う、うぐっ!?』


 アンネローゼと同世代に見える少女が、噛まれた父親に駆け寄る。触手を振り払った男は、娘と共に逃げようとするが……。


 そこで、変異が始まった。フィルたちが息を呑む中、男の身体が少しずつ溶け始めたのだ。


『な、なんだ……俺、おかしいぞ。から、からだだだだだとけけけけ……』


『いやあああ!! お父さん、お父さん!!』


「な、なによこれ……。まさか、みんなこんな風に……あの化け物になっちゃった、ってことなの?」


「恐らくは……そう、かと」


 娘の目の前で、父親はケモノと同じ異形の存在へと変わり果てていく。体色が黒く、もやのようなものを発している以外はケモノとまるで同じ姿だ。


 かつて父だったモノを見ながら、娘はヨロヨロと後退っていく。そんな彼女に、元父だったモノが大量の目を向ける。そして……。


『おま、おまおまおまおまえも。おおおおお、オデとおな、おなおなおなじなれ。なれなれなれ』


『ヒッ!? いや、来ないで、こな……きゃあああああああ!!』


「ダメ、見てはいけませんアンネ様!」


「フィルくんだって! ダメよ、こんなの見たら一生のトラウマになる!」


 ケモノは娘に飛びかかり、触手を伸ばしてひたすらに噛み付き続ける。娘の悲鳴がこだまする中、フィルとアンネローゼは咄嗟に互いの視界を手で塞ぐ。


 だが、それで凄惨な場面を見ずに済んでも声を遮断することは出来ない。やがて叫び声がか細くなり、最後にはおぞましい鳴き声に変わる。


『グィロ、グィロロロロ』


『わかわかわかわか、わかった。オデ、ふやふやふやふや、ふやす。なかま……かま、かま。いっぱっぱっぱっぱい』


『におう、におうにおうにおう。にんげん、たくさんさんさんさん』


 紅の身体を持つケモノの指示を受け、かつて仲睦まじい親子だった二体の異形は街の中へと消えていく。少しして、そこかしこから悲鳴が聞こえてくる。


 人々を襲い、増やしているのだ。自分たちの同胞たるケモノを。フィルとアンネローゼは、恐怖を紛らわせようとぎゅっとくっつく。


「こんな、こんなことが起きてたのね……。私の想像より、ずっとヤバいじゃない、こんなの。どうやって終わらせるのよ、この惨劇を」


「……倒すんですよ、僕たちで。全ての元凶、ベルティレムを。でも……本当にやれるのか、流石に不安になりますよ……」


 ほんの五日前に起きた惨劇を知り、アンネローゼは思わずそう口にする。これまで、彼女は色んな敵と戦ってきた。


 カンパニーのエージェント、邪悪なる魔戒王、偉大なる魔神たち、双子大地の魔女。そして……己の運命変異体。


 それらとの戦いを乗り越え、歴戦の猛者として大成しつつあるアンネローゼですら。恐怖で身体が竦み、動けなくなってしまっている。


 フィルが励ますも、声にいつもの覇気がない。彼も恐れているのだ。自分たちの理解が及ばない、遙か上位の存在を。


「マルカがあんなに怖がってた理由、嫌というほど理解したわ。こんな化け物、絶対戦いたくないもの。噛まれたら奴らの仲間入りなんて……そんなの、冗談じゃないわ」


 ケモノに噛まれたら最後、彼らの仲間となってしまう。その事実が、より一層ミカボシの分身たちとの戦いを躊躇させる。


 そんなことを呟いていると、二人の意識が遠のいていく。過去を覗き見るのはもう十分だと判断したクウィンが、意識を戻したのだ。


「よう、お帰り。その顔……嫌というほど理解したみたいだな。この大地で何があったのかを」


「ええ、アンタがあれだけ脂汗流してた理由、思い知らされたわ」


「そっか、ならよかった。ベルティレムが呼び出した『アレ』に、ほとんどの市民がやられちまった。生き延びられたのは、千三百人ちょいくらいしかいねえ」


 現実に帰還したアンネローゼたちに、マルカはポツポツ語る。ソサエティ本部に残っていた警備部隊や、治安維持隊を動員して市民の救助に当たったこと。


 自らケモノたちの駆除に向かい、その強さと怪物染みた耐久力に苦戦させられたこと。次々と部下が襲われ、ケモノに変えられてしまったこと。それらを伝えた。


「あいつらは、人を同族に作り替える。大勢の犠牲が出ちまったが……分かったこともいくつかあった。まず、奴らは御子様の持つ封印の魔力に弱い」


「僕の魔力を魔女たちに分け与えて、ミカボシの落とし子たちの駆除をしてもらっているんだ。封印の魔力を身体に満たせば、奴らに噛まれてもケモノにならずに済むからね」


「なるほど……何一つとして対策が無い、というわけではないのですね。なら少しは安心出来ますよ」


「だが、それだって万能じゃねえ。あくまで、この対策が有効なのは一体に噛まれた時だけだ。寄ってたかって噛まれたら、魔力を貫通されちまう」


 生き残った魔女たちは、異形のケモノを駆除し外の世界を取り戻すため戦っていた。その過程で、ケモノへの対処法を編み出した。


「でも、気を付けてりゃ簡単にやられるこたぁねぇのが救いだ。奴ら、数は多いが個々の戦闘能力は高くねえからな」


「アタイもたまに参加してるんすけど、近付かなければ本当に楽っすよ。ただ、紅い個体はともかく黒いのは元人間だと思うと……やりきれないっす」


「イレーナ……ごめんね、私たちがもっと早く来ていれば……死ななくていい人たちを、救えたかもしれないのに」


 しゅんとしょげ返るイレーナに近寄り、優しく抱き締めるアンネローゼ。敬愛する姐御の言葉に、ちょっとだけイレーナは元気を取り戻せたようだ。


 一通り話を聞いたフィルは、顎に指を添えて一人考え込む。しばらくして、クウィンに対しある質問を投げかける。


「クウィンさん。もしかしたら、そのミカボシの落とし子……僕の持つウォーカーの力で再封印出来ませんかね?」


「! ああ、そうだ! 君もウォーカーの一族なんだったね? そうか、それなら……きっと落とし子を封印出来るかもしれない。それに、上手く行けばケモノにされた人たちを元に戻せるかも……」


 ミカボシも落とし子も、元はウォーカーの一族が生み出した存在。ならば、同じウォーカーの民であるフィルの力があれば。


 今ある絶望的な状況を、ひっくり返すことが出来るかもしれない。疲れ切った表情をしていたクウィンの目に、希望の光が灯る。


「それなら、是非協力させてください。これまで力になれなかった分、ベルティレムとの戦いに尽力しますから!」


「ありがとう、本当にありがとう……。とはいえ、今すぐにとは行かない。作戦を練ろう、これから鏡の中のソサエティ本部に……」


「ちょっと待って。すっかり忘れてたけど……ジェディンやサラちゃんたちはどうなったの?」


 早速新たなケモノ駆除の計画を立てるべく、ソサエティ本部に行こうとするクウィン。そんな彼に、アンネローゼが問う。


 この場にいない仲間たちは、無事なのか。その問いに答えたのは、イレーナとトワイアだった。


「ああ、ジュディちゃんとサラちゃんは無事だよー。僕が死ぬ気で守り抜いたからねー。ただ……」


「サラは……両目を怪我して失明しちゃったんす。今はジュディやジェディンが付き添って、介助してもらいながら暮らしてるっす」


「そんな……治せないの? サラちゃんの目は」


「難しいな。失明を治せるレベルの治療魔法の使い手は死んじまったし……何分、物資も少ねえもんでよ。鏡の中にゃあ、御子様が暮らせる分の物資しかなくってな。視力回復の薬はここにないんだ」


「ああ、だから積極的にケモノたちを駆除してるんですね? 外から物資を調達するために」


「そういうこった。混乱の中じゃ、ソサエティやレジスタンスの備蓄分を運び込むので精一杯だったからなぁ」


 サラの目を治すために必要な薬は、鏡の中の世界にはないらしい。薬を手に入れるためには、外の世界を奪還しなければならないのだ。


「分かったわ、ならサラちゃんのためにも全力を尽くす。これ以上、敵のいいようにされてたまるものですか!」


「アンネ様の言う通りです。反撃しましょう、ベルティレムに!」


 絶望を覆すため、フィルとアンネローゼは戦いに身を投じる。ベルティレムとミカボシの落とし子たちから、大地を取り戻すために。

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― 新着の感想 ―
[一言] また酷い地獄絵図だったな(ʘᗩʘ’) 下手なゾンビパニック物ならワクチン云々でワンチャン助かるけどこれじゃ(٥↼_↼) 良い子には見せられんな(>0<;)
[一言] サラの両目を失った……? ……最早復讐でもなんでもねえよ!! 無関係な人間と世界を巻き添えにしやがって!!! 絶対に許さねえぞベルティウムゥあぁぁぁぁぁぁ!!!
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