242話─双子大地の異変
門を潜り抜け、カルゥ=イゼルヴィアに移動したフィルとアンネローゼ。何者かによって行き先をルナ・ソサエティ本部に固定されてしまっているため、慎重に動く。
「……よし、近くに人の気配はありませんね。それにしても、ここは……何の部屋なんでしょう」
「さあ、ソサエティのことだしロクなことに使わない部屋でしょ。さ、行くわよ。……ホント嫌な部屋ね、窓一つないなんて。息が詰まりそうだわ」
門が繋がった先は、ソサエティ本部のどこかにある空き部屋だった。元は物置として使われていたのか、窓一つない窮屈な部屋だった。
門を消したフィルは、そっと扉を開けて廊下の様子を窺う。人っ子一人おらず、しんと静まり返っているのが不気味だ。
「誰もいませんね。アンネ様、とりあえず移動しましょう。いつまでもこの部屋にいるわけにはいきませんし」
「そうね、監視用の装置があるだろうから油断せずに行きましょ」
まずはレジスタンスのアジトに行き、シゼルやジェディンたちとの合流を目指すフィルたち。廊下に出て慎重に進んでいくも、すぐ違和感を覚えた。
あまりにも人の気配がなさ過ぎるのだ。全面戦争に敗れ、魔女たちがどこかに収容されているのではないか、と考察するアンネローゼ。
「ですが……それにしたって、誰もいないというのはあり得ないでしょう。それだったら、レジスタンスの皆が管理のためにここに来てるでしょうし」
「それもそうね……。一体どうしちゃったのかしら? 窓も全部閉め切られてるし……何があったのかな」
「気になりますね。あれ? よく見ると、この窓厳重に封がされてますね。それも、内側から」
あまりにも人の気配がないため、途中から堂々と廊下を歩き出した二人。監視装置も作動している様子がなく、疑問が増えていく。
そんな中、ふとフィルは気付いた。廊下の窓が全て内側から封じられていることに。まるで、得体の知れない存在の侵入を阻むかのように。
「……これ、ちょっと不気味すぎないかしら。一体ぜんたい、何があったっていうの?」
「これ、外すのは……流石に不味いですよね。なんだか嫌な予感がしてるんですよ。これを取ったら、何かとんでもないことが起きるような気がして」
「うん、やめた方がいいよ。その封印は僕がしたものだから。外したら、あいつらが入ってくる」
そんなことを話していると、突然フィルたちの背後から少年の声が聞こえてくる。フィルとアンネローゼが振り向くと、そこには……。
クルヴァと同じ装束を着たおかっぱ頭の少年と、そのすぐ後ろにある大きな鏡があった。それを見た二人は確信する。この少年が、クルヴァの運命変異体なのだと。
「君は……クルヴァさんの運命変異体ですね?」
「うん。僕はクウィン。カルゥ=イゼルヴィアに封じられた、ミカボシの片割れを鎮める役目を背負った者だよ」
「そう、なら話は早いわ。この大地はどうなってしまったの?」
「……ここで話すのは危険だ。奴ら……『ミカボシの落とし子』たちが外を徘徊してるからね。詳しくは鏡の中のイゼルヴィアで話す。ついてきて」
アンネローゼに問われたクウィンは、閉ざされた窓をチラ見しながらそう答える。ここで問答をしていても仕方ないので、二人は従う。
鏡の中に入り、全てが反転した仮想次元のカルゥ=イゼルヴィアへ入る三人。人の気配があることに、フィルはホッと胸を撫で下ろす。
「よかった、鏡の中には人がいるんですね」
「うん。この反転世界にいる人たちが、『生き残り』だよ。ざっと全部で千三百人ちょっとかな?」
「え、ちょっと待ってよ。生き残りって……一体なんの?」
「それに関しちゃ、クウィン様よりアタシらの方が詳しく話せる。よっ、久しぶりだな二人とも」
「あなたは……マルカ!」
とんでもないことを口にするクウィンを問い詰めようとしたその時、アンネローゼたちにとって因縁のある人物がテレポートしてきた。
現れたのは、月輪七栄冠の一角『迅雷』の魔女マルカ。ダイナモドライバーに手を伸ばすフィルたちを見て、魔女は手を上げた。
「待て待て待て! 別に戦いに来たんじゃねえ、そもそももう敵対する理由も意味もなくなったしよ」
「それはどうしてです?」
「簡単に言やあ、ルナ・ソサエティもレジスタンスも……いや、このカルゥ=イゼルヴィアそのものが『滅びた』んだよ。あのクソ野郎……ベルティレムのせいでな」
マルカの発した一言に、フィルとアンネローゼは頭を殴られたような衝撃を覚え絶句する。とっくのとうに、最悪の事態が起きていたようだ。
「ま、待ってよ。滅びた? イゼルヴィアが? じゃあ、おば様たちはどうなったの!?」
「一体何がどうして大地が滅びるなんてことに!? 一から説明してください!」
「だあーもう、ゴチャゴチャいっぺんに言うな! クウィン様も困惑してるだろが!」
「仕方ないよ、マルカ。とりあえず、居住区に行こうか。そこに、君たちの知り合いもいると思う……たぶん」
クウィンに先導され、一行はルナ・ソサエティ本部を出て街に向かう。街の風景や看板の文字、何もかもが鏡映しになった世界を進んでいくと……。
「あっ! し、シショー! それに姐御も! う、うわぁぁぁん! 会いたかったっすよー!」
「イレーナ! 良かった、生きてたのね!」
「うぇぇぇん!! また生きて会えてよかったぁぁぁぁぁ!!」
とある公園にて炊き出しを行っていた魔女の一団と出会った。その中で偶然、手伝いをしていたと思わしきイレーナと再会した。
エプロンと三角巾を着けたまま、イレーナはアンネローゼの胸に飛び込み泣きじゃくる。一体何があったのかを聞こうとすると、別の魔女がやって来た。
「やーやー、こんにちは。君たちがイレーナの言ってたししょーとあねごって人たちかな? 僕はトワイア、『元』レジスタンスの防衛隊長だよー。よろしくねー」
「あ、これはご丁寧に。僕はフィル、こちらはアンネ様……アンネローゼです。以後お見知りおきを」
やって来たのは、レジスタンス六大隊長の一人トワイアだった。にこやかに笑うエプロン姿の少年に挨拶を返したフィルは、ふと違和感を抱く。
「あの、その左腕と両足は……」
「あー、これ? やっぱり分かっちゃうかな、義手と義足なんだよねー。僕の念動力魔法で動かしてるんだよー。ま、名誉の負傷ってやつだねー」
「たいちょーさんは……アタイたちをネクロモートの自爆から守るために前に出て……。崩れてきた瓦礫に、両足と左腕を潰されちゃったんす……」
「そんなことが……あったのね。イレーナを守ってくれてありがとう、トワイアくん」
「部下を守るのは隊長の役目だからねー、気にしてないよ。……全員、守り切れたわけじゃないしね……」
ふわふわ宙に浮きながら、後悔に満ちた表情をするトワイア。炊き出しをしている魔女たちの元に戻りながら、何があったのかを話してくれた。
ソサエティとの数度に渡る決戦、その最後に突如起きたネクロモートと魔女たちの自爆特攻。そして……。
「本当に突然だったよ。それまでふつーに戦ってたネクロモートたちが、急に自爆攻撃してきたから」
「こっちも焦ったぜ、いきなり命令を受け付けなくなりやがったからな。おまけに、魔女たちまで自爆を始めてよ……誰も、助けてやれなかった」
「マルカ……」
「自爆攻撃が終わって、すぐだったよ。突然にねー、耳元にベルティレムの声が聞こえてきたんだ。『今日をもって、カルゥ=イゼルヴィアは滅びる』って」
「んで、すぐさま大地震が起きてな。地面の裂け目から、赤黒い衝撃波が飛んできて……その次に……」
トワイアとマルカは、五日前の出来事を思い出しながらフィルたちに伝える。その途中、マルカの様子がおかしくなった。
大量の脂汗を流し、過呼吸になり始める。歩みを止め、よろめき倒れそうになるも……トワイアの念動力で転倒は防がれた。
「わりぃ、助かった」
「気にしないでー、今はもう敵も味方もないからー。話せないなら、僕が代わりに……」
「いや、いい。全部を間近で見られたのは、ソサエティ本部にいたアタシらだけだからな。……クウィン様、彼らに聞かせても?」
「いや、聞くより直接見た方が早いね。君も辛そうだし……無理はさせたくない」
クウィンはそう言うと、フィルとアンネローゼだけを連れて公園の隅へ向かう。二人をベンチに座らせ、額に手をかざす。
「今から君たちの意識を五日前の時間軸に送るね。そこで見てきてほしい。この大地に何があったのかを」
「分かりました。自分たちの目で、どうしてこの大地が滅びたのかを確かめてきます」
「ちょっと不安だけどね……。イレーナがあんなに泣くなんて、普通じゃないもの」
封印の御子の力を借りて、二人は知ることになる。大地を襲った、おぞましいミカボシの脅威を。




