25話─アンネローゼの涙
それから十数分後。騎士団と協力し、フィルとアンネローゼは闇の眷属たちの殲滅に成功した。そのまま帰ろうとするも、騎士団長に呼び止められる。
「あいや、待たれぃ。シュヴァルカイザーとその相棒殿、此度は助太刀していただき感謝致しまするぞぉ」
「いえ、お気になさらず。これが僕たちの仕事ですからね。……仕事と言えば、あなたは僕たちを捕らえなくていいのですか? カストル王子から勅命が下っているのでしょう?」
「ガッハッハッハッ! ワシの直属の上司、パントン辺境伯から命じられておりましてなぁ。カストル王子の命令なぞ、無視して構わんと。故に、捕縛するようなことはしませぬ。そこは安心してくだされぃ」
騎士団長、バンゲルは大笑いしながら自分の腹を叩く。レヴィンといいバンゲルといい、誰も命令を聞かないのをフィルは複雑な思いで苦笑いする。
一方、アンネローゼの方は納得したと言わんばかりにうんうんと頷いていた。カストルの人望の無さは、嫌というほど知っているのだ。
「ま、あのバカストルの命令なんて聞かない方がいいわね。聞いたところでロクなことにならないもの」
「ホロウバルキリー、流石に王属の騎士団相手にその言い方は……」
「いやいや、構いませぬぞぉ。グリッツ王がカストル王子に殺されてから、どの騎士団も王子への忠誠心を捨てましたからな」
「やはり、広まっていましたか。王子がグリッツ王を殺したことは」
バンゲルの言葉に、フィルは反応を示す。真の下手人はメルクレアことテンプテーションなのだが、彼らはそこまでは知らないらしい。
「お労しいものよぉ。カストル王子のしでかしたことを知り、外遊を切り上げて帰国したその日にぃ……。おまけに、ボルス王子も行方が知れず。この国はどうなることやら」
「そうね……これから、かなり大変なことになると思うわ。あのバカストル、政権を握ったら何をしでかすか分からないもの」
カストルが牢屋に入れられていたことを唯一知っているアンネローゼだが、そのことを言うとややこしくなりそうだと判断し適当に話を合わせる。
しかし、実際にはバンゲルの言う通りヴェリトン王国の先行きは不透明だ。ボルス王子はフィルたちが保護しているものの、不穏分子が多すぎるのだ。
「まあ、とにかく。お互いに出来ることをこなしていくしかありませんね。この国に住む民のためにも」
「うむ! 我々もその所存なりぃ!」
「では、そろそろ話は終わりということで……僕たちは帰り」
「あいや、待たれぃ。何の礼もせずに返してしまうなど、雪狼騎士団の名折れ! 盛大にもてなす故、食事でもしていってくだされぃ」
話を終え、基地に帰ろうとするフィルたち。そんな彼に、バンゲルがそう声をかける。フィルとアンネローゼは顔を見合わせ、考え込む。
「うーん……好意はありがたいのですが、僕たちは素顔を晒さないと決めているので……」
「そうであるか……では、こうしましょうぞ。我々からの贈り物を受け取ってくだされぃ。ちょうど、いいものが騎士団の倉庫にありますでなぁ。おい、アレを持ってこい!」
「ハイッ!」
正体を明かしたくないフィルがやんわり断ると、バンゲルが代替案を出す。部下を走らせ、騎士団宿舎に向かわせる。
しばらくして、部下の騎士が戻ってきた。布でくるまれた、平べったい円形のものを抱えながら。
「団長、お待たせしました!」
「うむ、ご苦労! シュヴァルカイザー殿、我々からの感謝の気持ちです。よければ受け取ってくだされ」
「ありがとうございます。中身を見てもいいですか?」
「もちろんですともぉ。ささ、どうぞ」
部下から受け取った贈り物を、フィルに渡すバンゲル。相手の了承を得た後、フィルは布を剥がす。その下から現れたのは……。
「これは……盾、ですか?」
「うむ。盾と言っても、ただの盾ではごさいませんぞぉ。数十年前、この大地にやって来た魔神が残していったもの……と、伝わっている品ですぞぉ」
魔神という言葉に、フィルはバイザーの奥にある眉を吊り上げる。が、平静を装い盾を受け取った。ぺこりと頭を下げ、お礼を言う。
「ありがとうございます、団長さん。この盾、ありがたくいただきますね」
「この程度の礼しか出来ず、申し訳ない。次にお会いした時は、必ずや我らがお助けしましょうぞぉ」
「ええ、その時を楽しみにしていますよ。では、帰りましょう。ホロウバルキリー」
「分かったわ。じゃあね、騎士さんたち」
盾を受け取ったフィルは、アンネローゼを連れ空に浮かび上がる。猛スピードで飛び去り、テレポートを用いて基地へ帰った。
スーツを脱ぎ、一息つく中……アンネローゼはフィルの顔色が良くないことに気が付いた。
「フィルくん、どうしたの? どこか怪我しちゃった?」
「いえ、そういうわけではないんです。団長さんの言っていた、『魔神』というワードが気になって……」
リビングルームにて、フィルは机に置いた盾を見つめる。鮮やかな青色が美しい、鏡のように磨かれたラウンドシールドだ。
盾を見ながら、フィルはぽつぽつ話し出す。何故、魔神という言葉に反応したのかを。
「リメラレイクで、ウォーカーの一族について話したことを覚えてますか?」
「ええ、覚えてるわ。神様に狩られて、ほとんどいなくなっちゃったんでしょ?」
「……そのウォーカー狩りに一枚噛んでいたのが、この盾の持ち主……『ベルドールの七魔神』の一角だと長老が言っていたのを思い出しまして」
ベルドールの七魔神。そのワードは、アンネローゼも知っていた。王立女学院での神学の授業で習ったのだ。
「あ、私も知ってる。なんかチョー強い神様の集団なんでしょ?」
「だ、だいぶアバウトな覚え方ですね……」
「ふふん。授業の半分を寝てるか早弁してるかしてたこの私に、死角なんてないわ」
「いや、死角しかないと思うんですけど」
誇らしげにそう言うアンネローゼに、フィルはツッコミを入れる。そんな中、心の中で魔神がカルゥ=オルセナに現れた理由を考えた。
(……まあ、十中八九ウォーカー狩りのためでしょうね、彼らが来たのは。そして、一族の里を見付けられずに退散……というところでしょうか)
そんなことをぼんやり考えていると、アンネローゼが静かになっていることに気付いたフィル。彼女の方を見ると、祈りを捧げていた。
記憶の継承を行うため、命を絶ったオットーの冥福を祈っているのだと、すぐに悟る。フィルも同様に、目を閉じて祈りを捧げた。
「……お父様。私は戦い続けるわ。この大地を守るために、命ある限りずっと」
「僕も、共に戦います。オットーさんの代わりに、アンネ様を守り続けます。だから、安心して眠ってくださいね」
祈りを捧げた後、アンネローゼは目尻に浮かんだ涙をそっと指で拭う。いたたまれなくなったフィルは立ち上がり、彼女の側に向かう。そして……。
「フィルくん? あっ……」
「辛い時は、思いっきり泣いていいんですよ? あの日、アンネ様がそうしてくれたように……今度は、僕がアンネ様の悲しみを受け止めますから」
「フィルくん……あり、がと……う、ふええ……」
アンネローゼを抱き締め、フィルはそう口にする。小さくとも頼りになる恋人を抱き締め返し、アンネローゼはさめざめと涙を流す。
父を失った悲しみを癒やすため、延々と。そんな彼女の頭を、フィルは何も言わず優しく撫でる。しばらくして、アンネローゼは泣き止んだ。
「ありがとう、フィルくん。おかげで、心が軽くなったわ」
「ふふ、どういたしまして。あ、そうだ。この盾、少し預かっていいですか? ホロウバルキリーと色が合わないので、塗装しようと思うんですが」
「ええ、いいわよ。私に似合う、格好よくて可愛いデザインにしてね! 楽しみにしてるわ!」
「任せてください。期待に応えられるよう頑張りますから」
盾を小脇に抱え、フィルは笑う。そんな彼を見て、アンネローゼも笑顔を浮かべるのだった。