235話─勝利へ向けて進め!
ローグの敗北から、二時間が経過した。いまだ彼からの連絡がないことに、メイナードは焦りを見せはじめていた。
(……遅い。成功したにしろ失敗したにしろ、ローグならとっくに連絡を寄越している頃だ。それが無いということは……)
彼女の頭の中に、最悪の結果が浮かんでくる。ローグが潜入に失敗して敵に捕まり、殺されてしまったのではないか、と。
実際にはネオボーグとの交戦中に悦楽の君の不意討ちを食らい、瀕死の重傷を負いつつもカルゥ=オルセナに逃げ延びていたのだが……。
残念ながら、メイナードにはそのことを知る手段がなかった。さらに追い打ちをかけるように、間の悪い出来事が続く。
「総裁! 天文台にある観測所から連絡がありました! 太陽の固定を確認、同時に南西方面に多数の敵性反応アリ、と!」
「……そうか。分かった、すぐにシゼルとトゥリに出撃するよう伝えてくれ」
「ええ、分かったわ!」
トリンが現れ、三度目の時の固定が始まったことを告げられる。メイナードは焦りを隠しつつ、そう指示を下した。
彼女が部屋を去ってから少しして、メイナードは指を鳴らす。すると、天井のタイルの一部が外れ、そこからエスタールが降ってきた。
「……お呼びですか、総裁」
「ああ。限りなく最悪に近い状況になった。ソサエティに送り出したローグとの連絡がつかなくなってね。見つかって殺されてしまったか、あるいは死に限りなく近い状態にされたか……」
「……まさか。彼は元七栄冠、かつての同胞相手に遅れを取るようなことがそうあるとは」
「どうやら、そのなにかがあったようだ。……迂闊だったよ、彼から仮称Xについての報告を受けていたのに。ここにきて妨害に動いたのかもしれない。私の失態だ」
前回のローグの潜入で、仮称Xについての情報を聞いていたにも関わらず、メイナードは対策を怠ってしまった。
そのことを猛省するも、悔やんでばかりはいられない。すでに敵は動き出しており、ボーッとしていては負けてしまう。
「エスタール、こんな状況でこんな指示を出さねばならない私を許してくれ。……君たち暗殺部隊に、マーヤの抹殺を頼みたい」
「……もちろんですとも。私たちはレジスタンスの影。どんなに危険な汚れ仕事も、命を賭けて果たす。それが、私たちのレゾンデートル……存在する意味」
「せめて、君やジェディンたちは。生きて帰ってきてほしい。例え暗殺にしくじったとしても、生きて帰ることを最優先にしてくれ。……これが最後だ、今回だけは平気だが……最後のリセットが行われたら、もうやり直しは効かない」
実際にはさらにもう一回だけ、ヘカテリームは時の固定とリセットを使えるのだがメイナードたちがそれを知るわけもなく。
悲壮感に満ちた声でそう命じられては、エスタールも従う他にない。頭の中で最優先事項を入れ替えながら、静かに頷いた。
「約束します、総裁。このエスタール、一人でも多くの部下と共に生き延びましょう。そして、レジスタンスのアジトに帰還します」
これまでずっと、話し始めるまでワンテンポ置いていた彼女が初めて口を開いてすぐに声を出した。恭しくお辞儀をした後、天井裏に戻る。
秘密の抜け道を使い、エスタールは暗殺部隊に与えられた拠点である大部屋に向かう。部屋降り立ってすぐに、部下を呼び集める。
「全員整列! これより、総裁から与えられた任務について説明する。コヨリ、ジェディンを呼んできてくれ。彼にも説明を行う」
「押忍!」
エスタールが号令をかけると、部屋の床や壁、天井の一部が外れて黒い忍装束を着た魔女の忍者……通称『魔忍』たちが現れる。総勢七名の魔忍たちは、ビシッと整列した。
その内の一人、一番背の低い魔忍の少女に指令が下される。コヨリと呼ばれた人物は、ビシッと敬礼をした後素早く部屋を出て行く。
「……ジェディン、本当に来れないんすか?」
「ああ、メイナードから直々に指名を受けたからな。いい機会だ、そろそろお前もインフィニティ・マキーナの使い手として一人で活躍出来るようになっておくといい、イレーナ」
「うー、不安っす。アタイ一人で、どこまで戦えるのかな……」
その頃、ジェディンとイレーナはエントランスの一角にて声がかかるまで待機している最中だった。暗殺部隊に同行することになった旨を聞き、イレーナは不安そうだ。
そんな彼女に、ジェディンが言う。例え一人でも戦い抜いてみせろと。そう言われ、ふとイレーナは考え込む。
(そういや、今までは大抵シショーや姐御たちが一緒に戦ってくれてたっすね。アタイ一人で頑張ったのなんて、クラヴリンとの戦いくらい……)
これまで戦ってきた強敵たち……アッチェレランドやルテリのような者たちとの戦いでは、いつもフィルやアンネローゼ、オボロらに助けられてきた。
彼女が最初から最後までたった一人で立ち向かい、勝利した相手は今のところクラヴリンしかいない。他のヒーローがいなくても、戦えるようにならねば。
ジェディンの言葉で決意を固め、不安を吹き飛ばすイレーナ。今度はトゥリを死なせないという決意と共に、一念発起することにしたようだ。
「よっし! アタイだってやれば出来るんだってのをここいらで証明してやるっすよ! 絶対に勝つ……みんなを守りながら勝ってみせるっす!」
「ああ、その意気だイレーナ。……お、サラが呼びに来たな」
「あ、ここにいましたかイレーナさん! シゼル隊長から、緊急の伝令です! 今回、イレーナさんは私やジュディと一緒に、トワイア隊長の防衛部隊に異動となりました!」
二人が話しているところに、サラがやって来る。ついに出撃命令か、と息巻くイレーナに告げられたのは予想外の異動命令。
しかも、サラやジュディも一緒にとのことだ。出鼻を挫かれ、立ち上がりかけていたイレーナは盛大にズッコケてしまう。
「ズコーッ! なんでっすか、前回のアタイの失態がそんなにまずかったんすか!?」
「いえ、違うの。トワイア隊長から、直々に指名があったんです。イレーナさんの狙撃能力を、是非防衛部隊のために使わせてほしいって」
防衛部隊隊長、トワイア・リスケンダー。レジスタンス最年少、十二歳の少年魔女は以前からイレーナの能力に目を付けていたのだとサラは語る。
「あー、そういやアタイが訓練してる時、たまーに見学にくるちびっこがいたっすね。あの子がトワイア隊長だったんすか……」
「はい。拠点の防衛には、とにかく遠距離から敵を滅する手段が大量に要りますから。その点、狙撃を得意とするイレーナさんがお眼鏡にかなったのでしょうね」
「……はあ、流石に隊長クラスの魔女の命令じゃー断れないっすね。分かったっす、三人仲良くアジトの防衛頑張りましょー!」
「頑張れよ、イレーナ。俺も応援……ん?」
改めてやる気を見せるイレーナを応援するジェディン。そんな彼の袖を、後ろから誰かが引っ張る。後ろを向くと、頬に指が突き刺さった。
「わーい、引っ掛かっ……いだだだだ、すみませんすみません! ちょっとした遊び心なんです、あっ待ってこめかみはア゛ーーーーー!!!!」
「こんな時に遊んでいる場合なのか。名前と所属を言え、隊長に叱ってもらう」
「そ、それだけはかんべ……んぁぁぁぁぁ!!」
いつの間にか背後にやって来ていたコヨリが、空気を読まずイタズラを仕掛けたのだが……即座にとっ捕まり、こめかみを拳でグリグリされる。
大事な大一番を前におふざけしている少女へのお仕置きを済ませ、ジェディンは名前と所属部隊を聞き出す。なお、その間にイレーナたちは移動していた。
「なるほど、暗殺部隊が動く時が来たか。すぐにエスタールのところに行く、案内しろ」
「ううう、頭が……頭が痛いよぉ」
「自業自得だ、次からはいたずらする時は時と場所を選んでやるんだな」
コヨリに連れられ、暗殺部隊の元へと急ぐジェディン。こめかみをグリグリされたコヨリはまだダメージが抜けきっていなかったが、この時はまだマシだと言えた。何故なら……。
「……こんな時に、お前は何をやっている。いい加減魔忍としての自覚を持て、コヨリ!」
「あおおおおお!! ギブ、ギバーップ! 折れ、折れりゅうううううう!!!」
ジェディンによってイタズラの件を報告された結果、エスタールからコブラツイストの刑を食らうことになったコヨリ。
たっぷり五分は締め上げられ、完全に撃沈することになった。
「……本題に入る。メイナード総裁より、ルナ・ソサエティへの潜入と月輪七栄冠暗殺の指令が下された。魔女長マーヤを最優先暗殺対象とし、残る三人の暗殺も狙う」
お仕置きを済ませ、部下たちとジェディンにミッションの説明を始めるエスタール。ローグが音信不通になったことを聞き、最初こそ動揺していた魔忍たち。
が、すぐに冷静さを取り戻し隊長の言葉を一字一九聞き逃すまいと集中する。そんな彼女たちに、エスタールは最も大切な任務を告げた。
「……今回、総裁より追加の指令を与えられた。全員、生きて帰れと。ゆえに、私からも命じる。暗殺し損ねることになろうと、各々アジトへの生還を最優先に行動すべし! 分かったな!」
「押忍!」
「……よろしい、では出発する。いい加減起きろ、コヨリ。あと十秒以内に起きないと追加のお仕置きをするぞ」
「ふ、ふぁい……」
説明が終わり、いよいよ暗殺部隊出撃の時が来る。全面戦争も、ついに終わりが見えはじめていた。最後に笑うのは、果たして……。




