228話─ソサエティ、二度目の侵攻
レジスタンスが戦闘準備を進める中、ルナ・ソサエティもまた再侵攻の準備を進めていた。今度は、ネクロモートを八百機送り込む予定でいた。
バージョンアップを施し、弱点だった胴体と翼の接合部が補強されて死角は消えた。もっとも、これからの戦いで新たな弱点が露呈する可能性はあるが。
「さぁて、第二ラウンド開始といくか。今回は魔女部隊を投入するんだろ?」
「もちろんさ、マルカ。ネクロモートの補佐及び、敵の防衛拠点の偵察の任務を与えてある。数は二百、これくらいいれば事足りるだろうよ」
ルナ・ソサエティ本部から東西南北の四方向にそれぞれ伸びる大通り……通称『月の渡り道』がある。そのうちの一つ、東へ向かう通りを魔女の軍団が進軍している。
黒い軍服を来た魔女たちは、一糸乱れぬ動きで行進していく。その様子を、本部からマルカとベルティレム……に扮した悦楽の君が見下ろす。
ローグとの戦いで一旦消滅したが、頃合いを見計らって復活したのだ。
「恒例の行軍パレードが終わったら、いよいよ戦いの始まりだ。さて、今回はどこまで攻め込めるかな……ふふふ、楽しみだね」
「アタシらはまだ待機だけどな。……ところで、ヘカテリームとマーヤは何やってんだ?」
「ヘカテリームはいつものお楽しみタイム中さ。彼女の部屋に近付かない方がいい、下手すると消し炭になるよ」
「まーた『アレ』やってんのかよアイツ……好きだねぇ、アタシにゃ何がいいのかさっぱり分からん。普通にやってもらえばいいのによ」
「それが趣味なのさ、彼女の。まあ、可愛い少年に踏んでもらえるなんて、そのテの者たちからすればご褒美なんだろう」
「……本当に理解出来ねえな、それ」
本来、魔女部隊の出立式となる行軍パレードは七栄冠全員が見届ける必要があるのだが……今回、マーヤとヘカテリームは来ていない。
マーヤはソサエティの最重要機密、封印の御子の案件で忙しいということは二人とも知っているので特に何も言わない……が。
ヘカテリームの方に関しては別だ。複数回の時の固定を行う不可の軽減のため、毎回『あること』をしているのだが……。
「あの、こうでいいですか? ヘカテリームさま。痛かったら言ってくださいね?」
「大丈夫よ、カーリー。あー、そこそこ……そう、そこがとってもいい……あふぅ」
現在、ヘカテリームはビキニ水着を着てうつ伏せで床に寝っ転がっている。その上に、彼女が溺愛する従者の少年、カーリーが立っていた。
両手を横に伸ばし、重力を軽減する魔法の球を掴みながらやわやわと主の背中を踏んでマッサージを行っている真っ最中だ。
「魔力の流れがどんどん改善されていくのを感じるわ……。カーリーのマッサージはとても気持ちいいわ。マルカたちもやってみればいいのにね」
「あ、あはは……」
時の固定と解除には、大量の魔力を消耗することになる。必要な魔力を生み出すことは容易いが、それを全身に行き渡らせるのは簡単なことではない。
気を抜くとすぐに魔力の流れが滞り、肉体の不調となって表面化してしまう。全身のコリ、筋肉痛、酷い場合は不整脈や失神まで起きうる。
そうならないようにするためには、スムーズに魔力が流れるよう外部からの刺激を与える必要がある。そこでヘカテリームが考案したのが、このふみふみマッサージなのだ。
「さ、背中側はもういいわ。今度はお腹を踏んでちょうだい。頼むわよ、カーリー」
「ええっ!? き、今日はやめた方が……ほら、出立式がありますし……」
「気にしなくていいわ、私が出ようが出まいがさほど変わらないもの。あんな退屈なものを見てるくらいなら、ここでカーリーと戯れていた方が百倍は有意義よ」
一旦カーリーに退いてもらった後、ヘカテリームは仰向けになる。流石に目と目が合う状態は恥ずかしいようで、カーリーは抵抗する。
もっとも、毎回押し切られてはふみふみマッサージをさせられ、ついでに『お返し』をされるのがお約束なのだが。
「今回はあと二回、時の固定と解除をしなければならないわ。そのために、魔力の流れを……ん?」
「ヘカテリームさま? どうされました?」
「……何でもないわ。お楽しみを覗く不埒な輩がいたような気がしたけど、勘違いだったみたい」
渋るカーリーを説得していたヘカテリームは、一瞬殺気が漂ったのを感じ取る。が、気配の主はバレたことを察したのか、すぐに消えてしまった。
「……やれヤれ。試しニ接近してみたガ、これデは暗殺すルのに苦労スることにナるな。今すぐヤらねばなラない、といウわけでハないが……面倒ダ」
気配の主……ネオボーグは、薄暗い大倉庫の中でそう呟く。ヘカテリームの元へと放った、蚊を模した偵察用のミニビットを回収しながら。
悦楽の君に命じられた、ヘカテリーム暗殺の予行演習をしてみたものの。即座に気付かれ、何も出来ず撤退する羽目になってしまった。
「ま、いい。時間ハいくらデもある。ゆっくりト考えればイい、あの魔女を暗殺ス……む、そろそろ出撃の時間カ」
足音が近付いてくるのに気付き、ネオボーグはスリープモードに入る。今回の侵攻作戦には、ネオボーグのAIが搭載された個体が加わっている。
戦場にて、再びイレーナやジェディンとぶつかり合うことになるのだ。すでにソサエティに潜入するため動いているローグとは、幸か不幸かまだ出会わない。
「よし、全機スリープモードになってるね。早速起動して、レジスタンスのところに送らないと」
「早く終わらせるわよ、あとちょっとで出立式が終わるわ。さ、ネクロモート部隊、起動せよ!」
出撃部隊に割り振られているネクロモートたちが待機している区画に、二人の魔女が入ってくる。手元にあるタブレット状のコンソールを操作し、八百機のネクロモートをスタンバイモードに移行する。
「屋根を開けて、合図の白い花火が上がったらすぐ発たせるから」
「りょーかい! そんじゃ、ポチッとな!」
(もうスぐ、か。悦楽の君ガ言ってイた、このカルゥ=イゼルヴィアに憎き宿敵どモが来ているト。以前破れた時ノ借り、ここデ返してクれる)
魔女たちが忙しなく準備を進める中、ネオボーグはフィルたちとの最終決戦を思い出す。虎の子たるチェスナイツを全滅させられ、切り札たるオルタナティブドライバーを用いても勝てず。
無様に敗れ去った屈辱を抱いたまま、異郷の地で機能停止した。悦楽の君の手で復活を果たした時から、ずっと決めていた。
必ず、フィルたちに復讐してやると。自分の味わった屈辱や絶望を、何倍にも増幅して返してやると。
「! 花火が上がった! さ、ネクロモートを出発させて!」
「オッケー! ウィング起動! 目的地、レジスタンスのアジト! ネクロモート隊、しゅつげーき!」
「了解、ネクロモート隊起動します」
大倉庫の天井が解放され、外に出られるようになる。出立式を終えて出撃した魔女部隊と合流するため、ネクロモートたちも空へ飛び出す。
その様子をソサエティ本部から見ていた偽ベルティレムは、マルカに気付かれぬようこっそりと口角を上げる。死の天使と魔女の混成部隊が、どこまで戦えるのか。それが楽しみなのだ。
(さあて、始まったね。今回はこっそりネオボーグを紛れ込ませておいたけど……それがどう転ぶか、実に楽しみだよ。ま、どんな結果になろうと、リセットされるから問題ないけどね)
心の中でそう呟いた後、彼女はマルカと共に奥へと引っ込む。第三戦に向けて、彼女たちは準備をしなければならないのだ。
長い準備期間を経て、再びルナ・ソサエティとレジスタンスがぶつかり合う。その結末は、果たして……。




