227話─時、満ちる
翌日の朝、スーマンたちは夜通し作業を続けようやく目標を達成出来た。アジトから離れた山の中にある兵器庫の中に、三百機のシルバリオ・スパルタカスが待機している。
転移魔法で兵器庫とアジトを行き来しながら運搬と複製作業をしていた魔女たちは、みな心身共に疲れ切ってダウンしていた。
「や、やり切った……やり切ったわ私たち……」
「出撃準備……かんりょー……いつでも……がくっ」
「ウフフフ、みんなお疲れチャーン! いいわぁ、この光景とってもイイ! キチッと整列するシルバリオ・スパルタカスの軍勢……とっても壮観ヨォ!」
眠気と疲労が限界を迎え、バタバタと魔女たちが倒れていく中……。スーマンだけは、元気にはしゃぎ回っていた。
ジェディンですらグロッキーになりかけているというのに、恐るべきタフネスさを見せ付けている。一人元気な彼を見て、ソファーに寝転がったジェディンは呆れていた。
「……ムダに元気だな。こっちは疲れて立つ気力も無いというのに。今は……朝五時か。少し寝るとしよう……」
兵器庫の中にある部屋から、眼下に広がる整備スペースを見下ろすスーマン。大きなガラス窓の向こうには、シルスパたちが立っている。
部屋の隅っこで寝ているジェディンは、うるさいスーマンに顔をしかめつつ壁に掛けられた時計を見て時刻を確認する。
仮眠を取って疲れを取ろうと、目を閉じて夢の世界に旅立った。それから数時間後……。
「おい、起きろ。ジェディン、いつまで寝てやがるんだ! もう九時だぞ、起きろ!」
「ん……ハッ、四時間も寝ていたのか。……む、ローグか。無事男に戻れたようだな」
「ああ、ようやくだぜ。……昨日のアレはフィルたちに話すんじゃねえぞ、末代までの恥だあんなのは」
「ああ、俺は話さないさ。イレーナはどうか知らんがな」
待機室にローグが現れ、ジェディンを起こす。トイレ掃除を無事に終え、男の姿に戻ったローグはまだ若干不機嫌そうだ。
昨日の醜態をカルゥ=オルセナにいるフィルたちに話すなと厳命するも、そう返され顔を背ける。イレーナに対しては、別途措置を取ったという。
「今回の戦争が終わったら、あいつにデザートを奢ることで話を着けた。こいつぁ手痛い出費になるぜ……ったく」
「イレーナのことだ、食べ放題の店か高級スイーツ店をハシゴするだろうな。サラやジュディと一緒に」
「それが憂鬱だ……ん、この警報は!」
そんな会話をしていると、けたたましい警報が鳴り響く。直後、レジスタンスのアジトからサラが転移してきた。
「こちらにおられましたか、ジェディン様! 観測所からの報告です、太陽の位置が固定されました! 第二の襲撃が来ます!」
「そうか、よく知らせてくれた。スーマンは……」
「ハァイ、アタシならここヨォ! 話は聞いてタワ、早速シルバリオ・スパルタカスを出撃させるワヨ!」
ついに、ルナ・ソサエティが行動を起こしたのだ。下の整備スペースにいたスーマンが待機室に戻り、シルスパを起動させることを決めた。
ジェディンたちはそのことをメイナードに報告するため、急ぎレジスタンスのアジトに戻り総裁の執務室へと向かう。
「……そうか、ルルカの報告通り自律機動型のインフィニティ・マキーナが完成したのだな。よくやってくれたね、スーマン隊長、ジェディン」
「オッホッホッ! アタシたちが本気を出せばこんなものですワァ! ……で、作戦はどうされますノォ? 総裁」
「うん、初戦と同じくシゼル及びトゥリに指揮を執ってもらって敵を迎撃する。そこにシルバリオ・スパルタカス三百機を加えた混成軍にするつもりだ」
すでに執務室に来ていたシゼル、トゥリを加えて作戦会議が行われる。今回、敵は兵力を増強してくるだろうと予測しレジスタンスも戦力を増やす方針を採ることに。
シゼル隊、トゥリ隊それぞれ二百人ずつ増員して合計千人の魔女を前線に送る。そこにシルスパ三百機も合わせれば、戦力は千三百。
ネクロモートの総数千八百には僅かに及ばないものの、要塞やアジトに控えている予備戦力まで含めれば敵を上回ることは可能だ。
「ふむ、それだけいればなんとかなりそうだな。いくらなんでも、二戦目でネクロモートの全投入まではしないだろう」
「分からねえぜ、連中だってやれるなら今の段階でこっちを潰して勝ちたいだろうよ」
「ミーもそう思いマース! ビクトリーのためなら、ソサエティは手段を選びまセーン!」
珍しく楽観的な意見を出すジェディンに、ローグとトゥリがそう反論する。魔女軍団まで出張られたら、流石に前線部隊だけでは抑えきれない。
そう簡単に要塞やアジトを落とされることはないものの、食い破る好機と捉えれば躊躇なく七栄冠が出撃してくる。そうなれば、勝ち目は限りなくゼロになるだろう。
「問題はない。今回からは、俺も全力を出させてもらうからな。例えどれだけの敵が来ようとも、迎え撃つ策がある」
「ほー、随分と自信があるみてぇだな。で、そのご自慢の策とやらはなんなんだ?」
「それは実際に戦いが始まってからのお楽しみだ。……そろそろ行こう、イレーナと合流して出撃する」
作戦会議を終え、レジスタンスのアジトを出発するジェディンとシゼル、トゥリ。残ったメイナードたちの仕事は、アジトと要塞の警備だ。
「……今回も、上手いこと敵を退かせられればいいんだけどね。この戦争、何か胸騒ぎがするんだ」
「奇遇だな、メイナード。オレも嫌な感覚を覚えてるぜ。……いまだオレのオリジナルが目立った動きを見せてねえのが、なんか引っ掛かるんだよな」
性格的に、そろそろネオボーグが仕掛けてくるだろうと予想するローグ。スーマンが研究フロアに戻った後、残るメイナードに提案をする。
もう一度、ルナ・ソサエティ本部に潜入してきてもいいか、と。今度はキッチリ、敵の内情を調べ上げるつもりだと。
「ま、そうやって事前に話してくれるならこちらは拒みはしないさ。……ただ、一つだけ条件がある。それを呑むなら、君に潜入任務を任せたい」
「ほー、なんだその条件ってのは」
「君のオリジナルと交戦する事態になったら、迷わず撤退するんだ。どうにも、嫌な予感がするんだよ。もし戦えば、君が死ぬような気がしてね……」
確たる証拠を出すことは出来ないが、メイナードの胸中にそんな思いが渦巻いていた。理由は分からないが、今ローグがオリジナルと戦えば死ぬ。
もしそんな事態になれば、レジスタンスの戦力は大幅に落ちることになるし……なにより、これまで共に戦ってきた戦友を喪うのは耐えられなかった。
「ハッ、心配性だなおめぇは。昨日オレにキツく当たった反動でも来たか? 可愛い奴……へぶっ!」
「……あんまり調子に乗らない方がいいよ? あんまり調子に乗ると、今度は永遠に性転換してもらうことになるからね。とにかく、オリジナルとの交戦は避けること。分かった?」
「お、おう。ックソ、人の顔面に灰皿投げ付けやがって……」
照れ隠しの灰皿シュートを食らい、撃沈することになったローグ。気を取り直し、再びソサエティに潜入するべく行動を開始する。
一人残されたメイナードは、天井を仰ぎ見ながら手を組んで祈る。レジスタンスの勝利と、仲間たちの無事を。
「……一刻も早く、ヘカテリームの時の固定を使い切らせないと。そうしなきゃ、おちおち総攻撃も仕掛けられない。面倒なものだよ、本当に」
胸の中に渦巻く不安に押し潰されそうになりながらも、彼女はそう呟く。ソサエティとの全面戦争、第二の戦いが始まろうとしていた。




