225話─ローグへのお仕置き
「貴様という奴は~! この忙しい時にどこをほっつき歩いていたんだ!」
「ぐおあああああ!! ちょ、締まってる! 首、首がぁぁぁぁぁ!!!」
仮面を身に着けた後、誰にも見つからぬようにこっそりとレジスタンスのアジトに戻ってきたローグ。そのまま何食わぬ顔で魔女たちに混ざろうとするも、そうは問屋が卸さない。
ローグがいなくなっていることに気付いたメイナードが、彼を待ち構えていたのだ。出会い頭にとっ捕まり、制裁として首を絞められる。
「問答無用! 人に仕事を押し付けて、勝手に出掛けるような奴の弁明など聞くか!」
「待て待て待て! オレぁ遊んでたんじゃねえんだっつの! 仮称Xが誰か分かったんだよ! とりあえず離してくれって!」
「……なに? そうか、そういうことなら離してやる。ほら」
「ゲッホゴッホ! はあ、あと少しで失神するとこだったぜ……」
どうにかお仕置きから逃れたローグは、メイナードによって総裁の執務室へと連行される。シゼルとトリンも招集され、ローグへの聞き取りが始まった。
呼ばれた二人も、次戦への準備に忙殺されていたためかどこか苛立っていた。出来るだけ彼女らを刺激しないよう、ローグは説明を行う。
「……なるほどね。その悦楽の君って奴が、長年私たちを翻弄してきた仮称Xの正体だったと」
「ああ、厳密にはそいつの本体が、だけどな。次は、どっかに潜んでる本体をとっ捕まえて目的を吐かせないといけないなぁ」
「ふむ、確かに重要な情報ではある。が……ソサエティに潜入したというのに、それ以外の情報を持ち帰るなり妨害工作をしなかったのはいただけない。罰としてアジト全部のトイレ掃除を命じる」
「はあー!? そりゃねえだろ、こっちは久しぶりにマジ戦闘やって疲れてんだぞ!? 明日の朝までに終わらねえよ、どんだけ数があると思ってんだ!?」
が、もっと重要な情報を持って帰ってこなかったことが彼の命運を分けた。仮称Xのことも大事だが、今はそれ以上に欲しい情報はごまんとある。
次の作戦の情報、ネクロモートに搭載されるだろう新たな機能、魔女の軍団の構成と規模……把握しておきたいことは山ほどあるのだ。
「ダーメ、勝手に動いたことへのケジメはしてもらうよ。それがレジスタンスの掟だ、忘れたか?」
「うぐっ……で、でもよ。オレは男だぜ? 男子トイレはともかく女子トイレに入るのはまずいんじゃあないのか!?」
「あ、大丈夫よ。はい、これ。一時的に性転換する薬飲んで。丸一日効果あるから、時間切れになる前に終わらせて。トイレ掃除よろしくね~ローグちゃん?」
性別を盾にしてお仕置きから逃れようと悪足掻きするローグだったが、そんな言い訳を予測していたトリンが性転換薬を出したことで失敗に終わる。
泣く泣く薬を服用し、ボンキュッボンなわがままボディのローグちゃんに変身することに。掃除用具一式を渡され、部屋を出て行った。
「ちくしょう……ちくしょう……! 覚えていやがれ、やること終わったらあいつらに仕返ししてやるからな……!」
仮面の下で涙を流しつつ、ローグちゃんはトイレ掃除を始める。面倒くさいところから終わらせようと、研究フロアに向かう。
「はあ、かったりぃ……ユサユサしてんのが邪魔で歩きにくいったらねぇな。さっさと終わらせて解毒剤飲むか……」
「あれー!? そのカッコ、もしかしてローグっすかぁ!? 一体いつの間に、そんなバインボインになったっすか!?」
「チッ、もう出会っちまうのかよ! こうなるのが嫌だったから、真っ先にここを終わらせようと思ってたのに!」
コソコソと廊下を進んでいたローグちゃんの背後から、イレーナの声が聞こえてくる。いつの間にか女体化していた彼を見て、目を白黒させていた。
よりにもよって、一番会いたくなかった相手と真っ先に遭遇してしまい、ローグちゃんは早速胃痛頭痛のダブルコンボを食らう。
「ま、待てイレーナ! こんな姿をしてるのにはある事情があっ」
「面白いからジェディンやジュディたちにも教えてこよーっと!」
「だあああああ!! やめろ、それだけはやめろぉぉぉぉぉ!!!」
面白いオモチャを手に入れた子どものような目をして、イレーナは廊下の奥へと全力疾走する。ローグちゃんはそうはさせまいと、これまた走り出す。
ただでさえ屈辱的な扱いをされているというのに、ジェディンたちにまでバレてはさらにいい笑いものにされてしまう。
それだけは阻止しなければ……と必死だが、ローグちゃんは忘れていた。あの場にシゼルがいたことを。お喋り好きな彼女によって、とっくに話が拡散していたが……彼はそれを知らない。
「ジェディィィィィィン!!!! 今とっても面白くて愉快なことが起きべぶぁ!」
「待てやぁぁぁぁぁ!!! てめぇとっ捕まえてオレと同じ目に合わせてやる! 性転換薬飲ませてショタにしてやへぶっ!」
「クォラそこの【ピー】ども、っさいじゃろがい! 今大事なけんきゅ……アラ、イレーナチャン! ごめンネ~、あんまりうるさかったものだカラ……ん? そっちのナイスバディチャンはどちら様かシラ?」
二人揃ってやかましく廊下を走った結果、何が起こったか。悪鬼羅刹のような表情をしたスーマンが瞬間移動で現れ、二人にフラスコを投げ付けた。
顔面にクリティカルヒットを食らい、二人仲良く昏倒することに。大切な実験を邪魔された怒りが晴れ、スーマンは素に戻る。
「うぐ……クソッ、出会い頭にフラスコ投げ付ける奴があるかよ……。仮面してたからいいものの、下手すりゃ大怪我だぞ」
「その喋り方……ローグチャン!? アラアラアラ、いつからそんな趣味にメザメちゃったワケ?」
「うるせぇ! こちとら好きで女体化してんじゃねえんだよ! かくかくしかじかで……」
「うんぬんかんぬんってワケ? へー、それは災難ネェ。あ、でもこのフロアのトイレ掃除は不要ヨ。朝にアタシが終わらせといたかラネ」
「あ、そう……クソッ、本当に踏んだり蹴ったりだな今日は。まーいいや、さっさと次に」
「まあまあ、どうせなら見て行きなさイヨ、完成させた新兵器! インフィニティ・マキーナを自律機動出来るようにした『シルバリオ・スパルタカス』! すんごいのが出来たワヨ」
すっかりやさぐれてしまったローグちゃんに、気晴らしになるだろうとスーマンはそう話す。少し興味が湧いたローグちゃんは、仮面の下でニッと笑う。
「ほー、もう完成したのか。案外早かったな」
「まアネ。量産しなくちゃいけないんだモノ、最初の一機は早く完成させないといけないノヨ」
「そりゃそうか。んじゃ、ちょっとだけ見て……待て、ジェディンはいるか? いるならやめとく」
「もういないワヨ。サラチャンが迎えに来て、一緒に訓練に行っちゃったカラ」
「そっか、なら安心だ。ちょいと覗いていくぜ」
まだ時間はあるし、ジェディンもいないなら少し見ていこう。そう考えるローグちゃんが、実験室に赴くと……。
「ん? お前……ローグか? いつの間に女になったんだ、お前は」
「いるじゃねえかチクショウめがぁぁぁぁぁ!!! 嘘つきやがったなてめぇぇぇぇぇ!!」
「オーッホッホッ! 引っかかったわネェ、そのリアクションが見たかったのヨォ!」
そこには、サラと一緒に訓練場に行ったはずのジェディンがいた。普通に性能テストに参加していた。ローグちゃんのリアクションを見たいがために、スーマンは嘘をついたのだ。
背中に気絶したイレーナを背負ったまま、スーマンはしてやったりと高笑いする。研究員たちがヒソヒソ話をする中、ローグちゃんは崩れ落ちた。
「クソが……マジで厄日過ぎんだろ今日は……。消えてぇな……泡になって消えてぇなぁ……」
「まあ、その、なんだ。何があったかは知らんが……元気を出せ。似合ってるぞ? 女の身体も」
「褒められても嬉しくねえんだよこっちはよぉぉぉぉぉ!! このフラストレーションを解消してやる! おいスーマン、あそこに突っ立ってるのと戦わせろ! どうせ性能テストすんだろ、ならオレが相手してやる!」
ヤケになったローグちゃんは、もうどうにでもなれと喚き立てる。彼が指差す方には、白銀の輝きを持つ甲冑が立っていた。
右手には赤色の刀身を持つバスタードソードを、左手には青色のカイトシールドを持ち。頭にはトサカのような飾りがある。
ネクロモートのように、兜の前面には顔が彫られた板が貼り付けられている。相手が微笑む聖女なのに対し、こちらは笑う少年の顔だ。
「アラ、いいワヨ。じゃ、早速始めちゃいまショ! シルバリオ・スパルタカスの力、実感してってちょうだイナ!」
「へっ、上等だ。トイレ掃除なんざ、魔法使えばさっさと終わる。今はあいつと戦って、この鬱憤を晴らしてやるぜ!」
こうして、シルバリオ・スパルタカスの性能テストが始まった。やる気全開のローグちゃんに、どこまで食らい付けるのか……。




