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223話─ローグVS悦楽の君

 予想外の形で、仮称X……悦楽の君と遭遇することになったローグ。素早く魔法陣を二つ展開し、自身と悦楽の君の足下に仕掛ける。


「おやぁ? これはなんだよぅ?」


「てめぇをこのまま表に出そうとすると、面倒くせえことになるからな。こいつで、とっておきの場所に招待してやるよ!」


「へえ、それは楽しみだよぅ。ま、どこに行こうと死ぬのは君だけどねぇ!」


 足元から立ち昇る赤い光に包まれながら、悦楽の君はローグを挑発する。そんな相手の言葉など意に介さず、ローグは不敵に笑う。


 彼もまた、敵のように足元から赤色の光に照らされている。紅の輝きに包まれたその姿は、どこか不安を掻き立てる不気味さを持っていた。


「デカく出たな。なら、本当にやれるのか見せてもらおうか。だが……その前に!」


「!? な、何をするんだよぅ!」


「マーヤが戻ってこれるようにしとかねぇとな? これ以上、てめぇの好き勝手にゃ……させねえぜ!」


 ローグは懐からトランプのカードを一枚取り出し、新聞紙で覆われたガラス窓に投げる。新聞紙に接触した瞬間、カードが燃えた。


 魔法の火は新聞紙に燃え移り、あっという間に燃やし尽くしてしまう。これで、マーヤが帰還出来るようになった。


「ふぅん、そういうことするんだぁ。いいよぅ、別に計画に大きな支障が出るわけではないしねぇ」


「その計画とやらも、てめぇをブチのめした後で吐かせてやる。覚悟しな!」


 ローグがそう口にした直後、転送が行われた。二人が移動したのは、カルゥ=イゼルヴィア最北端の極寒の大地。


 吹雪が吹く夕方の雪原に、二人が転送されてくる。ローグは仮面を取り去り、雪の中に放り投げた。


「今回は、怪盗ヴァルツァイト・ローグとしてじゃあなく……元月輪七栄冠、『糸繰り』の魔女ヴァルツァイトとして、お前を屠る」


「へえ、それは楽しみなんだよぅ。君の力、どんなものか……おっとぉ!」


「チッ、避けられたか。視界があんま良くねえから、奇襲が成功するかと思ったのによ」


 怪盗としてではなく、一人の魔女として悦楽の君を始末することを決めたローグ。魔法で作り出した糸を指先から伸ばし、悦楽の君へ飛ばす。


 ダイヤモンドすらも容易く切り裂く糸を絡め、相手を両断しようとするが……あっさりと避けられてしまった。


「んふふ、糸に込められた殺意が溢れて隠せてないからねぇ。そんなビンビンになったモノを出されたら、すぐ分かるよぅ」


「そうかい、んなら次はもうちっと利口にやらせてもらうぜ。そらっ!」


 小バカにしたような声で語りかけてくる悦楽の君にそう返した後、ローグは右手を鞭のように振るい相手を牽制する。


 流石の悦楽の君も、魔力をたっぷり含んだ糸を警戒して近寄ってはいかない。遠距離から魔法弾を放ち、ローグを攻撃する。


「んっふっふっ! 近付けなくても、こうやって遠くから攻める手段はいくらでもあるんだよぅ?」


「ほー、そりゃ奇遇だな。オレにもあるんだよ、鬱陶しい距離にいる奴をブチ殺す方法がな!」


 そう口にし、ローグは左手の五指を下に向ける。指先から伸びた五本の糸が、ひとりでに束ねられ太く強靱さを増していく。


 糸は伸びるスピードを上げ、雪の中に埋もれた。悦楽の君が首を傾げていると、猛スピードで糸が雪中を進んでくる。


「およ?」


「こいつを食らいな! 鋼靱斬糸撃!」


「おおっと! 今のは危なかったねぇ、もう少しで直撃するところだったよぅ」


「バカが、攻撃はまだ終わってねぇぜ? 見てなかったのかよ、こいつは! 五本の糸を束ねて作ってあるんだぜ!」


 魔力を織り込むことで、元の数倍の太さになった糸の束が悦楽の君を襲う。愉快そうに笑いながら、難なく攻撃を避けた悦楽の君。


 だが、この程度でローグの攻撃は終わらない。魔力を流し込まれ、針のように尖った糸束の先端部分がみるみるほどけていく。


 元の五本の糸に戻り、それぞれがてんで違う軌道を描きながら敵へと襲いかかる。それを見て、初めて悦楽の君は仮面の奥に浮かべていた笑みを消した。


「おっ……ふぐっ!」


「獲った、もう逃げられねえぜ。糸の先端を変形させて返しを作った。引き抜こうとしたら肉ごと持ってくぞ」


 身をひるがえして逃げようとするも、それより早く四本の糸が四肢に突き刺さる。残る一本の糸は、焦らすようにゆらゆら揺れていた。


 ローグの言った通り、糸は悦楽の君の体内で返しを作りガッチリ肉に食い込んでいる。無理矢理引き抜けば、周囲の肉ごと抉れることになるだろう。


「おやおやぁ、これはちょっと油断し過ぎたよぅ。こんな芸が出来るなんて知らなかったよぉ」


「てめぇの本体がいつからソサエティに潜り込んでやがったのかは知らねえが……仮にオレの同期だとしてもよ、これを知らないのは無理もない。現役時代は普通に糸を伸ばすだけだったからな」


 ソサエティに所属していた当時、魔女たちの間には一つの不文律があった。己の使う魔法、その応用を気安く見せるべからず。


 権力闘争に明け暮れていた当時の魔女たちは、自身の魔法の基礎的な使い方だけで戦っていた。迂闊に奥の手を見せれば、容易に対策されてしまう。


 そうなれば、決闘での敗北は必定だからだ。そのため、ローグも糸を伸ばす、絡め取る、切断するといった基本の使い方だけを他者に見せていた。


「んっふっふっ、私に手傷を負わせたから一つご褒美をあげるよぅ。私の本体はねぇ、君よりも遙かに長生きなんだよぅ。それこそ、千年じゃ利かないくらいにねぇ」


「あ? んなわけあるか、今ルナ・ソサエティに属してる最年長の魔女はマーヤだぞ。それ以上の年齢の奴はみんな汚職を暴かれて追放されたり、権力闘争に敗れて失脚やら暗殺されたやらでみんな消えたんだ」


「そうかなぁ? 本当にそう思っているのなら……いや、これ以上は喋り過ぎになっちゃうねぇ。そろそろぉ、私の反撃の時間だよぅ!」


「反撃だ? ハッ、そんな状態でやれるもんならやってみろ。それより早く、残りの糸がてめえの頭を貫くぜ!」


 思わせぶりな台詞を口にした後、悦楽の君は声色を変えそう宣言する。これまで通り楽しそうな声に、確かな殺意を込めて。


 ローグは鼻で笑いつつも、油断は決してしない。相手は、長年ルナ・ソサエティとレジスタンスを手玉に取り続けてきた存在だ。


 少しでも隙を見せれば、容易く逆転される。殺してから正体を拝めばいいと、相手のこめかみ目掛けて糸を放つ。


「くたばりな、仮面野郎!」


「んっふっふっ、そうはいかないねぇ! なにしろ、私は死なないのさぁ!」


 悦楽の君が叫んだ直後、糸が頭を貫いた。念のためにと、ご丁寧に脳みそをかき混ぜて確実に息の根を止めにかかっている。


 だが、言葉の通り悦楽の君は生きていた。それだけならまだしも、頭を糸が貫通しているのに血の一滴も流れていない。


「な、なんだこりゃ!? てめえ、一体ナニモンなんだ……?」


「これ以上知りたいなら、私を倒す以外にはないよぅ? ま、やられるつもりはまるでないけどねぇ!」


 動揺するローグにそう言い放った後、悦楽の君は驚くべき行動に出た。頭を貫く糸に自分の魔力を流し込み、支配権を乗っ取った。


 そのままローグに反撃する……と思いきや、頭から抜けた糸を使って自身の手足を根元から切り落としてしまったのだ。


「ん~ふっ! これで身軽になれたよぅ、余計なものはそぎ落とさないとねぇ。んふふふふ」


「あり得ねぇ……正気か、てめえは? いや、それよりも……そもそも生物なのかよ、まずそこから疑いたくなるぜ」


「んふふふふ、私は魔魂転写体だよぅ? 生物か否か以前に、ただのモノなのさぁ。本体から与えられた使命を、忠実にこなすためのねぇ!」


「ぐっ、あっぶね!」


 手脚ごと糸を切り離し、自由に動けるようになった悦楽の君。ふわりと宙に浮き上がり、高速移動して体当たりを繰り出す。


 マントの表面に鋭いトゲを出現させ、それでローグを貫こうとする。対するローグは糸を伸ばし、十数メートルほど左に見える岩に突き刺してそちらに逃げた。


「おやぁ、追いかけっこをするのかぁい? んっふっふっ、いいよぅ。逃げる相手を追いかけるのは大好きなのさぁ!」


「やれやれ、軽くマーヤと会ってくるだけのつもりがどうしてこうなったんだか……。明日の朝までに、あいつを倒して帰れりゃいいんだが……」


 雪上を滑りながら、ローグはそう呟く。吹雪は勢いを弱め、消えようとしている。それが、まるで自分の行く末を暗示しているように、ローグには思えた。

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― 新着の感想 ―
[一言] ローグは糸使いだったか(ʘᗩʘ’) しかし残念だったな(-_-;)飛んだ場所が遠くでも屋内じゃないから糸結界が張れないぞ(٥↼_↼) 糸装備は閉所空間ではパーティー戦に不向きだけどタイマン…
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