23話─天を舞う戦乙女
ヴェリトン王国北部の城塞都市、ラグズラズ。街を囲む堀の外、荒涼とした平野にて騎士団と闇の眷属たちが戦っていた。
「ありったけの大砲を撃ち込んでやれぃ! 薄汚い簒奪者どもを蹴散らすのだぁ!」
「かしこまりました、バンゲル隊長!」
「いつまでもシュヴァルカイザーに頼ってばかりではいかん! 助けは来ないものと思えぃ! 我らの底力、見せ付けてやるのだぁ!」
鎧を着込んだ大柄な男が、部下たちに檄を飛ばす。現状、どうにか街への侵入は防げている。が、それは地上戦に限った話だけ。
カンパニー本社が送り込んだ刺客たちは、すでに準備を終えていた。騎士団の手が届かない、上空からの爆撃を始める。
「グライダー部隊、出撃! 街にマジックボムを投下しろ! 火の海にしてしまえ!」
「あれは……! バンゲル隊長、敵が空から! 防壁を越えて街に侵入しようとしています!」
「ぬうっ、おのれぇい! こちらの大砲では奴らに届かぬ……壁上通路の防衛兵器だけでは手が足らぬ……!」
「ハハハハハ!! さあ、攻撃かい……のわぁっ!?」
「ひええっ! こ、こっちに来るなぁぁぁ!! あぎゃぱあっ!」
悠々と防壁を越え、爆弾を投下しようとするグライダー部隊。か、その時。突風が吹き荒れ、部隊を街の外に押し戻した。
コントロールが利かなくなった部隊の面々は、お互いぶつかり合う。結果、衝撃で爆弾が連鎖的に起爆して全滅する。
「ぬぉう……今の風は! それに、街に飛来してくるあのシルエット……」
「鳥か!?」
「飛行船か!?」
「いや、違う! あれは!」
「どうやら間に合ったようね、シュヴァルカイザー。さあ、ちゃちゃっと敵を全滅させちゃいましょ!」
「ええ。僕たちが来たからには、もう相手の好きにはさせません!」
ラクズラズ上空に、二つの影が姿を現す。空を見上げていた騎士たちは、強力な助っ人たちの登場にわっと歓声をあげる。
「シュヴァルカイザーだぁぁぁぁぁ!!!」
「むう、もう一人おるな……そうか、あやつがレヴィンの言っていたホロウバルキリーか! ムフハハハ、なんとも頼もしい助っ人よのぅ!」
バンゲルたちの士気が上がる中、上空にいるフィルは遠く離れた敵陣の観察を行う。サーチアイを発動させて、エージェントの有無を確かめる。
「どうやら、今回は以前戦ったエージェントたちはいないようですね」
「そっか、リベンジしてやりたかったけど……お預けってわけね。フィルくん、役割分担はどうする?」
「僕は地上に降りて斬り込みます。アンネ様はここに残って、敵の飛行部隊の迎撃を。またこっちに向かってきてますからね」
「オッケー、任せて!」
敵陣の方を見ると、新たなグライダー部隊が出撃してくるのが見えた。フィルたちの出現に懲りることなく、また空爆を仕掛けてきたのだ。
アンネローゼはグライダー部隊の迎撃、フィルは地上から直接敵陣への攻撃。役割を決めた二人は、握り拳をコツンとぶつけ合う。
「気を付けて戦ってくださいね、アンネ様。では行きますよ! シュヴァルカイザー……」
「ええ、こっちは気にしないでガンガン暴れてきて! 行くわよ、ホロウバルキリー……」
「オン・エア!」
互いにそう声をかけた後、二人同時に叫びをあげる。それを合図に、フィルは地上に向けて急降下していった。
一人残ったアンネローゼは、槍を呼び出し構える。その目には、闘志の光が宿っていた。亡き父母に勝利を捧げる。
そのために、彼女は戦う。そこには、一切の油断も慢心も無い。そんなアンネローゼの元に、十数人の敵が接近していく。
「見えたぞ、あいつがブレイズソウル様の言っていた女だ!」
「蹴り一発でノされちまうような雑魚、警戒する必要なんてねぇ。風にさえ気を付ければ、俺たちが負ける理由は無い! お前ら、かかれ!」
「来なさい、闇の眷属たち。言っておくけど、いつまでも私が弱いままだと思ったら大間違いよ! 武装展開、エアーリッパー!」
襲いかかるグライダー部隊の中心に飛び込み、アンネローゼはスーツの各部を展開する。真空の刃を全方位に放ち、敵を切り刻んでいく。
「なぁっ!? こ、こんな攻撃が……」
「ヤバい、グライダーが切り裂かれて……うわああああああ!!!」
「さあ、かかってきなさい! 近付いてきた奴から貫いてやるわ! ていやっ!」
「ぐえあっ!」
全身から放った真空の刃で数人を始末した後、アンネローゼは近くにいた敵を槍で貫く。闇の眷属たちは必死に逃げ回り、どうにか相手の上を取ろうとする。
「何とかして制空権を取れ! 爆弾を落として木っ端微塵に」
「させないわよ! バーストハリケーン!」
が、そう簡単に頭上を取らせない。アンネローゼは翼を思いっきり羽ばたかせ、乱気流を発生させる。グライダーを巻き込み、地上へ叩き落とす。
「ぐおっ!? やば、バランスが取れな……」
「おあああああああ!! ぐべっ!」
「だ、ダメだ! こいつ、聞いてたよりも強いぞ!」
「あら、もう終わり? さっきまでの威勢の良さはどこにいったのかしら。ま、いいわ。残りもこのまま……むっ!」
運良く乱気流から逃れ、生き残った敵は三人。全員が戦意を喪失し、今にも脱兎の如く逃げだそうとしていた。
そんな彼らを仕留めようとするアンネローゼは、スーツに内蔵されたセンサーが反応を捉えたことに気付く。何かが近付いてきているのだ。
「そこマでだ、ホロウバルキリー。ブレイズソウル様かラ部隊を預かル者とシて、お前をコこで葬らセてもらうゾ」
「来たわね、中々強そうなのが。いいわ、相手になってあげる」
敵の本陣から、ハヤブサの姿をしたキカイの戦士が飛翔してくる。鈍色の翼を羽ばたかせ、アンネローゼに鋭い眼光をぶつける。
「我ガ名はバルーゼ。このグライダー部隊を纏めル者なリ。お前たちハ退け。地上ノ部隊と合流シ、街ヲ落とすのダ!」
「か、かしこまりました!」
「おっと、悪いけどそうはさせないわよ! エアーリッパー!」
ハヤブサ……バルーゼは部下たちを撤退させ、他の部隊に合流させようとする。それを阻止するべく、アンネローゼは真空の刃を放つが……。
「させヌ! メタルフェザーシールド!」
「! 攻撃が……防がれた!?」
「我が羽ハウルの陽鉄デ造らレた特製ノ物。そう簡単ニ切り裂くコとは出来ぬゾ」
「へぇ、面白いじゃない。なら、直接穿ってやるまでよ。いざ尋常に勝負!」
バルーゼは翼を上下させ、羽根をバラ撒く。抜け落ちた羽根が丸く広がり、盾となって攻撃から部下たちを守った。
その頑丈さに舌を巻きつつ、アンネローゼは槍を構え突進する。空を漂う羽根の盾を槍で叩き落としながら、バルーゼに近付く。
「せいやあっ!」
「おっト、危ない危ナい。中々の速さダが、私にハ敵わヌ。次ハこちらノ番だ! ビークスピア!」
「わっ、あぶなっ!」
しかし、巧みな空中制動によって攻撃を避けられてしまう。お返しとばかりに、今度はバルーゼの攻撃が炸裂する。
一旦アンネローゼから距離を取り、凄まじい勢いで突進する。鋭く尖ったクチバシを使い、バルキリースーツごとアンネローゼを貫くつもりだ。
幸いにも、間一髪で攻撃を避けることは出来たが……無傷とはいかず、左のモモの部分が切り裂かれてしまった。
「ひえっ、インナーが見えてる……。生身だったら、肉が裂けて骨が見えてたわね。こわー……」
「よく避けタものだ。先ほドの動きとイい、ブレイズソウル様に聞いテいたよりモ強いナ」
「当たり前よ、こちとらアイツにリベンジするために修行してんだから! あんたに勝って、自信をつけさせてもらうわよ。覚悟しなさい!」
「フッ、いいダろう。相手ヲしてくれルわ!」
街の上空にて、アンネローゼとバルーゼは互いに睨み合う。熾烈な空中戦が、幕を開けようとしていた。