220話─ダイナモドライバー複製計画
「よっと! 到着したぜ、シュヴァルカイザーの基地に……って、なんか静かだな」
「人の気配がしないな。出掛けているのか?」
試作のダイナモドライバーを譲ってもらうため、カルゥ=オルセナにやって来たローグとジェディン。だが、どこか基地の様子がおかしい。
常ならば誰かがいるはずなのに、人の気配がほぼないのだ。首を傾げつつ、二人は基地の中に入る。しばらく進むと、つよいこころ五号が飛んできた。
「ピピピ、オカエリナサイマセ、ジェディン様。現在ギアーズ博士ハ治療中デス」
「なに? どういうことだ?」
「基地ガ襲撃サレ、敵ノ攻撃ヲ受ケテ気ヲ失ッテシマイマシタ。ソノタメ、別室ニテ治療シテイマス」
「なんということだ……! フィルたちはいないのか!?」
「フィル様ハ攫ワレ、アンネローゼ様ハ倒レテシマワレマシタ。オボロ様タチハ、敵ノ仲間ト戦ッテイル最中デス」
「そんなことが……なるほど、こちらもこちらで大変なのだな」
二人が帰ってきたのは、アンブロシアによってフィルが攫われ、なおかつオボロとレジェがまだ戻ってきていない……という、絶妙に間の悪いタイミングだった。
フィルやアンネローゼの安否が気になるが、生憎ジェディンたちにもやらねばならないことがある。手短に事情を伝え、試作ドライバーを持ってきてもらうことに。
「オ待タセシマシタ、試作ダイナモドライバーヲ博士ノラボカラ拝借シテキマシタ」
「済まないな。先生が目覚めたら、代わりに謝っておいてもらえないか? 試作ドライバーを拝借してごめん、と」
「カシコマリマシタ、行ッテラッシャイマセ」
「よし、これで用事は終わったな。こっちの事情も気になるが……ま、こっちはこっちでなんとかするだろ」
つよいこころ五号が持ってきた試作ドライバーを受け取り、ジェディンは伝言を頼む。ローグに連れられて、二人はカルゥ=イゼルヴィアに戻る。
シゼルと合流し、二人はレジスタンスのアジトの三階にある研究フロアに向かう。そこで、ドライバーの解析や複製を行うのだ。
「やっほー、待ってたわヨォ! へぇー、これがウワサのダイナモドライバーなの! これをいじくれる日が来るの、ずっと楽しみにしてたのヨォ!」
「そ、そうか……。あまり手荒に扱うなよ? 壊れたらどうにもならんからな」
「ウフフ、問題ないわヨォ。レジスタンス最高の頭脳の持ち主、スーマン様はミスなんてしないノヨ!」
研究室で待ち構えていたのは、筋骨隆々のオカマちゃんだった。六人いる部隊長の一人、スーマン・ノートンは大はしゃぎしながらドライバーを受け取る。
裾の長い白衣の下はタンクトップと短パン一丁という、研究者とは到底思えないワイルドな格好をしたオカ魔女は、意気揚々と奥の方に引っ込む。
「何というか……個性的な魔女だな、アレは」
「気を付けろ、アイツかなりアグレッシブな奴だからな……男も女も関係ねぇバイだ。狙われねえようにしとけよ?」
「……肝に銘じておこう」
スーマンが去った後、ローグはコッソリジェディンに耳打ちする。チラッとシゼルの方を見ると、彼女は苦笑いしていた。
なんやかんやありつつ、無事試作ダイナモドライバーを届けることが出来た。ここからは、スーマンたち研究班の仕事だが……。
「……俺も手伝うか。やはり、仕様を知らない者たちだけで研究させるのは危なすぎる」
「そう? きっとスーマンたちも喜ぶわ。勝手を知ってる人がいれば、その分研究も早く進むだろうし」
「つって、出来るのかよお前。ドライバーの解析とかを」
「ああ。俺もギアーズ先生の教え子……その端くれ。それくらいは出来るさ。安心しろ」
ローグたちと一緒に去ろうとするが、ジェディンはふと思い直しきびすを返す。ダイナモドライバーには、不正改造を防ぐ機能が搭載されている。
それを無効化してからでないと、ドライバーの改造は出来ないのだ。無理矢理改造しようとすると、機能停止してしまうのである。
そうなると、ドライバーを持ってきた意味が無くなってしまうのだ。ギアーズの教え子であるジェディンが加われば、そんな事故も起きないだろう。
「そうと決まれば、善は急げだ。早速手伝いに行ってくる」
「んじゃ、オレたちは迎撃兵器の増産と初戦で死んだ連中のメンタルケアをするわ。頑張れよ、ジェディン。いろんな意味で」
「スーマン、悪い人じゃあないから……何かされても、あんまり気にしないでね?」
どこか不穏な言葉を残し、ローグとシゼルはそそくさと去って行く。少し不安になるも、前言を撤回するわけにはいかない。
「……行くか。研究室はこの奥……だな?」
一人残ったジェディンは、廊下へ続く扉ではなく応接室の反対側にある扉へ向かう。そこから、奥にある研究室に入れるのだ。
ドアノブに手を伸ばした途端、扉の一部が盛り上がり始める。ジェディンの顔とちょうど同じ高さの部分に、人の顔が現れた。
「あら、どうしたのかしら? 他の二人は行っちゃったのに、帰らなくていいノォ?」
「!? あ、ああ。解析作業を手伝おうと思ってな。仕様を知っている者がいた方が、スムーズに進むだろうと……」
「アーラ、ありがたいわネェ! うちのコたち、ちょーっと悪戦苦闘しちゃってテェ。お手伝いしてもらえるなら、ありがたいワァ。今ロックを外すから、待っててネェ」
扉に浮かんでいるのは、スーマンのイカツい顔だ。正直言って、かなり異様で不気味な光景である。ジェディンでなければ、腰を抜かしていただろう。
「お待たセェ。さ、入って入って。ゴチャゴチャしたところで悪いわネェ。いっつも皆にお片付けしなさーいって注意してるんだケド、気が付くとすーぐ物で溢れちゃうのヨォ」
「そうか……まあ、分からんでもない。先生のラボも、だいぶ散らかっているからな」
扉の魔力ロックが解除され、中に入れるようになった。ひとりでに扉が開き、奥へと進めるようになったまではよかった。
が、なんと扉に浮かんでいたスーマンの顔が裏側に移動し、あろうことか壁伝いにジェディンを追いかけてきたのだ。
下手なホラー作劇よりもおぞましい光景に、ジェディンは軽いめまいを覚える。が、ここで気絶すれば相手に失礼と、平静を装い耐えた。
「それでネェ……あら、ルルカが呼んでルワ。ごめんねー、先に行ってるワァ。ジェディンチャンはゆっくり来てくれていいからネェ」
「あ、ああ。そうしよう」
廊下を進むこと、数分。その間、ジェディンはスーマンのマシンガントークに晒されることになった。女達三人寄ればかしましい、とは言うが。
スーマンは一人でもやかましいことこの上ない。辟易しはじめたところで、タイミングよく彼女に声をかけたルルカという魔女に、ジェディンは心から感謝する。
「……ローグの言う通りだったな。あそこまでグイグイ来るとは思わなかったぞ。……ん、ここか。すでに大分気疲れしているが……行くとするか」
ドッと精神的な疲れが溜まり、端役もやる気に陰が落ちたジェディン。しかし、研究室の目の前まで来てトンボ帰りするわけにはいかない。
覚悟を決め、目の前にそびえる鋼鉄製の扉をノックする。すると、少ししてひとりでに扉が開いた。中に入ると、そこは広大な部屋になっていた。
「ようこそ、いらっしゃいませ。わたくし、スーマン隊長の秘書兼副隊長のネネと申します」
「ああ、出迎えてくれたのか。ありが……ん? 君、サラに似ているな。もしや……」
「はい、私はあの娘……サラの姉です。以前のペルローナ討伐作戦で、妹がお世話になりました。お礼を言うのが遅れて、申し訳ありません。サラを助けていただき、ありがとうございました」
研究室に足を踏み入れたジェディンを出迎えたのは、白衣を着たオレンジ色の髪を持つ女性だった。どこか既視感を覚えた彼に、女性……ネネはそう答える。
「ああ、なるほど。そういうことか。サラの姉か……姉妹揃ってレジスタンスで活動しているのだな。よろしく、ネネ」
「はい、こちらこそ! ……ところで、ジェディンさんに一つお聞きしたいことがあるんです。質問してもよろしいでしょうか?」
「ああ、奥に向かいながらでいいなら。俺に答えられることなら、何でも答えよう」
「ありがとうございます! じゃあ、隊長のところに案内しますね」
ジェディンを連れ、ネネはスーマンの元に向かう。大きな二つの三つ編みヘアーを揺らしながら、上機嫌に歩いていく。
「じゃあ、さっそくの質問を。ジェディンさん……妹とはどこまで進んでます?」
「……ん?」
一発目の質問に、ジェディンは間の抜けた声を出す。思いもしなかった受難が、やって来たようだ。




