219話─ソサエティの裏側
ジェディンとローグがカルゥ=オルセナに向けて出発する、少し前。ルナ・ソサエティの大倉庫にて、ネクロモートの改良が行われていた。
初戦で発覚した、ネクロモートの弱点。翼と胴体の接合部分の脆弱性を改善するため、急ピッチで改修作業が進んでいく。
「まだ作業は始まったばかり、ね。全機終わるまで、どれくらいかかるかしら」
「ハッ、なにぶん数が数なもので……急いで終わらせても、明日の朝までかかるかと」
「そう、仕方ないわね。ま、いいわ。焦っても仕方ないものね、無理しない範囲でやってちょうだい。労災が発生したら、戦争どころじゃなくなるから」
「かしこまりました、ヘカテリーム様」
補強作業の現場を、連絡通路の上から目を細めつつ視察するヘカテリーム。淡々とした口調でそう述べる彼女を見ながら、部下の魔女は内心ヒヤヒヤしていた。
ヘカテリームが目を細めながら淡泊な物言いをする時は、大抵怒りを溜め込んでいる時だからだ。この場合の怒りの対象は、レジスタンスたちだ。
「全く、しぶといのが困りものね。あの魔女たち……どうにかしないと、敵のアジトを叩けないわ。本当にイライラする……」
ブツブツ呟きながら、トントンと指で柵を叩くヘカテリーム。これも、彼女が怒った時のクセだ。この状態になると、迂闊に声もかけられない。
テルフェのような身勝手極まりない性格ではないため、理不尽な暴力が飛んでくることはない。が、その分不機嫌オーラを振り撒きまくるのだ。
(うう、どうしよう……こうなった時のヘカテリーム様の側にいると、寿命が猛スピードで削れてくような錯覚に陥るのよね……)
不機嫌オーラを直に浴びせられ、部下の魔女はキリキリ胃が痛くなってくるのを感じていた。とはいえ、勝手に離れれば怒られる。
かと言って、許可を取ろうと話しかけると愚痴の嵐を叩き込まれさらに逃げられなくなってしまう。この八方塞がりの状況を脱却するための方法は、ただ一つ。
「ヘカテリームさまー? ヘカテリームさま、どこにおられますかー?」
「! この声は……カーリー! わたしは一度ソサエティ本部に帰るわ、作業を続けていてちょうだい」
「は、はい! かしこまりました!」
大倉庫の入り口から、幼い少年の大声が聞こえてくる。ヘカテリームがいると教えられ、カーリーが迎えに来たのだ。
愛する従者の声に、先ほどまでの不機嫌さが吹っ飛んだヘカテリーム。部下にそう言い残し、連絡通路から飛び降りて最短経路を突き進む。
「ふー……よかった。あの子にこっちに来てもらうよう、あらかじめ連絡しといて。じゃなかったら、ヘカテリーム様の愚痴地獄に巻き込まれてたわ……」
こうなることを見越して、ヘカテリームが帰還したら大倉庫に来るよう、事前にカーリーに連絡をしていたのが功を奏した。
苛立っているヘカテリームと唯一普通に接することが可能なのは、カーリーしかいない。彼がいれば、万事上手くいくのを経験で知っていた。
「さて、さっさと作業を終わらせないとね」
他の七栄冠がちょっかいを出してこないとも限らないため、大倉庫を立ち入り禁止にした上で魔女たちは作業を続ける。
一方、ヘカテリームを含めた七栄冠たちは何をしているのかというと……。
「ふっ! とうっ! ていやっ! へっ、フラストレーションが溜まったら、身体を動かして解消すんのが一番だぜ!」
マルカはソサエティ本部内にあるジムにて、部下を相手にキックボクシングのスパーリングを行っていた。戦えなかった鬱憤を、こうやって晴らしているのだ。
「ちょ、待ってくださ……へぶっ!」
「あーあ、また一人気絶した……次、誰が行く?」
「あんたが行ってよ、私この前あばら折られてまだ完治してないんだから」
「えー……嫌だなぁ……」
「オラァ、どうしたぁ! さっさと次の奴来いやぁぁぁ!」
もっとも、付き合わされている部下たちからすればたまったものではない。凄まじいフィジカルを誇るマルカのスパーリングに付き合う。
それは、あの世への片道キップを無理矢理握らされたのと同義なのである。手加減してもらってなお、あばらが折れる危険性があるのだ。
「うう、仕方ない! マルカ様、本当に、ほんっとうにお手柔らかに頼みますからね!?」
「おう、任せとけ! 出来るだけ一瞬で気絶出来るようにしてやっから!」
「それはお手柔らかとは言わな……へみゅっ!」
全身ガッチガチにプロテクターで固めた魔女が、意を決してリングに上がる。が、身構える前にマルカの蹴りを食らい、コーナーポストに吹き飛ばされた。
「おおおおお……!!! あ、頭が割れるぅぅぅぁぁぁ!!!」
「わりぃわりぃ、うっかりいつものクセで足が出ちまった。ほら、回復してやるからもっかいやろうぜ? まだ全然収まんねえんだよ、闘争心がさ」
「ひぇぇぇぇ……!!!」
蹴りの直撃を食らったヘルメットタイプのヘッドギアに亀裂が走り、今にも壊れそうになっている。悪びれもせずそう言った後、マルカは死刑宣告に等しい発言をした。
「ちょ、待ってくださ……やめ、ひゃあああああ!!」
広いジムの中に、魔女の悲鳴がこだました。その頃、マーヤはある人物の元に出向き、報告を行っていた。それは……。
「……というのが、今の状況です。じきにレジスタンスを滅し、障害を排除しますのでご安心を。……封印の御子クウィン様」
「無茶はしないでね。敵はレジスタンスだけじゃないから。彼女らを倒した後には、カルゥ=オルセナにいる敵と戦わないといけないしね」
大きな鏡の中にある、もう一つのカルゥ=イゼルヴィア。鏡映しになったソサエティ本部の一室に、マーヤと一人の少年がいた。
神主のような赤と白の装束を身に着けた、おかっぱ頭の少年。クウィンと呼ばれた彼は、ミカボシを封じる役目を負った御子。
カルゥ=オルセナに存在する、もう一人の封印の御子……クルヴァの運命変異体だ。
「問題はありません。時の固定とリセットの魔法を使えるヘカテリームがいる限り、レジスタンスには負けることないでしょう。ただ……」
「ソサエティの中に潜む裏切り者の存在が気がかりなんだね? マーヤ」
「はい。アンブロシアが何やら当たりをつけたようで、カルゥ=オルセナに行きましたが……果たして、それが功を奏するのか。私には分かりません」
ルナ・ソサエティの内部で暗躍する裏切り者、仮称X。その存在は、封印の御子たるクウィンも把握していた。
だが、肝心の正体が分からない。相手の動きから、なんとなく目的は見えている。だからこそ、余計正体を掴めなかった。
「……恐らく、裏切り者の目的は僕を殺すことだ。そうすれば、イゼルヴィア側の封印が消え、ミカボシが顕現することになる」
「ですが、そのようなことは不可能です。……と、七栄冠が全員健在なら言えたのですが」
「僕を護衛出来る者たちを、最優先で消してきているね、敵は。そこまでして、この大地を滅ぼしたいようだけれど……どうして、そんなことをするんだろう。この大地が無くなれば、裏切り者も死ぬしかないのに」
ミカボシがよみがえり、カルゥ=イゼルヴィアが消滅すれば……オルセナとの繋がりも消え、並行世界に渡る手段はなくなる。
同世界にある他の大地に逃げたところで、活発化したミカボシによって滅ぼされるのは目に見えている。一度復活を許せば、安住の地は消えるのだ。
だからこそ、クウィンは解せなかった。何故裏切り者が、自分を殺すために暗躍しているのかが。
「……私の予想ですが。仮称Xは、強い恨みの念を抱いているのではないでしょうか。この世界諸共死んでもいいとさえ思えるほどの憎悪を」
「かもしれない。……まあ、今は他に優先しなくちゃならないことがある。裏切り者やミカボシのことは、後で考えるよ」
そう口にし、クウィンはマーヤを下がらせる。窓から外を見つめ、己以外生物の存在しない鏡の世界で一人思案する。
「……時間がない。ミカボシが封印を破れるだけの力を蓄え終わるまで、猶予はほとんどない。急がないと……双子大地は共倒れだ」
ミカボシの力が日々高まっていくのを感じ、クウィンは焦っていた。一刻も早くカルゥ=オルセナ側の封印の御子を抹殺しなければ、未来はない。
カルゥ=イゼルヴィアをミカボシの脅威から救わなければと、決意を固め直す。今、レジスタンス程度に手こずっているわけにはいかないのだ。
「……頑張って、月輪の魔女たち。この大地の未来のためにも、必ず勝って」
配下たちの勝利を、一人祈る。その祈りが届くのかは、誰にも分からない。




