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213話─開戦準備

「……そう。これがネクロモートなのね。アンブロシアが好みそうな外見だこと」


「全機スタンバイ状態です。ヘカテリーム様が号令をかけてくだされば、いつでも出撃出来ます」


 メイナードたちが守りを固めている頃、ルナ・ソサエティも全面戦争の準備を進めていた。本部に隣接する倉庫に運び込まれてくるネクロモートを、連絡通路から見る者がいた。


 ショートボブにした水色の髪を持ち、眠そうな垂れ目をした女は、身に着けている赤いローブの裾が汚れないよう手で押さえながら搬入作業を見ている。


「あと何時間で搬入が終わるかしら?」


「はい、特殊兵器工場(プラント)と直通のポータルを開いているので……簡単な点検等も合わせて、二時間ほどで終わるかと」


「そう。じゃあ、全部終わったら起こして。それまで、寝て魔力を貯めておくから」


「ハッ、かしこまりました!」


 女……『太陽』の魔女ヘカテリームは、部下にそう言い残して連絡通路を歩いていく。本部の上階にある自室に戻り、寝間着に着替える。


 大きなあくびをした後、ヘカテリームはキングサイズのベッドに腰掛けた。手元に魔法のベルを呼び出して、チリンと鳴らす。


「お呼びでしょうか、ヘカテリームさま」


「これからお昼寝(シエスタ)するわ、いつも通り腕枕しなさい、カーリー」


「はい、かしこまりました。では、失礼します」


 鈴の音を聞き、寝間着を着て枕を持った少年が部屋に入ってくる。ヘカテリーム専属の従者である少年、カーリーは一礼してからベッドの真ん中に横になった。


 右腕を横に伸ばし、慣れた仕草でぽんぽんとベッドを叩く。そこにヘカテリームが移動し、カーリーの腕を枕にしてごろんと寝転がる。


「お前の髪はいつもサラサラね。触っていると時間が経つのを忘れるわ」


「ありがとうございます、ヘカテリームさま。でも、ちょっと恥ずかしいです……」


「何を言っているの、もう四十年も寄り添っているというのに。今更恥ずかしがるなんて、お前もうぶな子ね。そこが可愛いのだけれど」


 短く刈り揃えられた少年の赤い髪を撫でながら、ヘカテリームは微笑む。孤児院に拾われてきたカーリーを気に入り、従者にしたのが四十年前。


 カーリーにも不老の力を授け、出会った頃の可愛らしさを維持したままずっと愛で続けていた。そんな蜜月の日々を、ずっと送ってきたが……。


「このままでいいから聞きなさい、カーリー。今日、あと二時間ほどでレジスタンスとの全面戦争が始まるわ」


「ええっ! そんないきなり……でも、怖がってちゃだめですよね。ヘカテリームさまを守るために、僕も戦います!」


「ふふ、ありがたい申し出だけれど。お前を戦場に立たせるわけにはいかないわ。不老の力はあれど、わたしたちのように戦えるわけじゃない。力になろうとしてくれているのはありがたいけど、お前は普段通りにわたしの世話をしてくれればそれでいいの」


「は、はい。分かりました……」


 突如、日常が終わることを告げられ驚くカーリー。主人を守るため戦おうとする彼を、ヘカテリームが止めた。


「そう。いい子ね、お前は。大丈夫、わたしの魔法があればレジスタンスには負けないわ。新しい兵器も手に入ったしね」


「兵器、ですか」


「ええ。二時間後のお楽しみよ。さあ、そろそろ寝ましょう。おやすみ、カーリー」


「はい、おやすみなさい。いつものように子守歌を歌いますね」


 ヘカテリームが目を閉じると、カーリーが優しい声で歌い出す。子どもがよく眠れるように、母親が口ずさむ子守歌を。


 心地よい声を聞きながら、ヘカテリームはすやすやと寝息を立てる。彼女が眠ったのを確認した後、カーリーも目を閉じて眠りにつく。


 一方、大倉庫ではネクロモートの点検が行われていた。二時間で終わると大見得を切ったものの、実際その時間で終わるかだいぶ怪しい。


「ふう、ふう。千機以上あると、簡単なメンテナンスだけでも大変ね。これ、ちゃんと二時間で終わるのかしら……」


「コラー、サボるなー! 時間がないんだ、ちゃっちゃか終わらせろアホどもー!」


「ひいっ! すいません姉御ー!」


 メンテナンス担当の魔女たちは、時間内に作業を終わらせるため大急ぎで点検を行う。その様子を、ネオボーグはジッと見ていた。


(懐カしいものダな。カンパニーの工場デも、似たようナ光景を何度か見た。どの世界デも、技術者が多忙なのハ変わラぬな)


 自分たちで言い出したこととはいえ、突発的なデスマーチ開催にてんやわんやしている魔女たちを見て、ネオボーグは懐かしい気分になっていた。


 同時に、かつての栄光ある時代を思い出す。再び己が黄金時代を取り戻さんと、彼は決意を固める。


(ここカらが、ワタシの再スタートだ。必ず、ワタシは成り上がっテみせル。絶対ニな!)


 悦楽の君やルナ・ソサエティを出し抜き、もう一度頂点に返り咲こうとするネオボーグ。が、そんな動きをローグが見逃すわけもなく。


「……チッ、厄介なことになったな。オリジナルめ、厳重に守られてやがるせいでこっちから仕掛けられねぇか……。メイナードたちに報告する以外、こっちからやれることはないな」


 千里眼の魔法を使い、隠れ家から大倉庫の様子を窺うローグ。オリジナルであるヴァルツァイト・ボーグの復活を知り、対策に追われることに。


 まずはレジスタンスのアジトに向かい、ネオボーグの復活をメイナードやジェディンたちに伝えることにした。一人で挑んでも、返り討ちにされるのが目に見えているからだ。


「よっと、到着……って、こっちもこっちで慌ただしいなおい」


「あら、ローグ。ちょうどいいところに来たわね、防衛設備の増強を手伝いなさい」


「わりぃなピスタ、それどころじゃねえんだ。急ぎメイナードに伝えねえといけないことがある、そっちはそっちでやってくれ」


「あ、ちょっと! もう、仕方ないわね」


 アジトに移動したローグを見て、部隊長の一人がやって来る。魔女を適当にあしらい、ローグは他の魔女に捕まらないよう急ぎ総裁の部屋に向かう。


「メイナード、邪魔するぜ。急ぎ耳に入れねぇとヤバい情報を持ってきた」


「おや、久しぶりだなローグ。……君がそんなに焦ってるってことは、相当不味い事態になってるってことだね?」


「ああ、相当なんてもんじゃねぇ。イレーナとジェディンを呼んでくれ、あいつらにも知らせておきたい」


「分かった、すぐに呼ぶよ」


 防衛強化の申請に必要な書類を書いていたメイナードは、念話を使い現場で働いていたジェディンたちを部屋に呼ぶ。


 役者が揃ったところで、ローグは彼女たちに伝える。ヴァルツァイト・ボーグがネクロモートに意識を移し、よみがえったことを。


「そ、そんな! シショーと姐御が必死に戦ってやっと倒したのに! あいつが復活したなんてあんまりっすよ!」


「落ち着け、イレーナ。奴がよみがえったのなら、もう一度地獄に叩き落としてやればいい。俺たちも強くなった、それくらいは出来る。そうだろう?」


「……そうっすね。シショーたちは、オルセナに渡った魔女の相手で忙しいだろうっすから。今回はアタイたちの手でやっつけてやるっす!」


 宿敵の復活を知り、動揺するイレーナ。そんな彼女を落ち着かせ、諭すジェディン。最凶の敵がよみがえったのなら、もう一度地獄に落とせばいいと。


 落ち着きを取り戻したイレーナは、ジェディンの言葉に頷く。そんな彼らに、ローグは一つの提案をした。ネオボーグの相手を任せてほしい、と。


「あいつは必ず、オレを殺しに来るはずだ。運命変異体にちょろちょろされてると、邪魔だろうからな。だから、オレが返り討ちにする。いいだろ?」


「一人で大丈夫なのか? いくらお前でも、一筋縄ではいくまい」


「まあ、ネクロモートを全部相手に……ってのはいくらなんでも無理だ。だが、ネオボーグの意識が宿ってるのが一機だけならやりようはある」


「そうか、だが窮地に陥った時は助けるぞ。みすみす見殺しにしたら、フィルに怒られるからな」


「ありがとよ、ジェディン。ま、こっちはこっちで上手くやるさ。お前らは魔女本隊との戦いに集中しとけ」


 そんなやり取りの後、ローグは総裁の部屋を出る。ネオボーグを討つための準備をするためだ。アジトのエントランスに出て、外を見る。


 太陽はまだ、固定されていない。だが、時間は多くは残されていないだろう。もうじきに、戦いが始まることになる。


「……急がねえとな。奴だけは、オレが仕留める。それが、同じヴァルツァイトとして生まれた者のケジメだからな」


 太陽を見ながら、ローグはそう呟いた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 各々の陣営にも譲れない物が有るだけに平和協定は夢のまた夢か(ʘᗩʘ’)
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