22話─記憶と愛を受け継いで
「な……何を言ってるの? お父様。やめてよ、こんな時に冗談なんて」
「冗談なんかじゃない。私は真剣だよ、アンネ」
父の言葉に動揺するアンネローゼ。絞り出すようにかすれた声で問う、が……オットーの返事は、彼女の望むものではなかった。
「カンパニーの連中に捕まり、牢に入れられている間に考えたんだ。私は無力だと。自分の身すら守れず、足を引っ張るばかりだとね」
「そんな……こ、と……」
オットーの言葉を、アンネローゼは完全に否定することが出来なかった。彼女と違い、オットーには戦いの才能がまるで無い。
インフィニティ・マキーナを得たとしても、戦力にはなれないだろう。下手をすれば、スーツを使いこなせず自滅しかねない。
「グリッツ王の仇を討つと言いながら、結局迷惑をかけてしまった。今回は奇跡的に記憶を守れたが……次はそうもいくまい。だから……」
「私に、受け継げって? お父様から記憶を」
「そうだ。お前は私とは違う。自分を守れる強さがある。奴らに秘密を知られるような事態は、何としても避けねばならんのだ。そのためには、記憶を継いでもらうしかないんだよ」
リーナが見守る中、オットーは語る。そんな父に、アンネローゼは何も言えない。どうすれば考えを変えられるのか。
必死に思考するも、父を説得するいい言葉を思い付けない。そんな娘の元に歩み寄り、オットーは微笑みを浮かべる。
「アンネ、悲しむ必要はない。リーナがそうしたように、私の魂の一部もお前に宿る。受け継いだ記憶と共にな」
「無理よ……悲しむな、なんて言われたって無理よ! だって、お父様がいなくなったら……私は一人になってしまうじゃない!」
「いいえ。そんなことはありません、アンネローゼ。あなたには、愛する者がいるではないですか」
父の言葉を拒絶するアンネローゼに、リーナが声をかける。母の言葉に、アンネローゼはハッとした表情を浮かべた。
「そうだ。フィルくんはいい子だ。誰よりも、失う痛みを……苦しみを知っている。お前をずっと、支え続けてくれるだろう」
「お父様……」
「それに、さっきも言ったように……私の魂の一部が、お前の心の中に残り続ける。リーナと共に、永遠に見守るよ。アンネ、お前を」
しばし迷った後、アンネローゼは─小さく頷いた。彼女は決意したのだ。父と母が守ってきた秘密を、今度は自分が守ると。
涙をこぼしながら、少女は椅子から立ち上がる。オットーを優しく抱き締め、己の決意を伝える。
「……分かった、わ。今度は……ひっく、私が守るから。お父様と、お母様が……ぐすっ、大切に守ってきた記憶を」
「済まない、アンネ。苦しい決断をさせてしまって。本当に……私は親失格だよ。大切な我が子を、こんなに悲しませてしまうなんて」
「あなた……」
リーナも立ち上がり、二人を抱き締める。直後、オットーの身体が白く輝きはじめた。それと同時に、少しずつ透明になっていく。
己の死と引き換えに、アンネローゼへと記憶の継承を行っているのだ。オットーの身体から小さな光の粒が現れ、アンネローゼの中に吸収される。
「暖かい……お父様と……お母様の記憶が、流れ込んでくるわ」
「アンネ。どうか忘れないでほしい。私もリーナも、お前を愛していることを。魂だけの存在になっても、ずっと見守っているよ。ずっと、ずっと」
「私の愛しいアンネローゼ……。過酷な運命を背負わせてごめんなさい。でも、あなたならきっと、乗り越えられると信じています。あなたは、一人ではありませんから」
リーナの身体も、少しずつ消えていく。両親を見つめながら、アンネローゼは何度も頷く。涙で視界がぼやける中、改めて決意を口にする。
「任せて。この大地を、私が守るから。フィルくんやギアーズ博士と一緒に。それが、記憶を受け継いだ私の使命だもの!」
「……ありがとう、アンネローゼ。大いなる宿命を抱く者に……月輪の加護があらんことを!」
柔らかな微笑みを浮かべながら、リーナは祝福の言葉を口にする。直後、アンネローゼの視界をまばゆい光が埋め尽くす。
両親の温もりを感じながら、アンネローゼは静かに目を閉じ……意識が、消えていった。
◇─────────────────────◇
「博士、ダメです! オットーさんの心拍が戻りません!」
「くっ、ダメか……一体何が起こってるんじゃ!? どうしてこんな……」
一方、現実の世界。倒れたアンネローゼとオットーは、医務室に運ばれ救命措置を受けていた。フィルとギアーズは、オットーを救おうと手を尽くすが……。
記憶の継承と引き換えに、命が燃え尽きたオットーを救うことは出来なかった。メディカルキットに映し出されている心拍数が、どんどん低下していく。
そして……。
「……! 心拍、停止……瞳孔の拡大を確認。オットーさんは……残念ながら……」
「く……わしが、わしのせいだ……。わしが、無理に秘密を話させたからこんなことに……」
無情にも、心肺停止を告げるブザーが鳴り響く。オットーの死を確認したフィルは、力無くギアーズに報告する。
「う……」
「! アンネ様! よかった、アンネ様は無事に目を覚ませましたか……!」
「フィルくん……? そっか、私……」
「アンネ様……とても言いにくいんですが、その……」
「いいの、知ってるわ。お父様は……死んだのでしょう?」
目を覚まし、身体を起こしながらアンネローゼはそう口にする。驚くフィルたちに、自分の身に起きたことをかいつまんで話す。
「そんな……じゃあ、オットーさんは記憶を継がせるために自ら……」
「ええ。私も辛い決断を迫られたけど……後悔はしないわ。だって、お父様とお母様に失礼だもの。二人の想いを、ムダには出来ない」
世界再構築不全に関する記憶をアンネローゼに継がせ、死したオットー。そのことを知り、フィルはうつむく。
が、すぐに顔を上げアンネローゼの手を握る。真っ直ぐに相手を見つめながら、決意を言葉にする。
「……なら、これからは僕がアンネ様を守ります。オットーさんの分まで、ずっと。この命が尽き、死が二人を別つまで」
「フィルくん……う、ぐすっ。ふぐっ……」
「我慢する必要はありません。アンネ様は、僕の悲しみを受け止めてくれました。今度は、僕が……アンネ様の悲しみを、受け止めます。だから、泣いていいんですよ」
「う、うう……うわあああああん!!!」
フィルにすがり付き、アンネローゼは泣いた。離別の悲しみを癒やすように、ただひたすらに。二人の邪魔はすまいと、ギアーズはそっと医務室を立ち去る。
「オットー……バカ弟子が。師より先に逝くなど……本当に、バカな奴め……」
そう呟き、ギアーズはとぼとぼ廊下を歩く。その涙のしずくを、点々と床に落としながら。
「大丈夫ですよ、アンネ様。僕がずっと側にいますから。いつまでも、ずっと……」
「ぐすっ、ひぐっ、ううう……」
アンネローゼを抱き締めながら、フィルも涙を流す。お互い天涯孤独の身となった二人の慟哭が、医務室にこだまする。そんな中、敵の出現を知らせる警報が鳴り響く。
「こんな時に……! アンネ様、申し訳ないのですが少しだけ留守にします。カンパニーの奴らを」
「私も行くわ。いつまでもメソメソしてたら、お父様たちに叱られちゃうもの。カンパニーの連中を、軒並み叩き潰してやるわ。それが、私からのお父様への手向けよ!」
一人で戦場に赴こうとするフィルに、アンネローゼはそう告げる。そんな彼女と見つめ合った後、フィルは微笑みながら頷いた。
「……分かりました。では、一緒に行きましょう。オットーさんの想いに報いるためにも!」
「ええ! やってやるわ!」
「でも、その前に……一回鼻をかみましょうね。涙と鼻水で顔がメイルシュトロームしてますよ。はい、これをどうぞ」
「ハンカチありがと、フィルくん。すぅー……ヂィィィン!! ふぅ、すっきり! さ、出掛けるわよフィルくん! 私に続きなさーい!」
悲しみを乗り越え、アンネローゼは医務室を飛び出していく。両親から受け継いだ記憶の守護者として……心機一転、戦いへと臨む。
フィルと手を繋ぎ、廊下を走っていった。