211話─プラント壊滅
時はさかのぼる。フィルとアンネローゼがデートを終え、カルゥ=オルセナに戻った頃。メルナリッソスの南西、トトロワ区にある特殊兵器工場で異変が起きていた。
『警告! 警告! サイトZに侵入者アリ! 警備隊は侵入者を制圧せよ! 繰り返す、サイトZに』
「うるっさいな、耳障りなんだよぅ。こんなアラームばっかり、嫌になっちゃうよぅ」
特殊兵器工場に全部で二十六あるサイトの全てが、破壊されていた。職員たちは皆殺しにされ、血と臓物の海が広がる中……一人だけ、ヒトがいた。
銀色のマントで全身を覆い、鳥のクチバシのように前面が尖った緑色の仮面を身に着けた人物だ。かの者は、床に転がるスピーカーを不快そうに踏み砕く。
「んふっ、これで静かになったよぅ。さ、ここにはもう用はないし。行こうか、ネクロモート……いや、ネオボーグ軍団」
「オ前には感謝してイる、こうシてワタシをよみがえラせてくれたノだからナ。クククク」
その人物は、物陰に潜む何者かに声をかける。現れたのは、背中に翼が生えた紫色の甲冑。フルフェイスの兜には、微笑む聖女の顔が貼り付けられている。
そこから発せられたのは、かつてフィルとアンネローゼによって滅ぼされた宿敵……ヴァルツァイト・ボーグの声だった。
「んふふ、感謝してほしいよぅ。メモリーデータの残骸から、人格を再構築するのはとっても骨が折れたんだよぅ? ま、楽しかったからいいけどよぅ」
「こうシて新たなボディを得られタことは感謝スる。後は、フィルとアンネローゼを殺し……逆襲すルだけだ」
特殊兵器工場の各サイトのうち、AからYまでのサイトは通常の兵器を作る工廠となっている。だが、最後の一つ……サイトZは違う。
そこは、ルナ・ソサエティですら手に余る危険なモノを封印するための場所なのだ。ヴァルツァイト・ボーグの残骸は解析された後、そこに封印されていた。
しかし、ベルティレムの魔魂転写体最後の一人……『悦楽の君』が目を付けた。警備員や職員の監視を掻い潜り、残骸を修復し……。
完全に破壊されていたヴァルツァイト・ボーグのメモリーデータと人格の復元に成功したのだ。それらをアンブロシアの命令で作られたネクロモートに組み込み、ネオボーグとして復活させたのである。
「今回の特殊兵器工場襲撃は、レジスタンスの仕業ってことにしておくよぅ。だから、君はルナ・ソサエティの命令に従って動いておくれよぅ?」
「いいダろう、復活させテくれた礼ダ」
「レジスタンスが壊滅したら、次は……隙を突いて『こいつ』を暗殺しておくれよぅ。彼女が死ねば、七栄冠は機能停止するからねぇ」
「フム。顔ハ覚えタ、任せテおけ」
悦楽の君は、懐から一枚の紙を取り出す。そこに描かれていた、とある人物の絵をネオボーグに見せ仕事を依頼する。
依頼の内容は、残り三人の月輪七栄冠のうち、一人の排除。現在、七栄冠はソサエティの運営が出来る最低限の数しか生き残っていない。
「テルフェとペルローナが死に、アンブロシアはイゼルヴィアにいないからねぇ。んふっ、あと少し……あと少しで封印の御子を守れる者はいなくなるよぅ。そうなれば、計画の成就が……ふひっ」
「ブツブツと何を言ってイる? まアいい、ワタシはもう行く。他のネクロモートたちモ連レて行って構わヌだろウ?」
「もちろんだよぅ。全部連れてっていいよぅ。その方が仕事もはかどるからねぇ」
アンブロシアの命令で生産が続けられ、ネクロモートは現在千八百機に増えている。その全てが、ネオボーグの支配下にある。
一つの意思によって統率された、最強の力を持つキカイの兵団。ある意味において、ヴァルツァイト・テック・カンパニーが復活したと言えよう。
「後ハ任せロ。証拠ノ偽装はしてオくから、お前は早クここヲ去れ」
「んふっ、そうだねぇ。見つかったら面倒だしねぇ。じゃ、あとよろしくぅ」
血の海の中に散らばる臓物を無造作に踏み潰しながら、悦楽の君はサイトZを去る。一人残ったネオボーグは、エントランスに出て窓から外を見る。
血の赤に染まった特殊兵器工場と対照的に、建物の外には朝の陽射しが降り注ぐ青空が広がっていた。その対比に、彼は感嘆した。
「美しイ。この世界ノ方が、ワタシには合ってイそうダ。ククク、ワタシを手駒とシて使うつもリのようダが……いつマでも従ってイると思うナ。いずれ寝首ヲ掻いてやるぞ」
表情を変えられないため、ネオボーグは心の中であくどい笑み浮かべる。復活させてもらった恩があるとはいえ、いつまでも悦楽の君に従うつもりはない。
いずれ反旗をひるがえし、ネクロモートの軍団を率い……カルゥ=イゼルヴィアにてカンパニーを復活させようと目論んでいた。
「……感じるゾ。この大地ノどこかニ、シュヴァルカイザーの仲間ガ……そしテ、ワタシの運命変異体ガいる。まずハ、奴ラを片付けルとしようカ」
そう呟き、ネオボーグは再び物陰に姿を消した。それから数十分後……異変を察知したソサエティの魔女たちが、調査に現れた。
「うっ、酷いわねこれは……。一体、何がどうしてこうなったわけ?」
「確か、サイトSやJで生物兵器や殺人ウィルスの研究をしてたはずですよね、隊長。それらが漏れて、バイオハザードが起きたんじゃ……」
「そちらは今確認中よ。迂闊な発言はしない方がいいわ、動揺は恐れを生みパニックに変わる。事実が判明するまで、下手な憶測はしないで」
「は、はい。すみませんでした……」
Zを除いた二十五のサイトのいくつかでは、外部に漏れた瞬間大厄災が起きかねないような物騒な研究が行われている。
派遣された魔女たちの何人かが、そうした事態の発生を恐れていたが……調査の結果、幸いにもそうはなっていないことが判明した。
「隊長、報告します。生物兵器及び細菌・ウィルス兵器の開発研究をしていたサイトE、J、S、Uの四棟は外部から凍結による強固な封印が施されていました」
「それ以外の二十一のサイトには、侵入者の痕跡がありました。録画されていた防犯映像を解析したところ、レジスタンスと思わしき者たちが映っていました」
「そうか……ご苦労だったわね。バイトハザードが起こらなかったのは幸いだけど……だがレジスタンスめ、こんなことをしておいてタダで済むと思わないでよ」
防護服を着た部下たちから報告を受け、隊長はひとまず胸を撫で下ろす。防犯映像はすでにネオボーグが手を加え、偽装していたのだが……。
彼女たちがそのことに気付くことはなかった。
「すぐにルナ・ソサエティ本部に連絡を。ヘカテリーム様に報告し、すぐにレジスタンス討伐の準備を進めてもらうのよ!」
「ハッ、かしこまりました!」
悦楽の君とネオボーグの企みを看破出来ず、レジスタンスによる攻撃が原因だと決め付けてしまう魔女たち。そんな彼女らの元に、別の魔女が走ってくる。
「隊長! サイトGにて製造・保管されていたネクロモートは全機無事でした。全て稼働準備状態のまま倉庫に保管してありました」
「そう、よかった。ちょうどいい戦力を得られたわね。アンブロシア様はいないけど、この際どうこう言ってる場合じゃないわ。ヘカテリーム様に献上して、こちらの戦力にしましょう」
「かしこまりました! では、すぐにルナ・ソサエティ本部に移送します!」
すでにネオボーグが掌握しているとも知らずに、ネクロモートの搬出を始めるソサエティの魔女たち。彼女らに混ざっていた、レジスタンスのスパイは顔を青くする。
(大変だわ……このままだとレジスタンスが何の準備も出来ないまま総攻撃される! 急いで総裁たちにこのことを伝えないと!)
適当に理由をつけて搬出作業から外れたスパイは、大急ぎでレジスタンスのアジトへと帰還する。急がなければ、対策が間に合わなくなってしまう。
一方、いつものように怪盗家業に精を出していたローグは、警備隊から逃れるために走りつつ南西の方角を見つめていた。
「この気配……間違いねぇな、アイツ……オレのオリジナルがよみがえりやがったか。仮称X……多分、奴の仕業だな。なんつーことしてくれやがる」
「待てーっ、怪盗ローグ! 今日という今日は逃がさーん!」
「っと、捕まるつもりはねえぜ。あばよ!」
警備隊を振り切り、今日も無事逃げおおせてみせたローグ。脱税を働いていたとある金持ちから盗んだ金が詰まった袋を担ぎ直し、裏路地を進む。
「……そろそろ大詰めか。ルナ・ソサエティとレジスタンスの戦いも」
彼の呟きの通り……決戦の時が、すぐそこまで迫ってきていた。




