表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

210/311

204話─窮地を救うのは

「はあ、はあ……。もうどれだけコイツの首をぶった斬ってやったかしら。ここまで来ると笑えてくるわね」


「もう百から先は覚えていないな。それにしても……ずいぶんとグロテスクな姿になったものだ」


 ネクロディーンとの戦いが始まってから、三十分が経過した。これまでに彼女たちが切り落とした首は、百を超えていた。


 切り落とす度に首が増え、ネクロディーンは全身からおびただしい数の首が生えた異形の怪物へと変化を遂げていた。


「どうした、もう息があがったか? こちらはまだやれるぞ?」


「お前たちが力尽きるまで延々とな……」


「ククククク」


「さあ早く倒れろ。そこを食らってやる」


 身体の前面だけでなく、背中や腹、果ては足の裏に至る全てに生えた首から次々と声を出すネクロディーン。


 もう地に立つことは出来ないため、身体の下部から生やした複数の首を支えに巨体を持ち上げている。あまりにも異様な姿に、アンネローゼは冷や汗を流す。


「なんなのよアイツ……あり得ないでしょ。魔力空っぽなクセになんであんな芸当出来るのよ……」


「奴に力を与えた存在……アンブロシアだったか。あまりにも危険過ぎる。あんな理から外れたモノを作り出せるなど、あっていいことではない」


「そうそう、そうだよねぇ! だからさあ、ボクがアレをやっつけるのに協力してあげるぉ! あっはっはっはっはっ!」


 ここまで首が増えてしまっては、一気に殲滅することはシュヴァルカイゼリンはおろか、ラグナロクの力を使ってももはや不可能。窮地に追い込まれたアンネローゼたち。


 その時、彼女たちの背後からやかましい笑い声が聞こえてくる。二人が振り向くと、そこには歓喜の君が浮かんでいた。


 乱入者は手を前方にかざし、正二十面体の形をした強固な結界の中にネクロディーンを閉じ込めてみせる。


「アンタ何者? ……変ね、初めて会うはずなのに。アンタと似た奴と、どっかで会ったことかあるような」


「あははは、気のせい気のせい。君たち、アレを倒せなくて困ってるんでしょ?」


「それはそうだが、貴様は何者だ? 怪しげな者の助力など、受けられるわけなかろう」


「えー、酷いなー。ボクのどこが怪しいって言うのさぁ、にゃははは!」


 歓喜の君を見て、言いようのない感覚を覚えるアンネローゼ。そんな彼女の代わりに、クラヴリンが警戒心をあらわにする。


「チッ、何者だ奴は。おれをこんなモノに閉じ込めやがって」


「慌てるな、おれよ。こんなもの、全ての首の力を合わせれば容易に破壊出来るだろうよ」


 一方、結界の中に囚われたネクロディーンは百近い首を総動員して頭突きを放つ。休みなく放たれる頭突きによって、結界がたわんでいく。


「ほらほら、あれを見なよ。こうやってムダ話してると、あいつ脱出しちゃうよぉ?」


「チッ……なら、一つだけ聞かせろ。貴様は我輩たちの味方か? それとも敵か?」


「あはははは! 味方だよ、少なくとも今はね! だから安心してよ、ボクとしてもあいつに生きてられると困るんだ。だから、アレを倒すのに協力するよ」


 ケラケラ笑いながら、歓喜の君は芝居がかった仕草でお辞儀をする。怪しいことこの上ないが、アンネローゼは相手を信じることにした。


「……クラヴリン、ここで問答してても仕方ないわ。今はコイツを信じましょ。どのみち、二人じゃ手詰まりなんだし。コイツが加わって逆転出来るなら、それに賭けてみるのも悪くないと思うの」


「仕方ない、アンネローゼの言うことも一理ある。だが、少しでも怪しい動きを見せたら斬る。それは忘れるな、えーと」


「ボクのことは歓喜の君と呼んでおくれよ! 本名はヒ・ミ・ツ。あっはっはっはっ!」


「歓喜の……君? やっぱり私、コイツに似た奴とどこかで……」


 相手の名を聞いたアンネローゼは、何かを思い出しそうになる。が、その直前に結界が破壊される音が鳴り響く。


「小賢しい真似をしおって! だが、同じ手は二度使わせぬ。三人纏めて食い殺してやる!」


「一人増えたところで無意味! おれたちの連携の前には風の前の塵と同じよ!」


「誰から食い殺されたい? 死ぬ順番くらいは選ばせてやろう! クハハハハ!」


「あーもう、一気に喋るんじゃないわよ! うるさくて鼓膜が破れそうだわ!」


「あっはっはっ、まずはアレを黙らせればいいんだねぇ? じゃ、ボクに任せてよ。──我、理を司る者。万物に満ちる力よ、我が意に応えよ。かの者から声を奪え」


 複数の首が同時に喋るため、やかましいことこの上ない。アンネローゼが辟易していると、歓喜の君が呪文を口にする。


 それまでのうるささが嘘のように、厳かな口調で魔法の力を解き放つ。すると、ネクロディーンに異変が現れた。


「ぁ……が?」


「……! ……!?」


「なんだ? 奴め、急に静かになったぞ」


「あっはっはっ! ボクはねぇ、相手の身体機能を一時的に封印する魔法が使えるんだよ! 次は何を封じればいいんだい? 視力かな? 聴力かな?」


 突如声を出せなくなり、狼狽えるネクロディーン。アンネローゼとクラヴリンが驚く中、歓喜の君が笑いながら種明かしをする。


 どうやら、彼女は強力な魔法を使えるらしい。そのことを知り、ふとアンネローゼは事態を打開するアイデアを閃く。


「ねぇ、アンタ……その魔法を使えば、アイツの再生能力を封じられるんじゃない?」


「おっ、気付いたねぇ。もちろん出来るよ! ただまあ、アレの再生能力は強いからねぇ。せいぜい五分が限界かなぁ? あっはっはっ!」


「そう、五分もあれば十ぶ……ってあぶな!」


「……! …………!!!」


 自身に起きた異変の原因が目の前の存在だと知ったネクロディーンは、無数の首を伸ばし猛攻撃を仕掛けていく。


 伸びてくる首を剣で切り刻みながら、アンネローゼはクラヴリンに向かって叫ぶ。


「クラヴリン! 私が再変身するまであの首どもの攻撃を引き受けられる!?」


「ああ、問題ない! 何か閃いたのか!?」


「ええ! 歓喜の君、アイツの再生能力を封じて! その間に、ラグナロクの力で一気に奴を潰す!」


「あっはっはっ、やってあげるよ! ──我、理を司る者。万物に満ちる力よ、我が意に応えよ。かの者に声を戻し、代わりに己が身を癒やす力を奪え!」


「──! そうはさせるか!」


「おっと、我輩がいる限りあの者に手出しはさせんぞ!」


 再生能力を封印された代わりに声を取り戻したネクロディーンは、叫びながら歓喜の君へ襲いかかる。そこにクラヴリンが割って入り、攻撃を盾で防ぐ。


 その間に、アンネローゼは変身を解除して再度ホロウバルキリーになる。そして、そこからさらに変身を行う。なるのはもちろん……。


「デュアルアニマ・オーバークロス! ラグナロク、オン・エア! さあ行くわよ、武装展開……重獄槍ゲヘナ!」


「チィッ、何をするつもりかは知らんが……食い殺してやる!」


「ムダよ、アンタはここで滅びるの! グラヴィトーラ・ジャビーテ!」


 自身への伸びてくる首の噛み付き攻撃をクラヴリンが防いでいる間に、アンネローゼは槍を敵の本体へ向けてブン投げる。


 槍が首の一つにクリーンヒットし、リングの模様を刻み込む。これで、相手を殲滅する準備は完了した。


「再生能力がある状態じゃ、押し潰す力が治癒力に追い付けないけど。今のアンタなら潰してやれる! これで終わりよ、奥義……終極・ラグナロクの呼び声!」


「なんだ、足下に魔法陣が……ぐおっ!?」


「うぐおおお! つ、潰れ……潰れるぅぅぅ!!」


 ネクロディーンの真下にある雪原に、リングの模様をした巨大な魔法陣が出現する。直後、凄まじい重力が発生して巨体が地に落ちる。


 再生能力を封じられたネクロディーンは、為すすべなく圧殺されていく。ロクな抵抗も出来ぬまま、断末魔の声をあげ肉塊へと変わった。


「ぐ……ごぁぁぁぁ!!!」


「じゃあね、もう二度と現れるんじゃないわよ。次に出てきたら、またおなじように潰してやるから!」


「ば、かな……ぐはぁっ!」


「……終わったな。本当に厄介な敵だった」


 最後まで潰れずに残っていた首も、重力に負けぺしゃんこになった。全ての首を破壊されたネクロディーンは、もう再生しない。


 紆余曲折を経て、アンブロシアが生み出したネクロヒューマンたちは……ついに全滅した。その事実を認識させるように、雪原に漂う死の匂いが薄くなっていくのをアンネローゼは感じていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 中々長期戦になってしまったが(ʘᗩʘ’) 最終戦の体力まだあるか?(゜o゜; 向こうの戦いも続いてるなら今頃フィルの奴、酔ってグロッキーになってるぞ(٥↼_↼) それとも奪還されてずっと…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ