21話─心の中の再会
「う……ここは? 私、基地にいたはずなのに……」
目を覚ましたアンネローゼは、漆黒の闇の中にいた。キョロキョロ周囲を見回していると、一筋の光が差し込む。
光を放つ『ナニカ』が、ゆっくりとアンネローゼの元に近付いてきている。彼女が身構える中、現れたのは……。
「アンネローゼ、久しいですね。成長したあなたと会える日を、楽しみにしていましたよ」
「う、そ……おかあ、さま……?」
白いワンピースを着た、長い銀色の髪を持つ女性。今は亡きアンネローゼの母、リーナがその姿を見せたのだ。
「ど、どうして!? お母様はもう」
「ええ、私は死んでいます。肉体は、ですが。あなたが私の胎内に宿った時に、魂の一部を与えたのです。こうして、直接……大切な話をするために」
幼い頃に病で死んだはずの母が現れたことに、アンネローゼは動揺を隠せない。そんな彼女に答えつつ、リーナは指を鳴らす。
すると、闇が晴れどこまでも続く花畑が現れた。遙か遠くには、いくつものビルが建ち並ぶ大都市が見えている。
「こ、ここは!?」
「私の記憶を投影して、景色を変えました。いつまでも闇の中にいては、せっかくの再会も台無しでしょう? アンネローゼ」
「お母様……」
「遠慮はいりません。もう一度……母に味わわせてください。あなたの温もりを」
驚くアンネローゼにそう語った後、リーナは腕を広げる。もう二度と会えないと思っていた母との再会に、アンネローゼは走り出す。
母の腕の中に飛び込み、喜びの涙を流しながら力いっぱい抱き締める。リーナも大きく成長した娘を抱き締め、微笑みを浮かべた。
「お母様……うっ、ひっく」
「大きくなりましたね、アンネローゼ。ずっと見ていましたよ、あなたの心の中で。私が亡くなってから、今までのことを全て」
「お母様……おかあさまぁ」
しばらくして、満足した二人は抱擁を終える。いつの間にか出現していたテラスに向かい、椅子に座る。
「さて、親子の再会を祝えたことですし……本題に入りましょうか。アンネローゼ、あの人……オットーから聞きましたね? 私の秘密を」
「ええ。お母様は並行世界から来た魔女で、『封印の御子』を殺すのが目的で……って、封印の御子って何なの?」
「封印の御子……カルゥ=オルセナ、カルゥ=イゼルヴィア。二つの大地に一人ずつ存在する、世界の存続の要となる者のことです」
アンネローゼに問われ、リーナは答える。封印の御子とは何か。何故自分が、御子を殺す使命を受けて大地を渡ったのかを。
夫婦の間で守られてきた秘密が、ついに明かされる時がやって来た。
「存続の、要?」
「そう。封印の御子は、双子大地のパワーバランスを維持するための存在。彼……あるいは彼女らがいるからこそ、重なり合う二つの大地は対消滅せずに済んでいるのです」
「ちょ、ちょっと待ってお母様! じゃあ、こっちの御子を殺したら」
「ええ。カルゥ=オルセナは消滅し……カルゥ=イゼルヴィアがこの『基底時間軸世界』に出現することになります」
リーナの話に、アンネローゼは言葉を失う。言ってしまえば、母は自分たちの世界を脅かそうとしていたのだ。
だが、彼女は出来なかった。想定外のアクシデントが発生したことで、使命の達成は不可能となってしまったのである。
「ですが、オットーが語った通り……イレギュラーによって、私は本来向かうはずだった時代の遙か過去に飛ばされました」
「それは聞いたわ。……ねぇ、お母様。この時代には」
「いますよ、封印の御子は。ですが、単なる下級魔女である私に倒せる相手ではありませんでした。この時代の御子は、遙かに強大な力がありましたから。それに……」
「それに?」
「私は、元から使命を達成するつもりはありませんでした。魔女の組織……『ルナ・ソサエティ』の強硬な姿勢には、最初から異を唱えていたので。ま、御子の抹殺は表向きの話ですよ。本命は……」
「反乱分子であるお母様の追放、ってことね?」
アンネローゼに頷いた後、リーナは遙か遠くに佇む街を見る。曰く、あの街は彼女の故郷……カルゥ=イゼルヴィアにあるものだと言う。
「今となっては、イレギュラーが起きたことを感謝していますよ。オットーと巡り会い、あなたを産むことが出来たのだから。でも……」
「でも?」
「あなたに真実を伝える前に『暗殺されて』しまったことが、ずっと心残りでした。だから私、この日が」
「ま、待って! 今暗殺されたって言った!? お母様は病気で死んだんじゃなかったの!?」
「いいえ、私は殺されたのです。……双子大地の秘密を探ろうとしていた、ヴァルツァイト・ボーグの手の者によって」
もう何度目か分からない、驚愕の叫びをあげるアンネローゼ。オットーからは、母は重い肺の病にかかって亡くなった。
そう聞かされていたのだ。だが、実際の死因は違った。今現在、戦っているエージェントたちの親玉に殺されたと聞き、怒りが湧き上がる。
「ヴァルツァイトは、自分の配下をスパイとして屋敷に送り込み私を殺させようとしました。死したのちに記憶を奪い、世界再構築不全を起こす方法を知ろうとしたのです」
「そんな、くだらない理由でお母様は……! 許せない、ヴァルツァイト・ボーグ……!」
「ですが、私は魔女の誇りにかけて記憶を守り抜きました。彼に……オットーに、世界再構築不全に関する全ての記憶を継承してもらったのです」
「なるほどね、だからあいつらはお父様を殺そうとしてるわけか。世界再構築不全を引き起こして、お母様の故郷をも手に入れるために!」
娘の言葉に頷き、リーナは視線をアンネローゼへと向ける。そっと手を伸ばし、愛しい娘の頬を撫でる。
「これまでは、何とかオットーが秘密を守ってくれていました。しかし、それももう限界。戦う力の無い彼には、守り人の役目はもう……」
「なら、私がその役目を引き継ぐ。あんな奴らの好きになんて、絶対させない! 教えて、お母様。どうすれば記憶を継承出来るの!?」
父母が守り抜いてきた、大切な記憶を今度は自分が守る。そう決意したアンネローゼは、母に問う。しかし……返ってきたのは、残酷な答えだった。
「記憶を継承するためには……死ぬしかありません。私がそうしたように、オットーも……その死をもって、あなたに引き継ぐ他に方法はないのです」
「!? な、なんで……? 嘘でしょ、どうしてそんな……」
「秘密を守るには、そうするしかなかったのです。そうでなければ、とうの昔に記憶を奪われていました。それだけ、彼らは油断ならないのです」
母の口から語られた、記憶を継承する方法。あまりにも残酷な事実を知らされ、アンネローゼは頭が真っ白になってしまう。
それと同時に、何故カストルたちが自分たちの抹殺にこだわっていたのかを理解する。彼らは、オットーの死による記憶の継承を狙っていたのだ。
「そんな……そんな、ことって……」
「だからこそ、オットーは天寿を全うするその時まで誰にも明かそうとしなかったのです。この残酷な真実を。ごめんなさい、アンネローゼ。あなたを苦しませてしまった……」
うつむくアンネローゼに、リーナは頭を下げ謝る。しばしの沈黙の後、アンネローゼは顔を上げる。そして、母に告げた。
「……それでも。私は記憶を継ぐわ。お母様たちが命をかけて守ってきたものを、今度は私が守る。でも、だからと言ってお父様を死なせるつもりはないわ! きっと、方法があるはず。お父様が死ななくても済む方法が!」
「アンネローゼ……」
「いいんだ、アンネ。そう言ってくれるだけで、私は嬉しいよ」
その時だった。突如、アンネローゼの背後からオットーの声が聞こえてきたのだ。彼女が振り向くと、そこにはオットーが立っていた。
「え? え!? ど、どうやってここに来たのよ!」
「この日が来るのに備えて、リーナから教わっていたんだよ。他者の心の中に入り込む魔法をね」
オットーはそう答えた後、リーナの方に歩いていく。十数年ぶりに再会した妻と見つめ合い、お互いに微笑む。
そんな二人を見ていたアンネローゼは、不意に理解した。父は……オットーは今日、死ぬつもりなのだと。
「アンネ。私は決めたよ。お前に、全てを継いでもらうことをね」
愛する娘に、オットーはそう告げる。悲しみと寂しさに満ちた、切ない笑みを浮かべながら。