203話─屍の多頭竜
雪が降る中、七ツ首の竜となったネクロディーンが猛攻を仕掛ける。攻撃方法は至ってシンプル。巨体と怪力、七つの首を使った肉弾戦。
太く重い脚が、堅く締まった屍肉で構成された身体が、統率された思考の元動く首が。アンネローゼたちに襲いかかる。
「死ねい!」
「っと、危ないわね。そんな大振りな一撃、当たるわけが」
「バカめ、後ろががら空きだ!」
「おおっ!? んの、当たってたまるもんですか!」
現在、アンネローゼとクラヴリンは分断されてしまっていた。七つの首のうち、左右の三つがそれぞれ相手をしているのだ。
真ん中になる七本目の首は、アンネローゼたちが合流出来ないよう適宜妨害に動いている。実質的に、三対一の状況に追い込まれていた。
「不味いな……我輩はまだいいが、アンネローゼはキツそうだ。手早く片付けて救援に向かわねば」
「くそっ、なんだこの盾は! 背後からの攻撃が通じんぞ!」
「おのれっ、面妖な術を使いおって!」
ランスを振るいながら、クラヴリンは苦戦を強いられているアンネローゼの方を見る。彼はホースガーディアンで、背後からの攻撃を防げるからまだいい。
だが、アンネローゼにそんな便利な技はない。正面から来る攻撃だけ対象すればいいクラヴリンと違い、彼女は全方位に注意を向けねばならないのだ。
「ったく、ちょこまか動く首ね……。こっちの攻撃が! 全然当たんないじゃないの!」
「ふはは、一撃の威力は上がっているようだが……当たらなければどうということはない。お前が疲れて動けなくなったところを食い尽くしてくれる!」
さらに加えて、アンネローゼに一つの変化が起きていた。指輪に吸い取った膨大な魔力を浄化して取り込んだことで、パワーとスピードのバランスが崩れたのだ。
大量の魔力によって攻撃の威力は著しく上がり、掠っただけで敵の身体を抉れるほどになっている。しかし、その分攻撃の速度は落ちていた。
「あー、イライラする。調子に乗って魔力を摂り過ぎたわね、これじゃ……あ、そうだ!」
「何を閃いたか知らぬが、俺は倒せん! ネクロヘッドパンツァー・トリプル!」
「いかん、避けろアンネローゼ!」
大口を開け、竜の首がアンネローゼを襲う。背後から迫る首は右斜め後ろと左斜め後ろに別れ、逃げ道を封じる。
残る首は真正面からアンネローゼを襲い、鋭い骨の牙を突き立てんとしている。クラヴリンが叫ぶ中、アンネローゼは槍を突き出した。
「せいっ!」
「な……ぐはっ!」
「ぐっ、こいつ……翼を盾代わりに!?」
「残念だったわね、こっちから攻撃を仕掛けても避けられるなら……そっちが突っ込んでくるのに合わせてカウンターしてやりゃいいのよ!」
喉を貫かれた首は、力を失い塵へと変わった。後方からアンネローゼを攻撃した二つの首は、大きく広がった翼に阻まれている。
アンネローゼは戦法を切り替え、自発的に攻撃を仕掛けるのではなくカウンターを叩き込むのをメインにしたのだ。
そのおかげで、厄介な首は一つ消えた。ネクロディーンから見て右端にある首が消滅し、残るは六つ。
「よくもやったな! だが甘いぞ、このまま翼を噛み砕いてやる!」
「そうすれば貴様は羽根をもがれた羽虫も同じ! じっくりいたぶってやる!」
「そうはいかないわよ。変身解除!」
が、残る首とていつまでも呆けているわけではない。機動力を奪うべく、翼を噛み砕こうとして……空振りに終わった。
アンネローゼが変身を解除して、落下し始めたからだ。それを見て、クラヴリンの相手をしている首含めて笑みを浮かべるネクロディーン。
「バカめ、血迷ったか? 地面に落下する前に食らってくれる!」
「そいつは無理ね。もう一つの力で! アンタたちは叩き潰されるんだから! ダイナモドライバー、プットオン! シュヴァルカイゼリン、オン・エア!」
二つの首が追ってくる中、アンネローゼはバルキリードライバーの上に装備したカイザードライバーを起動させる。
そして、ヴァルツァイト・ボーグとの決戦で見せた姿……黒き女帝、シュヴァルカイゼリンへと変身を遂げた。
「なにっ!? 別の姿になっただと!?」
「ここからがクライマックスよ! 武装展開、漆黒の刃・弐式! 食らいなさい! X:スライサー!」
「はや……ぐがあっ!」
漆黒の剣を呼び出し、アンネローゼは鋭い斬撃を二発放つ。煌めく刃が躍り、襲いかかってきた二つの首を纏めて斬り捨てた。
「ほう、素晴らしい。こんな隠し球があるとは! ふふ、我輩も負けてはおられぬな。こんな首など、すぐに滅してくれる!」
「舐めるなよ、こちらはまだ三ツ首が健在だと」
「笑止! 貴様らはもう終わりだ! ランペイジピックエンド!」
一瞬で戦局を覆し、形勢逆転してみせたアンネローゼ。彼女に触発され、クラヴリンも奮起する。巧みなランス捌きによる突きの連打で、三ツ首を瞬殺してみせた。
「うぐああああ!!!」
「バカな、このおれが……」
「こわな呆気なく、敗れ……」
「これで首は一つになった。あと少しで終わりだな」
「ええ。最初はどうなることかと思ったけど、ヤバい事態になる前に決着がつきそうね」
ネクロディーンの首は、真ん中の一つを除き全て消滅した。後は、最後の首を狩るのみ。そんな状況で、死より生まれた者は──笑っていた。
「貴様、何がおかしい? 追い詰められて気でも違ったか?」
「ククク、お前たちは一つ間違いを犯した。首を落とすなら……七つ全てを同時にやるべきだったな!」
「!? う、嘘でしょ!? 首が再生して……しかも増えてるじゃない!」
「いいことを教えてやる。ヒュドラは一つ首を落とされると、そこから二つの首が生える。お前たちが落とした首は六つ。では、いくつ首が生えるかな?」
首があった場所の断面が盛り上がり、瞬く間に新たな首が生えてきた。しかも、一つの断面から二つ。結果、十二本の首が新生したのだ。
「これは……!」
「ククク、驚きで何も言えぬか。この身体を構成するゾンビどもを使えば、好きなだけ首を再生させられるのだよ。また首を落とすか? いいぞ、やればいい。首一つにつき、二つ新たに生えるがな!」
「……ねえ、これヤバくない? あの調子で首を生やされたら、とんでもないことになるわよ」
「ああ。幸い、十三本くらいなら協力すれば根こそぎ首を狩れよう。だが……奴がそれを許すとは思えん」
身体の前面に所狭しと首が生え、うごめいている絵面はかなり強烈だった。歴戦の猛者たるアンネローゼたちでなければ、精神的に圧倒されていただろう。
敵が仕掛けてこないうちにと合流した二人だが、ネクロディーンを攻めあぐねていた。下手に首を落とせば、さらに増えてしまうのだ。
首が増えれば増えるほど、完全に息の根を止めるのが困難になっていく。かといって胴体や脚を攻めたとしても、効果は薄いだろう。
「やりにくい奴ね……どうする? アンタ確かミサイル撃てるのよね。それ使う?」
「無理だ、あれに大量の首を全滅させるだけの火力はない。せいぜい、四、五本首を吹き飛ばずのが関の山だ」
「かかってこないのか? なら、こちらから遠慮なくやらせてもらおう! 一斉攻撃をどこまで凌げるか、試してやる!」
アンネローゼたちが相談している中、ついにネクロディーンが攻撃を仕掛ける。十二本の首を伸ばし、一斉に噛み付きを放つ。
「あーもう、人が相談してる時に!」
「仕方ない、迎え撃つぞ! 必ず活路は見出せるはすだ、それまでなんとしてでも粘るぞ!」
「ええ、やってやろうじゃない! こうなったらとことん戦いぬいてやるわ!」
首を切り落とせば切り落とすほど増えていく、恐るべき多頭竜。その恐ろしさを、アンネローゼたちは嫌というほど味わうことになる。
その様子を、遙か遠くから千里眼で眺める者が一人いた。ベルティレムの分身、歓喜の君だ。
「おやおやおや~、かーなり苦戦しているねぇ! よし、ボクが手助けしてあげよう! 指輪を渡す役目が無くなって暇だしねぇ! あっはははは!!」
狂ったように笑いながら、歓喜の君は溶けるように姿を消す。本体であるベルティレムからは、必要な時以外は動くなと厳命されている。
が、歓喜の君から見れば今この瞬間が『必要な時』だと判断するに値するものだった。どのみち、本体の計画を成し遂げるにはアンネローゼが必要なのだ。
ならば、助けに動いても怒られることはないだろうと楽観的に考えていた。
「さーあ、今行くよー! あっはっはっはっ!」
心底楽しそうに笑う声だけが、その場に残された。




