20話─オットーの秘密
それから一時間後。キッチンに男三人衆が集い、わびしい朝食を食べていた。フィル以外、お湯を沸かすことすら出来ないていたらくなのだ。
冷蔵魔法陣に保管されていた携帯食料を取り出し、もそもそ食べる。そんな中、ボルスは未だ姿を見せないフィルたちを心配する。
「……起きてきませんね、あの二人。何かあったのでしょうか?」
「まあ、昨夜はかなり大変だったようですからね。まだ寝ているのでしょう、殿下」
「うむ、起こしに行かなくてもよいぞ。キッチンに来る前、アンネローゼの部屋の前を通りかかったら『起こしに来たら殺す』ってオーラを叩き付けられたからのう」
そんな会話をしつつ、干し肉をかじる三人。初めて食べた携帯食料にまずそうな顔をするボルスやオットーと違い、ギアーズは平然としていた。
「先生、よく食べますね」
「カッカッカッ! 長生きの秘訣はよく食べよく動きよく寝ることじゃよ。見ろ、わしの歯は全部自前じゃぞ」
和やかに話をしている中、ギアーズは咳払いをする。チラッとオットーに視線を投げかけ、本題に切り込む。
「ところで、オットーよ。おぬし、隠し事があるじゃろ?」
「へぇっ!? な、何を突然!?」
「とぼけるでない。済まんが、こちらで『色々と』おぬしの過去を調べさせてもらったよ。そうしたら、興味深い事実が判明してのお」
いきなり自身の秘密に関する話を振られ、オットーは冷や汗を流す。何とか誤魔化そうと試みるが、師であるギアーズには通用しない。
どうにか話をはぐらかそうとするも、ことごとく潰されてしまう。手詰まりとなったオットーは観念し、ため息をつく。
「……アンネに迷惑をかけないよう、墓場まで持って行くつもりだったんですがねぇ。はあ……」
「それでは困るんじゃよ。奴ら……ヴァルツァイト・テック・カンパニーがおぬしらの一家を狙い、固執する理由。そろそろ話してくれてもいいんじゃないか?」
「……そうですね、先生。分かりました、でもこれは全員に聞いてもらわないと意味がない。なので、アンネとフィルくんを起こさないと」
「なら、わしがサクッと起こしてくるわい。おぬしらここで待っとれ」
話をする前にと、ギアーズはフィルたちを起こすためそれぞれの部屋に向かう。それから十数分後、ギアーズは二人を連れて戻ってきた。
使い古した雑巾のように、ズタボロにされた状態で。
「天国と地獄を往復したんじゃよ……がふっ」
「せんせぇぇぇぇぇ!!?!?!」
「フン! 乙女の部屋に勝手に入るからよ! ねー、フィルくん?」
「あの、えっとその、あうあうあう」
ついさっきまでアンネローゼと一緒に寝ていたなど口が避けても言えないフィルは、顔を真っ赤にしてあうあうしていた。
二人っきりのおねんねタイムを邪魔されて不機嫌なアンネローゼだったが、父から大事な話があると言われれば大人しく聞く分別は持っていた。
「なかなか可愛らしい寝間着ですね。似合っていますよ、フィルくん」
「あ、ありがとうございます王子……」
「コホン。あー、そろそろ話してもいいかな? アンネ、これはお前にも関係ある大切な話だ。よく聞いてほしい」
「はいはい、で? 何なのよ、その大事な話ってのはさ」
アンネローゼに問われたオットーは、大きく息を吸い込む。そして、自身がこれまで守り抜いてきた秘密について語り出す。
「……話と言うのは他でもない。お前の母……リーナに関することだ」
「! お、お母様の!?」
「そうだ。リーナは……この世界の人間じゃなかった。彼女は並行世界にある、もう一つのカルゥ=オルセナ……『カルゥ=イゼルヴィア』から来たんだよ」
予想もしていなかったことを聞かされ、アンネローゼたちは固まってしまう。ズタボロにされたギアーズの口から魂が出かかっていたが、誰も気付かない。
「え、待って? そ、そんな話今まで一度も」
「話すつもりはなかった。話してしまえば、お前も繋がってしまうから。だが、こうなった以上はもう隠せない」
そこまで言った後、オットーは懐からパイプを取り出して咥える。火を付けた後、煙を吐く。
「十七年前、とても綺麗な夜空が見えた日のことだった。屋敷の裏庭を散歩していた時、流星雨が降り注ぎ……庭に、一人の女性が落ちてきた」
「それがお母様なんでしょ? そこまでは聞いたわ、お母様本人から」
「そうだ。私は驚きながらも、女性……リーナを屋敷に運んだ。お互いに一目惚れし、私たちは交際を始め」
「ねえ、前置きはいいから本題に入ってくれる?」
「ん、済まん。まあそれから色々あって、私たちは結ばれお前が生まれた。まだお前が赤ん坊の頃、リーナは『ある秘密』を私に打ちあけてくれたよ」
遠い過去を懐かしむように、オットーは語ろうとする……が、アンネローゼに催促されてサクッと切り上げた。
「自分は、もう一つのカルゥ=オルセナ……双子大地から使命を帯びてやって来た魔女なのだ、と。正体を明かしてくれたんだ」
「えええええ!? お、お母様が魔女……しかも、並行世界の人だったなんて……」
「これは驚きですね……それで、その使命というのは?」
「リーナが帯びていた使命……それは、この大地のどこかにいる『封印の御子』を殺すことだと。そう言ったよ。だが……」
そこまで言ったところで、オットーは言葉を切る。息を吐いた後、続きを話し出す。
「世界を渡る時に手違いが起きて、本来到着するはずった時代よりも遙かな過去に来てしまったのだと……リーナはそう言った」
「待ってください、それはあり得ないはずです。彼女が並行世界を渡ったということは、その世界にいるウォーカーの一族に力を借りたはず。なら、そんな手違いなど起きるわけがありません」
「いや、違うんだフィルくん。リーナは自力で世界を渡ったんだ。二つのカルゥ=オルセナだけに起こる事象……『世界再構築不全』を利用して」
オットーの話を遮り、フィルが反論する。並行世界を渡ることが出来るのは、ウォーカーの一族のみ。そして、彼らは移動するべき時代を間違えるというミスは絶対に犯さない。
だが、オットーは違うのだと口にする。そして、フィルですら知らなかった事象について語った。
「世界再構築不全……?」
「ああ。リーナ曰く、何故か二つのカルゥ=オルセナは互いに重なり合って存在しているらしいんだ。そのせいで、時折お互いに干渉してしまうことがあると言っていたよ」
「どういうこと……? 私、全然理解出来ない」
「ああ、そういことですか。要するに、二つの世界が何らかの理由で混ざり合ってしまいそうになる現象そのものが……」
「そう。世界再構築不全だよ。リーナはその現象を利用して、こちらに渡ってきたんだ」
アンネローゼが首を傾げる中、話を理解出来たフィルが解説を行う。それに頷きつつ、オットーはまた口から煙を吐く。
「どうやら、この時代にはまだ御子は生まれていない……もしくは、彼女たち魔女にとって脅威となる存在になっていないようでね。リーナは使命の達成と帰還を諦め、私と一緒に暮らすことを選んだんだ」
「そうだったの……。お母様が、魔女……それも、並行世界の……」
「しかし、それがどうして侯爵が敵に狙われることに繋がるのです?」
それまで黙って話を聞いていたボルスが、オットーに質問する。その問いに、侯爵は答えた。
「教えられたからですよ、殿下。リーナから……世界再構築不全を引き起こす方法を」
「!?」
「え!?」
「な、なんですって!?」
その問いに対する答えを聞き、フィルたちは震撼する。七割ほど昇天していたギアーズも、あまりの衝撃に魂が呼び戻された。
「リーナは言っていました。いつの日にか、自分と同じ使命を帯びた魔女が現れるだろうと。そうなった時に対抗出来る術を託す、とね」
「なるほどのう……いてて。これでようやく、全て繋がったのう。カンパニーの連中は、世界再構築不全を起こすための方法を得るべく……」
「私を狙ったのでしょうな。どうやってその情報を得たのかは分かりませんが」
オットーが秘密を打ち明けたことで、カンパニーの狙いが明らかとなった。彼らはカルゥ=オルセナだけでなく、もう一つの大地『カルゥ=イゼルヴィア』をも手中に納めようとしているのだ。
「思っていた以上に、壮大な話でしたね。これは予想外でしたよ」
「私もよ。ホント、ビックリし……!? う、あああっ!」
話を聞き終えたアンネローゼを、異変が襲う。突如頭が痛み出し、意識が消えはじめたのだ。
「アンネ様!? 大丈夫ですか!?」
「あたまが、いたい……!」
「分かりました、すぐに薬を持ってきます! 博士たちはアンネ様の看護を!」
「うむ、分かった!」
フィルたちが慌ただしく動く中、オットーはアンネローゼを見つめる。そして、心の中で呟いた。
(済まない、アンネローゼ。お前だけは巻き込みたくなかった……。だが、知ってしまった以上はもうだめなのだ。お前に、知識が受け継がれてしまう)
激しい痛みに苦しむ中、アンネローゼの意識はぷつりと途絶えた。




