192話─まがい物を倒せ!
レジェとネクロボロムの戦いに決着がつき、残るはオボロとネクロレーナのみ。妖刀と大刀がぶつかり合い、火花が散る。
「我が奥義、受けてみよ! 九頭流剣技、弐ノ型! 天風廻天独楽!」
「おー、くるくる回るー。ほいじゃ、濁流滑り!」
コマのように身体を回転させながら、オボロは鋭い斬撃を放つ。対するネクロレーナは、大刀の腹で攻撃を受け止め、刃を滑らせる。
大刀を引き上げつつ前に押し出し、オボロが体勢を崩したところへ反撃を放とうと狙う。が、オボロは踏ん張り姿勢を崩さない。
「っと、中々やる。だが、こうしてお前と打ち合っていて一つ分かったことがある」
「えー、なんすかなんすか? 教えてよー」
「お前は、それがしより少しだけ強い。剣の腕自体はな。だが、それがしが超えられぬほどではないと!」
「ふへー、言ってくれるっすねー。でも、褒められるのは悪くないなー!」
横薙ぎに振るわれた大刀をバックステップで避けた後、素早く前進して距離を詰める。刀を振るい、無防備な腹を狙う。
すると、ネクロレーナは空いている左手を突き出して刃を掴み攻撃を阻止した。オボロは素早く刀を引いて、親指以外の四本を切り落とす。
「おあっ! あーあ、指取れちゃったっすー」
「動じないのか? 指を切り落とされたのだぞ、普通なら……」
「えー? こんなの、後でアンブロシア様に頼めばくっつけるなり生やすなりしてもらえるしー。ここで騒いでも意味ないもーん」
地面に落ちた指を見て、薄いリアクションを取るネクロレーナ。まるで他人事のような彼女にオボロが問うと、そんな答えが返ってくる。
ひらひら左手を振り、斬られた指の断面を見せつけるネクロレーナ。断面からは血どころか何の体液も流れ出ず、彼女が生者ではないことを示している。
「そうか。カンパニーが健在なら、お前を戦力として欲しがるだろうな。傷付くことを恐れず、欠損しても簡単に修復可能な戦士。厄介な相手だ」
「ふへ、また褒められたー。気分がいいから、苦しまないように死なせてあげるっす。大上段鉄砕剣!」
「遅い、そんなものは当たらん!」
褒められたと勘違いしたネクロレーナは、嬉しそうに身体をくねくねさせ喜ぶ。直後、全身に力を込めて大ジャンプし、頭上からオボロを襲う。
「うん、だってこれあんたに当てるための技じゃないっすからー」
「なに? ……くっ、目くらましか!」
「あったりー。さー、あたいの居場所わっかるっかなー?」
あまりにも襲い動きに、余裕を持って攻撃を避けたオボロ。だが、相手の狙いは別のところにあった。大刀が地面に叩き付けられ、衝撃が地を揺るがす。
土埃が舞い、オボロを視界を曇らせる。土埃の中に紛れ、ネクロレーナは姿を消した。気配を絶ち、足音を殺し……敵の死角へと回り込む。
「なるほど、そう来るか。なら……それがしはこうするまで」
視界が利かず、足音も拾えない中……オボロは刀を構え、目を閉じて精神を研ぎ澄ます。極限まで集中し、絶たれた気配を追う。
(背後……いや、今はぐるりと回って左に行ったな。それがしの死角を探しているのか……ならば、あらゆる方向に殺気を向けるのみ!)
相手が死角を探っていることに気付いたオボロは、強い殺気を放ってネクロレーナを牽制する。迂闊に踏み込めば、返り討ちにする。
そんな気迫を纏い、根比べを始める。自分の集中力が切れるか、相手が痺れを切らして襲ってくるか。あるいは……。
(むおおお、隙が全然ない! これじゃーこっちが攻撃出来ねっす、いっそシンプルに後ろから)
「ラグジュラリアット・ボンバー!」
「ほあっ!? へぶぅ!」
さっさと襲ってしまうか、相手が根負けするのを待つか。悩んでいたネクロレーナの後ろから、レジェの声が飛んでくる。
慌てて振り向いた刹那、斧刃が煌めき強烈な一撃が炸裂した。オボロの脇をすり抜け、ネクロレーナは吹き飛ばされる。
「そろそろ来ると思っていた、レジェ殿。ここまで待った甲斐があるというものだ」
「ぺっぺっ、ホコリが口に入ったー。もーチョベリバー」
ネクロボロムを倒したレジェは、離れた場所で戦っているオボロの元へ向かってきていた。それを気配で察していたオボロは、あえて待つことにした。
根比べで時間を稼ぎ、レジェが合流出来るようにしていたのだ。相手が先に仕掛けても仕掛けなくても、優位に立てるよう算段を付けている辺り抜け目がない。
「しかし、よく相手の位置が分かったな。下手すれば、それがしを斬るところだったぞ?」
「ふっふーん、あいつ外からだとわりと見えてんよねー、背中とか。だから、ホコリからはみ出たとこを襲ってみた、的なー。うち頭いいっしょー」
レジェのことをすっかり失念していたネクロレーナは、土埃の中を移動する際に外側に身体がわりとはみ出ていた。
それを見つけて、不意打ちを叩き込んでやった……ということらしい。ようやく土埃もやみ、視界が晴れてくる。
「うぐ、おおお。おもいっきり腹掻っ捌かれたっす、こりゃもう戦えないっすよー。くすん」
「うえっ、キモッ! 内臓見えてるし、マジサイアクー!」
「いや、貴殿がやったのだろうあれは……」
一方、モロに攻撃を食らって吹き飛んだネクロレーナは重傷を負っていた。ぱっくりと腹部が裂け、そこからはらわたが見え隠れしている。
彼女が普通の人間であれば、とっくに死んでいるほどの大怪我だ。だが、ネクロヒューマンである彼女はそれでも平然としていた。
「しかし、あれだけの怪我でまだ平然と動けるのは厄介極まりないな。これは、首を落としてもデュラハンのようになるだけで仕留められないかもしれん」
「うえー、マジ勘弁だし! あ、うちぽんぽんぺいんしてきたかも。基地にかえ」
「戦いから逃げるな。何のために貴殿の合流を待っていたと思っている!」
「えー! やだやだやだやだ、あんなキモいのむーりー!」
グロテスクな姿になってもなお戦おうとしているネクロレーナを見て、レジェはドン引きしていた。戦意を喪失し、適当に理由をつけて帰ろうとする。
当然、オボロはそれを許さず彼女の首根っこを掴んで逃走を阻止する。今二人でかかれば、確実に相手を倒すことが出来るのだ。
そのチャンスを逃すわけにはいかないと、全力でいやいやしているレジェを引きずっていく。
「うー、まだやるっすか。しゃーない、じゃーあたいも……」
『ネクロレーナ、もういいわよ。時間稼ぎご苦労、こっちは目的を果たしたわ』
「!? なんだ、この声は! アンネローゼ殿に似ているが……」
「いや、これアンネちんの声じゃないよ。アンネちん、こんな邪悪な声してないもん」
致命傷を負ったネクロレーナにトドメを……というところで、どこからともなく声が響く。ネクロヒューマンズやスケルトンたちを囮に、基地へ向かっていたアンブロシアのものだ。
『はー!? 誰が邪悪ですって、失礼なこと言ってくれるわね! ……まあいいわ、せっかくだから自己紹介してあげる。アタシはアンブロシア、ルナ・ソサエティの最高幹部が一人よ』
「なるほど、貴様もテルフェという魔女の仲間か」
『はん、あんなイカれた奴と同列に語らないでほしいわね。アタシ、あそこまで倫理観イカれてないから』
「アンブロシア様ー、例のフィルとかいうのは無事攫えたんすかー?」
アンブロシアとオボロが話している中、空気を読まないネクロレーナがのほほんとした声で尋ねる。その言葉に、オボロたちは目を見開く。
「なっ……!? しまった、それがしたちがいない間に基地が襲われたのか!」
「やばーい、フィルちん大ピンチな感じー?」
『ええ、もちろん。目的は達成したから、さっさと帰るわ。ネクロボロムとスケルトンたちは……チリに還ったのね、じゃ後でもっかい作るわ』
「あーい。じゃー、あたいも」
『は? 何言ってんの。あんたには最後の役目があるでしょうが。自爆特攻して、その二人をぶっ殺しなさい!』
これで撤退出来る、と思っていたネクロレーナ。しかし、そんな彼女に非道な命令が下る。彼女の核であるネクロシードが、魔女の命令により勝手に身体を動かす。
「あひっ!? ちょ、タンマタンマ! こぼれる、内臓がこぼれうぁー!」
『別に問題ないでしょ、ここでくたばってもまた造れるんだから。じゃーね、お二人さん。仲良くここで死んでいきなさい!』
「くっ、非道なことを! レジェ、こちらも撤退するぞ!」
「あ、間に合わないかも……」
慌ててテレポートしようとする二人だが、そこにネクロレーナが飛び込んでくる。ネクロシードが破裂し、大爆発を巻き起こす。
『これで死んだかしらね? さ、二人の愛の巣にかーえろっと!』
二人の生死を見極めることなく、アンブロシアは姿を消す。後に残ったのは、かつてジャングルの一角だった更地だけであった。




